フォトグラファー大塚とライター井上の旅

モンゴルは草とミルクの香りがする。


RiCE.pressRiCE.press  / Apr 5, 2026

モンゴルは草とミルクの香りがする。ゲルの中の空気も、遊牧民ママの作るごはんも、なんだか同じ香りがする。なんて言えばいいのかなぁとずっと考えていて、行き着いたのがこれだ。

2025年秋、遊牧民のゲルにホームステイをした。旅のお供は同い年のフォトグラファー大塚淑子。動けるうちにアドベンチャラスな地を旅したいよねという話になり、彼女がずっと行きたかった(撮りたかった)モンゴルへ行くことにした。

宿泊したツォクトさんファミリーのゲル。遠くに牛やヤギもいる。

民族衣装を着て仕事するベテラン遊牧民おじいちゃん。たくさん写真を撮らせてくれた。

モンゴルの食文化の源は遊牧民にある。いい感じに近代化が進んでいるとはいえ、大草原にゲルを建てて、牛やヤギや羊と暮らす彼らの生活は健在。目の前にいる動物たちと、自分たちがいただく美味し糧が直結している世界ってなかなかない。遊牧民ママが作ってくれた、朝・昼・晩ごはんを綴りたいと思う。

首都ウランバートルから大草原へ

ウランバートルは高いビルもあって発展中。車の量がものすごい。

車で1〜2時間で別世界へ。馬にまたがった遊牧民おじいちゃんがヤギたちを移動させている。

東京からモンゴルは直行便で約5時間半。しかしながら「直行便あるの!?」と驚かれるほど、日本人からすると気持ち的には遠い国。国土は日本の4倍もあって、その80%は草原。全国民の約半分が首都ウランバートルに暮らしているものだから、街は車車車で大渋滞。そんなウランバートルから車で1〜2時間ほど走れば、道すらない大草原が現れる。うって変わって、車より人より動物のほうがずっと多い。

ツォクト家の末っ子ナンディアと兄ティムーレン。ティムーレンは自転車みたいに馬を乗りこなす。

私たちがお世話になったのは、ナライハ(Nalankh)という地区に暮らすツォクトさんファミリー。3つ並ぶゲルのうち、1つがツォクトさん家、あと2つはツーリストの宿泊用。シャワーはないし、トイレは地面に掘った大きな穴。でも空気がものすごく乾燥しているから、あんまりイヤな感じにはならない。

水がいらないというのは、キッチンも同じ。ゲルの中にはガスコンロがあるだけで、流し台はない。ゲルの外に大きい水瓶があって、お皿もお鍋もそこでちょちょいと洗えば次の瞬間にはさっぱり乾く。湿気がないと雑菌が繁殖しにくいし、食べ物も腐らないし、ニオイも気にならない。身軽な遊牧民の生活は、この気候と共にあるのだな!と、密かに膝を打つ。ぽん。

外においてある水瓶。ここで食器や鍋を洗う。

朝ごはん:とろけるウルムと塩ミルクティ
スーテーツァイ、ウルム、ボールツォグ(Сүүтэй цайҮрэм、боорцог)

おはよう草原。ゲルの外に出ると、目の前にあるのはでっかい空と草原のみ。息は白い。遠くに見える動物たちのところに歩いていくと、ママが牛の乳搾りをしていた。毎朝子牛たちがミルクを飲む時間に、人間も乳を分けてもらうみたい。白っぽい朝日に包まれて乳を絞る姿は彼らの日常なんだけど、私たちにはグッとくる美しさだった。

お茶の時間も食事の時もスーテーツァイを飲む。毎回子どもたちが注いでくれる。

朝の食卓には、そんな牛のミルクで作った品々が並ぶ。まずは「スーテーツァイ(Сүүтэй цай)」という塩ミルクティ。お湯に少量の茶葉とミルクと塩を入れて煮出したもので、彼らは毎食これを飲む。インスタントコーヒーを入れるのを勧められてやってみると、これもいい。最新のスーテーツァイの飲み方なのかしら。

朝ごはんの定番セット。左から、ボールツォグ、ウルム、アーロール。手前のカップに入っているのがスーテーツァイ。

お皿に山盛りになっているのは「ボールツォグ(боорцог)」というドーナツや、食パン、クッキーなど。その横にはお皿に盛られた、白いクリーミーな何か。

「ウルム(Үрэм)」というもので、牛乳を煮たときにできる分厚い膜らしい。ブラッターチーズを思わせる夢の食感で、ミルキーかつ豆乳っぽい植物の風味もある。ボールツォグやパンにこのウルムをのせ、ブルーベリージャムをつけて食べるのがめちゃくちゃ気に入った。余計なものが何も入っていない、栄養満点ピュア乳脂肪。さっき乳搾りを見たから感謝はひとしお。乳を分けてくれてありがとう。

ミルクからできる品がもう一つ、めちゃくちゃ硬い「アーロール」というチーズも食べてみる。ヨーグルトを乾燥させたもので、けっこうクセがある。パルメジャーノと思えなくもない。ゲルの屋根では常にこれを干していて、大事な保存食なのだなと思った。ちなみに砂糖を入れた半生のアーロールも食べたけど、こちらはチーズケーキみたいでおいしかった。そういえばウランバートルの市場で木型を売っていたな。あれがこれか、と思い当たる。

昼ごはん:旨味しみしみ蒸しうどん「ツォイワン(цуйван)」

ゲルごはんの食材はそんなに豊富ではない。かつて遊牧民は、夏は白い食べ物(乳製品)、冬は赤い食べ物(お肉)のみで暮らしていて「草を食べている家畜を食べるんだから、野菜はなくてもへっちゃら」という、サバンナの肉食獣と同じ理論の食生活をしていたそうな。現代の遊牧民は車もバイクも持っているので、スーパーで野菜を入手する。といっても種類は限られていて、たまねぎ、にんじん、じゃがいもが3大ベジタブル。ここに主食の小麦と、家畜のお肉を合わせた5つの食材を、さまざまに調理して食べる。味付けは岩塩のみ。ミニマル。なのにゲルで食べたごはんは、どれも味が豊かに感じた。

お昼に出てきたのは「ツォイワン」。蒸し焼きうどんのような定番料理だ。山のように盛るのはモンゴルのデフォルトらしい。牛脂で羊肉、にんじん、じゃがいもを炒めた後に水を入れて煮たら、小麦粉で打った薄いフリルみたいなヒラヒラ平麺を投入。少し蒸したら完成だ。食べていて思い浮かんだのは、ずばり肉じゃが。麺、じゃがいも、にんじんにお肉の旨味が染み込んだ感じがなんとも肉じゃが。

家族も一緒にご飯を食べることも多かった。ベッドの上でツォイワンを食べるナンディア

羊肉はもちろんツォクト家が育てた家畜を捌いたもの。日本で食べる羊とはまた別の風味がある。そういえばゲルに漂う空気も、昨日の乳製品にも同じ香りを感じるような……と、ここでひらめく。そうか草の香りがするのね。日本で食べている家畜のお肉って、飼料にいろんな穀物が入っていたりする。でも草原で暮らす彼らのごはんは草一択。だから乳からもお肉からも、草の味がする。そこにちょっぴり交じる獣の香り。私にとってこれが、モンゴルを感じる香りになった。

夜ごはん:これが作れたらお嫁にいける?モンゴル揚げ餃子「フォーショール(хуушуур)」

小さい時、よく家で餃子を包むお手伝いをした記憶がある。ゲルの晩御飯はそんな記憶が蘇る、とっても楽しいものだった。モンゴルにも2つの餃子的な料理があって、一つは蒸し餃子「ボーズ(Бууз)」、そしてもう一つが揚げ餃子の「フォーショール(хуушуур)」。ウランバートルのレストランでもよく見かける。どちらもサイズが大きいのがモンゴルっぽい。

宿泊者みんなでフォーショールを包んだ。楕円形に伸ばした小麦粉の生地に、羊肉のタネをのせて薄く広げ、半分に折りたたむ。フチをいい感じに閉じて、手で抑えて空気を抜けば完成だ。お肉を入れる量、皮の厚さ、火が通りやすい形など、コツはいろいろある。モンゴル人ガイドのお姉さんがホーショール先生となり、熱血指導してくれたおかげでだんだん上達する私たち。モンゴルの人もこうして、お母さんとかおばあちゃんから作り方を習うんだろうな。嫁入り修行みたいな気持ちになってきた。

タネには羊肉と脂身とたまねぎが入っていて、味付けはもちろん岩塩のみ。包み終わったら遊牧民ママが牛脂を溶かした鍋でどんどん揚げる。食卓に山盛り(もうおなじみ)のホーショールが運ばれる。熱々のうちにかぶりつくと、肉汁がじゅわっと出てきてめっちゃ美味しい。カリッと上がった皮は、某ファーストフードの甘くないパイに似てると思った。岩塩で味付けただけなのに、やっぱりお肉の味が濃くて豊かに感じる。卓上には瓶詰めのピクルスやトマトソースが置いてあって、それと一緒に食べるのもいい。副菜もなんにもなくて、ひたすらホーショールを食べる。シンプル。だけど満たされる。

夜はものすごい数の星が見えた。凍えるくらい寒いかったのに、かなり長時間見入ってしまった。

草とミルクの香りを忘れない。

人間の記憶は香りによって一番引き出されるという。帰国してからスーツケースを開けた時も、お土産に買ったバターやチーズを食べた時も、あの草とミルクの香りを感じた。嗅いだ瞬間に、草原で目にした景色がぶわっと浮かび上がる。写真もたくさん撮ったし、こうして文字にもしてみるけれど、鮮明な記憶はきっと薄れていく。でもまたどこかでこの香りに出会ったら、遊牧民ファミリーと過ごしたあのモンゴルを思い出せると思う。またいつか、食べたいなぁ。

写真 大塚淑子(Photo by Yoshiki Otsuka)IG @mason5
文 井上麻子(Text by Asako Inoue)IG @achalol

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