連載「タコスの居場所つくり」#1
日本におけるタコス文化の可能性
2018年夏、三軒茶屋の静かな商店街にひっそり小さなタコス屋を開きました。
当時はメキシコ料理の象徴的タコスが、異国料理交差する世界有数の食の都東京ではまだまだ日陰の存在でした。日本でタコスが愛されるだろう明確な道筋はどこにも存在していませんでした。仮にタコスブームが訪れていたとしても、おそらく右に倣え的な典型的な道をたどっていた可能性が高いでしょう。つまりオーバーサイズ的なポーションや、ヘビーなトッピング、そしてビジュアルの派手さに頼るといったようなスタイルです。いわゆるインスタのスクロールを意図的に止めるためのタコスであって、文化的なつながりを深めるタコスではなかったでしょう。
私たちはそれと違う道を描くことにしました。
派手さよりも抑制を大切とし、量よりも親密さの構築に意味を見いだし、「The・本場感」を追い求めるよりも共鳴から生まれる本質的な「オーセンティシティ」を模索しました。つまり、日本文化の中でタコスが意味を持つ(根付く)方法を自分たちなりに見出そうとしていました。
その鍵は「マサ」でした。
マサとはトウモロコシの生地のことです。ニシュタマル製法の在来種トウモロコシを毎朝店内の小さなモリーノ(製粉機)で挽く新鮮なマサ、それが私たちの揺るぎない軸となりました。
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マサは単なる食材を超えてメキシコ料理を形作る土台であり、地域性や季節の味わいが表現される媒体です。一からトルティーヤを手作りすることにこだわり抜くことで、単純にプロダクトを輸入するのではなく、プロセスを文化として根付かせようとしました。
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さらに日本の食材 、 山菜や新鮮な地魚、旬の柑橘類等と組み合わせることで、タコスは単なる「異国の珍しさ」ではなく「クラフト」としてここ日本に存在できるようになったかな、と思います。
当初私たちがとったアプローチは市場には到底馴染みのないものでした。
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目の前に提供されたこの小さく、穏やかで、精緻なタコスにどう反応すべきか、来店客は戸惑いを隠せませんでした。市場のステレオタイプと自分たちの理想の間の大きな溝に怯みそうになりながらも信念を持ち続けることで少しずつだけど、お客様にも理解され始めました。
このサイズ感は決してケチなのではなく、集中して食してもらえるためであり、エレメンツの抑制は決して我慢ではなく、ひとつひとつの素材をはっきり輝かせるためであり、季節感は流行を追っているのではなく、日本料理とメキシコ料理の技術をつなぐ橋であること。
いまとなっては、私たちが始めたこのスタイルを取り入れるレストランが増えているのを見ると、少しはこの道が根付いたという証なのでしょう。
マサという言葉が認知され一般的にも使われるようになり、使用する食材への配慮や盛り付けの美意識が問われ始め、タコスはかつての「パーティーフード・ジャンクフード」から文化表現へと転換される兆しが出てきました。市場におけるこのような模倣の存在こそ、私たちの試みが受け入れられた証明かもしれません。日本の食卓に「新しいけれどどこか懐かしい」形でタコスを届ける道を開くことができた気がします。
今のような日本におけるタコスと他国におけるタコスの決定的な違いはここにあります。アメリカやヨーロッパでは「メキシコと比べてどれほど本物か」が常に問われますが、日本では本物の複製というよりも翻訳・解釈が意味を持ちます。最も重要なのはタコスが日本の価値観 、つまり季節性、職人技、親密さを帯びて語りかけられるかどうかです。
だからこそ、日本におけるタコス文化には大きな可能性があると信じています。
過剰さよりも職人的なクラフトを大切にして始めたからこそ、文化は広がるのではなく深まるための基盤を作ることができました。
もちろん常に問題も生じます。
このようなタコスの人気が高まるにつれ、表面的な要素だけをピックアップして模倣されることが増えます。 ただ青ければいいトルティーヤ、品質関係なく手作りという言葉でカモフラージュし、意味を成さない旬のトッピングが盛り盛りのタコスが生産されることは、本来深みあるプロセスが喪失される危険性を伴います。流行が一瞬で広がり、アルゴリズムが深さよりも速さに報いる時代において、模倣が理解に取って代わるのは簡単です。その過程で、マサとメキシコ、季節感と日本、そしてタコスと日本の文化的共鳴を結ぶ意味の連鎖が断ち切られるのです。
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だからこそ私たちの仕事は料理だけでなく物語を語ることでもあると強く認識しています。正しさを守るためには、単純にプロダクトを提供するだけでなく、そのプロセスを根気強く説明し続ける必要があります。
タコスは単なる「食べ物」ではなく、文化の運び手であることを人々に伝え、私たちのタコスは歴史、地域性、職人や伝統を運んでいるということを理解してもらうことを大切に考えています。
日本のタコス文化が表層ではなく深みを基盤に成長することが、[Los Tacos Azules]の使命です。
2018年に三軒茶屋の静かな商店街でひっそりと始まった小さな物語が、これからもメキシコと日本の間で進化し生き続けるためにも。
私たちは単純にタコスを日本に持ってきたかったわけではありません。ここ日本でタコスに「居場所」を与えたかった、という方がしっくりくるかもしれませんね。

- Los Tacos Azules
マルコ・ガルシア / Marco Garcia
メキシコ料理人/食文化研究者(ロス タコス アスーレス)。
メキシコの伝統と日本の感性を結ぶことをテーマに、料理・文化・デザインを横断する活動を行う。伝統的製法によるマサ(とうもろこし生地)を軸に、現代における「食の再解釈」と「文化的継承」を探求。店舗運営にとどまらず、プロダクト開発、教育、執筆など多面的な表現を展開している。