連載「食べるためのタイ案内」 #01
東京いい店・寄れる店
バンコクを拠点に、タイを「食べるため」に歩き続けてきた筆者が、観光ガイドではなく、腹と感覚を頼りにしたバンコクのフード案内。
バンコクに着。飛行機のドアが開き、一歩踏み入れた時に感じる匂いがある。あの一瞬の香り。少し甘くて湿度を帯び、僅かに鼻をつく入り混じった匂い。いつも不思議だ。あの不純物を纏った正体はなんだろう。東海林さだおさんなら、「専属の調香師を雇っているに違いない」といいそうな圧倒的南国の気配。
幼少期、近所の友人宅に遊びに行った時、“ミオちゃん家の匂い”というものがあったように、立ち入った瞬間だけに訪れるムンとしたなにかは、10歩進めば正体を掴めずに消えてしまう。なので、まずはその一歩目で鼻から吸い込み、バンコクを毛穴で味わってほしい。嗅覚だけで一気に異国にたどり着いたと実感するはずだ。
タイに魅了されて早、15年ほど。そもそもの始まりは、大学時代に遡る。
私が通った東京外国語大学には、夏目三久、オアシスの光浦靖子、俳優の鈴木亮平くらいしかピンと来る著名人がいない。田中みなみ&滝川クリステルの青学や、山P&北川景子の明治、太宰治&小島よしおの早稲田など、もし出身大学者でカード勝負をしたら、開始3秒でデッキが尽きてしまう、華やかレベル控えめな大学だ。
しかも「東京」と名乗っていながら、そのキャンパスは新宿から40分ほど下った府中市。“穴場路線”と呼ばれる4両編成のローカル線で、最寄りの多磨駅には当時、自動改札はなく棒の先にICカード機がついただけの簡易ゲート。素通りできそうな改札だった。そんなTOKYOアオハル大学ライフとは物理的に距離が置かれた場所で、私はタイ語というニッチな言語を学んだ。同級生は16人。点呼をとれば、すぐに終わる。聖徳太子なら全員の声を聞き分けできそうなマイナーな専攻だった。
さて、地味自慢はこのへんで打ち止め。タイとの縁はそこから始まり、留学をしたり、その後も行ったり来たりして、兎に角タイに魅了され続けている。
筆者の旅の最大の目的は、食だ。食べ歩きはライフワーク。日本でも、タイでも食が中心にあり、行くたびに新しい店と、いつもの店を訪れては、あれこれ思考を巡らせ、自分的偏愛地図をせっせと拡充することに充実感を覚えている。
この連載では、そんな私が「食べるためのタイ案内」をしていきたい。旅行のときに周りやすいよう、ざっくりエリアごとに店をまとめるつもりだ。
ただ、その前に。まずは“前提”を置かせてほしい。というのも、食の嗜好が合うかどうかで、得られる情報の濃度はまったく変わると思っている。正直、ネットを叩けば、タイの情報は山ほど出てくる。同じ一軒でも、それぞれ惹かれるポイントが違えば見え方も違うし、そもそも立ち寄るべき店かどうかの判断も変わってくる。筆者はブログを読んでも「この人は自分と食の嗜好が合うのか」まず、疑いが頭をよぎる(性格にやや難)。ポップでマスなものにはあまりそそられない(尖る30代)。旅行ガイドに載っているような場所ももちろん行ったことあるが、「ローカル」という言葉に胸がトキめく(好きな言葉は、ホッピー仙人)。
だから第一回は、まず私自身の食の嗜好を東京版でさらしておきたい。テーマは、耳馴染みがある人もいるかもしれないが、「東京いい店、寄れる店」として…
昼飲みするなら。
迷わず飲みのワンダーランド京成立石へ。朝から [宇ち多゛]→[栄寿司]→[ブンカ堂]→[丸忠]→[蘭州]が大体のコース。まだまだ行きたい店がたくさんあるが、ここまでいったらお腹も一杯なので、西側のほうへ帰巣。
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余力があれば、途中八広で下車して[日の丸酒場]にも行きたい。まずは瓶ビールを頼んで、その“栓抜き捌き”をみていただきたい。
2025年、初訪問にして即殿堂。
新富町の[mehishiba]。野菜中心のコースは、初手から感動的なおいしさ。一気に外せない店に。吉祥寺の[にほんしゅや]。京都の名店[そば鶴]さんより教えていただく。野菜前菜の盛り合わせが感動的。一気にボルテージがあがり、熱燗を合わせる。握りも、老舗町鮨に負けないほどの高貴な味わいで酒が進む。
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メニューからそそられる[mehishiba]。クリーム色の空間と呼応するように、淡くてやさしい味わいが口中に広がる….
永遠の殿堂入り。
幡ヶ谷[サプライ]、清澄白河[CIEST]、幡ヶ谷[パヴォーネ・インディアーノ]など。ここはもう、語る必要がない。黙って行けばわかる。
まずは、日本文化を吸収せよ。
暖簾をくぐれば一瞬で東京の食の根っこに触れられる。空気に身を置けば、あとは劇場に身を任せて浸るのみ。
北千住[大はし]、神楽坂[伊勢藤]、月島[岸田屋]、大塚[江戸一]、亀戸[伊勢元酒場]
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月島[岸田屋]。行く時はいつも口開けでイン。豊洲方面でのライブをみる前に立ち寄ることも。
海外からの来客アテンドするなら。
[三日月]、[ぼるが]、[番番]、[もつ焼きウッチャン]の新宿コース。または原宿の[小菊]→[鳥升]→[ゆうじ]→[日和]→[EFFIEL]の渋谷界隈コース。中野の[第二力酒造]もひとり飲みから団体アテンドまで、使い勝手良し。
嗚呼、またすぐにでも行きたい。
考えるより先に、体が方向転換してしまう酒場。南千住[丸千葉]、菊川[みたかや酒場]。
ざっとこんなところだろうか。ひけらかしをするつもりは毛頭なく、書ききれない店が多いなか、ぱっと頭に浮かんだスピード勝負で並べてみた。食のセンサーが合うかもと思ってくれた方は、ぜひ次回以降のタイ編へ。好みがあえば、この先の連載もきっと楽しんでいただけるだろう。

- editor / writer
野﨑 櫻子 / Sakurako Nozaki
1991年生まれ。雑誌とウェブの制作に携わったのち独立。学生時代に習得したタイ語を武器にバンコクへ赴き、最新グルメからローカル屋台まで練り歩く。日本では良き酒と肴を求めて夜な夜な酒場へと集う日々。IG @rako_noz