連載「京都-逗子日記 街の気配をつれて」#4

春の京都、もちひを抱きしめて


Yuka KusamaYuka Kusama  / Apr 22, 2026

京都へ越してきて、そろそろ二ヶ月が経とうとしている。
ここに来たばかりのときは、まだ厚手のコートを羽織っていたけれど、今はもう薄手のブラウス一枚で出かけられる。つい二週間ほど前まで、ほわほわした淡いピンク色に包まれていた鴨川も、今日、自転車で通りがかったときには、鮮やかな新緑の世界に変わっていた。京都が見せてくれる、あまりに見事な四季の移り変わりには、本当に惚れ惚れしてしまう。東京でも、逗子でも、こんなに季節の移ろいをはっきりと感じたことはなかった。京都の初夏はうつくしく、春のうららかな空気とはまた違った、みずみずしい生命力のムードに満ちている。

二ヶ月の京都生活を振り返り、記憶に残っている食べ物はなんだろう、と考えてみた。
いちばん最初に浮かんだのは、四月のある日に食べた「桜と蓬(よもぎ)のもちひ」という和菓子のこと。友人たちとお花見をした日、何か甘いものを持っていこうと立ち寄った老舗の和菓子屋[仙太郎]で購入したもの。その存在は以前からSNSで見かけていたし、ずっと食べてみたいと願っていたけれど、どの投稿を見ても「春の限定商品で入手困難」と書かれていたので、まさかお花見シーズンの店舗で出会えるとは思っていなかった。思いがけない幸運に、ほくほくした気持ちで「もちひ」の箱をぎゅっと抱きしめ、西日が傾く鴨川へと向かった。あの時間は間違いなく、この春のハイライトだったと思う。

ちなみに、はじめて食べるもちひは、お餅ともお団子とも違う新食感だった。やわやわで、それでいて弾力もある口当たり。箱の半分は桜味、半分は蓬味になっていて、桜は、やさしく甘い香りがふわっと広がり、蓬の方は、しっかりとした草の青い香りが鼻を抜けていった。春のやわらかさと、初夏へと向かう力強い息吹。どちらも感じられるお菓子で、感動した。お花見に集まった京都のみなさんも「はじめて食べる食感」と言いながら、おいしいおいしいと喜んでくれた。ほとんどがはじめて会った方々だったのだけど、おいしいものは人々の頬をゆるめる力があると知った。

お花見の差し入れといえば、最近よく聴いているPodcast「信頼できない語り手」でも、似たテーマが取り上げられていた。パーソナリティの作家・朝井リョウさんと歌人・加藤千恵さんが「お花見や新年会に持っていく手土産はむずかしい」と語っていたのだ。あるときは「三人が餃子被りした」とか「大量の唐揚げを持っていったけれど、全然減らなかった」とか、そういう話。(とても面白いので、ぜひ聴いてほしい)

そう考えると、もちひは個数が限られていて全員に行き渡らなかったので、大人数のお花見には最適とは言いがたいのかもしれない。ふと、その日隣にいた大学生グループの様子を思い出す。彼らの大きなブルーシートの上には、いくつかミスドの箱が置かれていた。ミスド、それは限りなくお花見の差し入れの正解に近い気がする。みんなで仲良く「ミスドでいちばん好きなのってなに?」と話しながら、桜の木の下でもぐもぐドーナツを食べるなんて、たのしいに決まっているのだから。

来年のお花見は、もちひとドーナツ、両方持っていこうと思う。

そういえば先日、仕事で知り合った京都の方に、名刺代わりに自分の本を渡した。その方はその場でぱらぱらと本をめくり、ある一節に目を留めてくださった。それは春の京都にまつわる日記の文章で、うんうんと頷きながら「本当にその通りだ」と言ってくれた。

2024年3月30日
「春の京都では何をしたらいい?」と聞いたら「ただ鴨川でお花見したらいいんだよ」と言われた。
-「すくいあげる日」より

さて、今回の連載は順番的には逗子の回なのだけれど、春の京都について書かないわけにはいかないなあと思い、ここまでずっと京都にまつわることを書いてしまったので、最後に逗子のことも。

この二ヶ月、何度か逗子にも帰ったけれど、滞在中のほとんどが、仕事や友人との予定のために東京へ出かけていた時間になってしまい、夕方の海でゆっくり過ごすような時間はあまり取れなかった。

逗子の暮らしでのハイライトをあげるとしたら、実家で食べた母のご飯。日中のうちに駅前の魚屋[魚佐次]で手に入れた新鮮な小ぶりの鯛がメインで、それをハーブと塩でシンプルに味付けして、オーブンで焼いてくれた。副菜には立派なアスパラ。それから、逗子の小坪漁港で獲れたひじきの煮物と、同じく小坪からきたワカメをたっぷり使ったサラダ。その日はわたしのパートナーも一緒だったので、母は張り切ってオーブン料理をもう一品、用意してくれた。ニンジン、ジャガイモ、リンゴ、豚肉のキャセロール。すべてを深めのガラス皿に入れて、たっぷりのハーブと一緒に焼いたもの。わたしたちがお土産で持ってきたお酒も開けて、とてもいい夜だった。

逗子にいると、海へ行かずとも、普段の食卓の中で(わたしが料理しているわけではないのだけれど)、海の恵みを感じられるのが嬉しい。同じように、リビングの窓を開けると海が見えずとも、潮風の気配を感じられる。そういうのが、逗子の好きなところだ。

本当は、母が逗子の魚屋で新鮮な食材を選ぶように、わたしも京都のお豆腐屋や八百屋で、その土地ならではの味を手に入れて、食卓に並べたい。けれどまだ、そのための時間をうまくつくれていない。まだ新生活は始まったばかり。何もかも理想通りにはいかない。

まずは、春にもちひを抱えて帰ったあのときのように、初夏は初夏で、何か京都らしいものをひとつ手に持って、ほくほくした気持ちで家路につく、そんなところから始めてみたい。

加茂なす?万願寺とうがらし?何があるだろう。初夏の気配をまとった京都のおいしいものを、ひとつずつ見つけていけたらいいなと思う。

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