
連載「旅とインド料理」#4
ドーサで最高の朝食を
南インドの朝のリズムを作る上で、ティファンは欠かせない存在だ。
タンジャヴールの朝食
幡ヶ谷の[タンジャイミールス]のシェフ、シャンカーさんの実家に遊びに行った時(もちろん本人は不在)、朝から子供達が摘んできてくれたバナナリーフにのせたイドゥリをたらふく食べさせてもらった。柔らかで温かなイドゥリはするする入ってきて、気づけば10個くらい簡単に平らげてしまっていた。イドゥリは米とウラド豆をすりつぶして発酵させたものを蒸しあげたもの。ふわふわで朝食の定番だ。
バナナリーフを摘んで持ってくるのが子供達の仕事
ミールスなどでコメを大量に食べる印象が強い南インドだが、朝や晩ごはんは形あるコメではなく、米や豆を発酵させたドーサ、イドゥリ、ワダ、ウプマなどで済ませることが多い。こうしたスナック類は総称して「ティファン」と呼ばれる。
南インドの朝を彩るティファン
ティファン(tiffin)とは、もともとインドに駐在していたイギリス人(アングロインディアン)たちが使っていた言葉で、重いディナーに対して「軽食」を意味するようになった。そこから南インドでは朝食や軽食、北や西インドでは弁当(ティファン・ボックス)として使われる言葉に転じた。
ワダ、ポンガル、イドゥリ、ウプマなども好きだが、ティファンの中で一番派手な存在はやはりドーサだろう。生地を鉄板で薄くパリパリに焼いたドーサは、クレープとも、ガレットとも、せんべいとも言い難い独特な美味しさがある。家庭ではあまり油を使わずに、ホットケーキのように簡単に焼いて食べたりもするが、お店でパリパリに焼かれたドーサは格別だ。
朝食でドーサを食べられればその日はもう成功したと言っていい。ガヤガヤと混み合った食堂に朝イチでわざわざ出かけて行って、ドーサとカーピ(南インド式のコーヒー)を頼むだけでも十分。発酵食品なのでお腹にも優しいし、栄養たっぷりのサンバルの温かさにも満たされる。
旅先ではいろいろなドーサに出会ってきた。同じように見えても地域ごとに質感や形に違いがあり、食べ比べてみると面白い。マドゥライでは酸味のあるフィッシュグレイビーに合わせるタイプのドーサが印象に残っている。アーンドラのカキナダで食べたペサラットゥという緑豆をすりつぶして焼いた無発酵ドーサは、ウプマも入るのでやたら腹が膨れるが悪くなかった。ちょっと変わったところではマンガロールなどにニールドーサという米粉を固めたプルプルの薄いドーサもあったりする。
マサラドーサ、というときにはポテトマサラを中に詰めるのが定番だ。
このアイデアはカルナータカ州南西部の海沿いの門前町、ウドゥピで生まれたと言われている。サモサの中に詰めていたポテトマサラを応用して南インド風に炒めて入れたのが始まりだとか。
ベンガルールでは「ベンネドーサ」と呼ばれるバターたっぷりのジャンキーなドーサも名物で、表面カリッと、中はふわっと仕上げる。食べるとじゅわっとベンネ(バター)が染み出してくるのも良い。
MTRの話
ベンガルールの名店[MTR]の話をしたい。そろそろ100年を迎える同店であるが、前身は1924年にバンガロールのラルバーグ・フォート・ロードにオープンした小さなレストラン、[Brhmin’s coffee Club]。こちらもウドゥピ出身の兄弟が開いた小さなお店だ。1960年から移転先の場所にちなんで現在の名前[Mavalli Tiffin Rooms]になり、いまではインド国内だけでなくロンドン、シンガポール、マレーシア、カナダ、ドバイなどにも支店がある。日本にも早くできてほしい。
ティファンルームというくらいだから色々なティファンが充実しているのだが、結局ドーサをいただいた。ウドゥピ系の甘やかなサンバルをつけつつ、上に乗ったギーをかけながら食べる。分厚くてサクサクで、若干チーズのような風味もあり美しい焼き目のドーサ。夢に出てきそうだ。
その他にもセモリナ粉にヨーグルト、コリアンダー、カシューナッツ、カレーリーフ、マスタードシードを混ぜて蒸しあげたラヴァイドゥリも名物。これは第二次世界大戦中に米が不足していた時期にMTRが発明し、インド中に広まったと言われる。
お家で作るドーサのレシピ
最後に、お家でできるドーサのレシピを共有しよう。
本来はウェットグラインダーという回転する石臼が必要だ。ミキサーと違って石で押し潰していくのでなめらかな生地に仕上がる。練馬[ケララバワン]のサッシーさんに伺った話だが、昔は数時間かけて臼で生地を挽くのが子供の仕事で、小学校に通いながら手伝っていたという。
もちろんミキサーでも作れる。短いパルスで回しては止め、氷水を少しずつ足しながら温度上昇を抑える。仕上がりはグラインダーほど滑らかではないが、これはこれでよいと思える。
材料はシンプルだ。イドゥリライス2~3に対してウラドダル1、水はミキサーが回るだけのギリギリの量。この割合だけ覚えておけば大丈夫。ポハを少し混ぜると翌朝のふくらみが穏やかで口どけが良くなるし、フェヌグリークを入れると色味が少しよくなる。米と豆は別々に数時間浸水し、それぞれを別に30分以上挽いてから合わせ、空気を含ませるようにまた混ぜる。
夏場なら室温で一晩、冬は毛布で包んだりヨーグルトメーカーを低温に設定したりして、じっくり発酵させる。表面に小さな泡が均一に立ち、すこし乳酸感のある発酵になれば完成。
塩は発酵後に0.5%程度入れる。生地に少しだけ砂糖を混ぜると焼いた時にこんがり色が出やすくなる。
バッターができたら分厚い鉄板で焼く。鉄板はある程度厚みがあった方が良くて、理想的には1センチ近い厚みがあると熱が安定する。テフロン加工やホットプレートは熱が上がりきらないのでやはり鉄板がおすすめ。
まずしっかり焼きを入れて表面が熱くなるまで温め、水を手で垂らして温度を確かめる。薄く油をなじませ、お玉一杯の生地を中央に落として、底の丸い器(おたまや小さなカトリ)の裏で円を描くように一気に広げる。
腕だけでなく体幹を中心に体ごと回すと円がきれいにできる。表面が乾いてきたら油を少量差す。中火のまま一気に焼き上げれば、縁が自然に持ち上がって、するりと剥がれるようになる。厚めにしたいときは火をやや落として短く蓋をし、蒸すようにして焼く。
チャトニは軽いココナッツ、サンバルは小粒のシャロット(小玉ねぎ)で甘みを出すのが朝食向きだ。チャトニーは色々あるけど個人的にはピーナッツチャトニーが好きだなあ。
一回生地を作ったらだんだん酸っぱくなるけど一週間くらいは持つので、ストックしておけば毎朝ドーサを焼いていい一日のスタートを切れる。そうなれば今日はもう勝ったも同然だ。
廃業したお好み焼き屋の鉄板を譲り受けてドーサ屋をやれないだろうか、と最近本気で考えている。
- Researcher of South Asian Food Anthropology
カレー哲学 / Curry Philosopher
カレー哲学者/南アジアの食の人類学研究者(の卵)。「日本にインドを作る」ことを目指すインド料理グループ「東京マサラ部」首謀。カレーにまつわる同人誌『カレーZINE』、インドパンのアナログカードゲーム『ATSU ATSU!! Parotta』、『TOKYO MASALAND』など、インド料理関連のプロジェクトを手掛ける。
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