シティライツ・レストラン

002 東京とは異なる、京都での蕎麦生活


Yuya UenumaYuya Uenuma  / Dec 18, 2023

「シティライツ・レストラン」と題し、その土地に光を灯すような、場所性を強く感じる飲食店を紹介する連載の第2弾でございます。

今回、京都は銀閣寺の側、哲学の道沿いにある蕎麦屋さん[十五]を紹介しようと思います。店名にちなんで本連載の15本目を勝手に賞すまで温めておこうと思っていたのですが、全く待ちきれず。まあ麺も待ちすぎると伸びて、美味しくなくなってしまいますしね。 

京都のじめっとした夏がやっと終わり、鴨川沿いの木々が色づき始めたと思ったら、もう冬の訪れすら感じる妙な気候ですが。[十五]では年に10日間しか出さないという秋の新蕎麦があり、こちらを秋晴れとともに楽しんだ11月下旬の昼下がりを紹介したいと思います。

そもそも[十五]との出会いは1年ほど前まで遡り、仲良くしてもらっている[LURRA˚]で働くシェフの先輩に「京都のお勧めレストラン」として紹介してもらいました。かれこれ5回以上は行っている気がするので、だいたい季節が変わるたびに行っている計算です。ただ、[十五]は蕎麦の栽培が止まる冬や、耕起と播種で忙しい夏は大胆に2か月とかお店を閉められるので、オープンしている春秋に数回ずつ通っていることになりますね。

そう、[十五]は店主自ら育てたそば麦で作られた蕎麦を食すことができる店なのです。この前は海外のお客様に「I’m a farmer」と自己紹介されていました。
お店のつくりはとてもシンプルで、横並びのカウンター席が6、7席ほど。完全予約制でお昼営業のみ。メニューは蕎麦と蕎麦がき、それに日本酒とヱビスの瓶ビール小だけ。このシンプルな潔さは、華やかさが特徴的な北山文化ではなく、わびとさびの美意識をベースとした東山文化的であり、なんだか哲学の道らしさも感じるのです。

この日はいつも通り2名で予約していたので、蕎麦がき1つをシェアしつつ、蕎麦を1つずつ頼むスタイルにしました。そしてこの日は秋晴れという良い言い訳も見つけたので、昼からヱビス様を拝みました。

席につき予約していた時間を迎えると、すぐに蕎麦と蕎麦がきに使う薬味たちがずらりと並べられます。

左から、蕎麦用の薬味、そばつゆ、蕎麦がき用の蕎麦の実、蕎麦がき用の辛味大根

朝起きて10キロほど走った挙句に朝飯を抜いてきた僕は、小皿が並べられるとすぐに塩味のついた蕎麦の実を摘み、カリカリと噛んでいると直ぐに熱々の蕎麦がきが運ばれてきます。

蕎麦がきで使う薬味は2種類で、塩味のある蕎麦の実と、辛みがとても効いた辛味大根に甘い醤油を加えたもの。まずはそのままの味を頂き、それからは気の向くままに、時には蕎麦の実と辛味大根の両方を乗せてみたりして。気づいたら鍋は空になり、最後は底にへばりついた焦げ目を剥がしてちびちびと食べる。剝がしきることに限界を感じると、残った蕎麦の実にまた戻り、一緒にビールも飲み進めます。

店主は蕎麦がきを提供するやいなや作業場に戻って、蕎麦を切り、茹でています。蕎麦がきを完食し、次に出てくる蕎麦を待つこの数分の間に、なんだか江戸とは違う京都らしさを感じます。

数分ほど蕎麦がきの余韻に浸かっていると、平たくて大きいお皿に乗った蕎麦が運ばれてきます。隣のお客さんは3通りある蕎麦の食べ方を紹介してもらっているのですが、僕はもう待ちきれず、気づけば箸を握っていました。ああ、まだまだ江戸っ子らしさ(埼玉出身ですが)が抜けていないなと。

蕎麦はそのまま食べるか、薬味を入れながら蕎麦つゆにつけて食べるか、甘い醤油をかけながら食べるかの3通りです。

もちろん最初はオリジナルの味から食べ始め、次は薬味を入れない状態の蕎麦つゆにつけて食べる。その次は蕎麦つゆに薬味をどばっと入れて啜る。普段は薬味をあまり使わずに食べるのですが、ここの薬味は使い切ってしまうほどに美味しい。辛味大根はワサビが要らないほどの辛さがあります。辛さが強すぎる大根が届いた時には、わざわざ辛味のない大根を混ぜて調整しているとのこと。ネギは臭みが全くなく、辛味大根と相まってか甘さすら感じます。

味変的にボトルに入った甘みのある醤油をかけて食べるのですが、これもまた美味しい。最初の数回はこの甘い醤油が美味しすぎ半分くらいをこの醤油で食べていたのですが、「この醤油はうちの食材の中で唯一化学調味料が使われてるものなんだよね」と聞いてから、恥ずかしくなり、使う頻度を減らしました。ただ「結局はこういうのが美味しいよね」という店主の一言を拝借しながら、今でも三啜りくらいはこの甘醤油で頂いてます。

蕎麦を食べ終わると蕎麦湯が運ばれてきます。僕は蕎麦湯も大の好物で、ここの蕎麦湯は一般的に見られるつゆが残ったそば猪口に蕎麦湯を入れる形ではなく、蕎麦湯の入った抹茶碗のような大きめの器が運ばれてきて、そこに残った蕎麦つゆをざばっと入れて飲むのです。なんと贅沢な、最高の締めですよね。

気づくともう1時間ほど経っていて、次のお客さんが来るだろうからと、そろそろ御暇。

東京では[小諸そば]によく行っており、二枚盛りを立ちながら勢いよく啜り、早ければ10分で退店するような蕎麦生活を送っていますが、こうして京都では京都なりの蕎麦生活を送っていることに気づきます。もちろん京都にも[小諸そば]ができることを願っているのですが。

優雅な時が流れるお蕎麦屋さんは東京にもたくさんあると思うのですが、京都という場所が僕の蕎麦の楽しみ方を少し変えている感覚です。今後もいくつか京都のお蕎麦屋さんは紹介することになると思います。京都に来てお蕎麦屋さんで飲む機会が増えたので、いつか紹介したいと思います。

(Edit by Shunpei Narita)
TAGS
BALMUDA The Kitchen
会員限定の最新情報をいち早くお届け詳しく