長崎・五島の風土に根ざしたジンづくり
GOTOGIN 100thBatchまでの軌跡と今後の展望
長崎港からジェットフォイルに揺られることおよそ1時間半。五島列島の中でも多くの観光スポットを有する福江島で2022年よりジンづくりに挑戦しているのが五島つばき蒸溜所だ。
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福江港に到着し、さらに車で走り続けること約30分。
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蒸溜所の背には山、横には海が広がり、豊かな自然に囲まれる。
五島つばき蒸溜所は、代表の門田クニヒコ氏、ディスティラー兼ブレンダーの鬼頭英明氏、マーケティング・ディレクターの小元俊祐氏の3名が五島に移住して設立。3名それぞれが約30年ほど酒類メーカーに勤務した経歴を持つ。各専門分野で体得した知識とノウハウが集約され、五島の豊かな風土と調和してつくられるのが“ゴトジン”である。
今回の取材に際して、蒸溜所エントランスで迎えてくださったのは、五島つばき蒸溜所のマーケティング・ディレクターを務める小元俊祐氏。
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今回蒸溜所内を案内してくださった小元氏。
かつて迫害を逃れるため海を渡った潜伏キリシタンたちの名残も多い五島列島。島内には教会も多く、ここ五島つばき蒸溜所の真横にも半泊教会が現存する。この教会の存在が蒸溜所を設立する上でも1つのモチーフになったのだそう。
「教会の横に蒸溜所を建てさせてもらったので修道院のイメージ。ヨーロッパに行くと教会の隣の修道院でビールやワインをつくったりしますが、自分たちはジンをつくろうと。修道院は真ん中に薬草園が置かれ、それを廊下で囲んだ回廊式のスタイルが多いですが、うちでは中心に蒸留器を配置してデッキで囲みました」
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蒸溜所内には五島つばき蒸溜所のロゴが入ったステンドグラスも。
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“蒸溜器界のポルシェ”とも称されるアーノルド・ホルスタイン社製の蒸留器。
蒸留器は、職人の手仕事による世界に1つだけのハンドメイド仕様。決して広くはない蒸溜所内に堂々と鎮座している。「せっかく理想のお酒をつくるためなら蒸留器にもこだわろうと、アーノルド・ホルスタイン社に日本人として始めて訪問しました(笑)」と、照れながらも熱い想いを語る小元氏。蒸溜所の設備の端々から並々ならぬこだわりと意気込みが伝わってくる。
この蒸留器を用いてつくられるゴトジン最大の特徴が、五島産である18種のボタニカルの選定と蒸溜方法。味わいと香りを「風景のアロマ」と話すブレンダーの鬼頭氏に詳しく伺った。
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富士御殿場で33年間ウイスキーづくりに従事してきた鬼頭氏。
「ジンをつくりながら五島の風景を描いています。その風景をより綺麗にしているイメージ。とすると、風景を描くために使用されるボタニカルは絵の具ということになりますね。だからこそ、絵の具を綺麗にしておく必要があるし、その配合の仕方にも事細かに注意を払っている。海から漂う香りや山の緑、教会の優しさや慈しみ。日々、理想の酒質を追求しています」
小元氏と鬼頭氏の2人が取材中にたびたび繰り返す、“理想のお酒”、“理想の酒質”という言葉。この言葉が指すものこそ、まさしく「風景のアロマ」なのだが、風景を鮮明にするための工夫が各ボタニカルの蒸溜方法にある。
ゴトジンで使用される五島産18種類のボタニカルはそれぞれ個別に蒸溜される。1種類のボタニカルにつき約4時間ほどかかるということで、いかに時間と手間暇がかけられたかが容易に想像できる。そして、この個別での蒸溜こそが、「絵の具を綺麗に」ということに他ならない。
「椿のお酒、柚子のお酒、ラズベリーのお酒、といった具合にそれぞれで一番良い状態の原酒をつくります。本来カッティングポイントはボタニカルごとに違いますから」
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美しいエメラルドグリーンのボトルは、「ガラスびんアワード2023」で最優秀賞を受賞
1000本生産するごとにバッジを変え、細やかに配合も微調整しているという鬼頭氏。理想の酒づくりにのため日々試行錯誤する中で、昨年、転換点となる体験があったのだそう。
「世界で最も売れているジンの1つ『モンキー47』の製造見学に行きました。すると、彼らはジュニパーベリーよりも“黒い森”(*ドイツ・シュヴァルツヴァルト)で採れるクランベリーの味わいを主体に酒質を設計していたんです。自分たちも『風景をアロマに』という理想をより強く追求するようになりました。その結果、五島ならではの優しさや慈しみをもっと前面に出すべく、ベリー系の香りを強めました」
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五島の各バーでメインカウンターに並ぶゴトジン各種。
スタジオジブリなどのアニメーション美術などを手掛ける五島出身の山本二三氏がイラストを描いた限定ボトルの数々も常備される。(写真はPLANET BAR)
細やかに配合を変え、理想の酒質を追求し続けるゴトジン。五島のバーではタイミング次第ではバッジ違いで飲み比べができることもある。隣り合うバッジ同士では感じ取りづらいニュアンスの差異も、10〜20離れたバッジでは違いを楽しめる。「小さな積み重ねなので」と、謙遜する鬼頭さんだが、膨大な時間と手間暇、そして試行錯誤をかけてつくられたことが体感できるのは、ここ五島ならではの贅沢と言えるだろう。
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蒸溜所設立から3年目にして、100バッジを迎えたゴトジン。その100バッジを記念した特別限定商品が9月より発売された。
長崎県佐世保市の三川内焼窯元「平戸洸祥団右ヱ門窯」とコラボする形で、従来のゴトジンのボトルをベースとしながらトレードマークの椿が模された美しい磁器に仕上がった。
「地域に根ざした宝となるような文化が長崎の地に息づいていることを日々感じています。それを今回のように共創する形で人々に届けられることを嬉しく思います」と、五島つばき蒸留所代表の門田氏が語れば、「平戸洸祥団右ヱ門窯」代表の中里太陽氏は、「現代の私たちが100年前の骨董品に感動するように、私たちのものづくりも100年後に評価されれば良い。その理念に門田さんたちにも共感いただき一緒に実現できたことが嬉しい」と、喜びの声を重ねた。
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左から小元氏(五島つばき蒸留所)、中里氏(平戸洸祥団右ヱ門窯)、大石氏(長崎県知事)、門田氏(五島つばき蒸留所)、鬼頭氏(五島つばき蒸留所)
今回の蒸留所取材中、終始、ゴトジンを目的に訪問する観光客の姿が印象的だった。
「昨日お店ではじめて飲んで気になって」と訪問した観光客の言葉通り、バーから老舗の居酒屋まで、五島のあらゆるお店にゴトジンが置かれ、飲み親しまれているシーンを、五島滞在中たびたび目にした。こだわり抜いた酒質追求はもちろんのこと、五島の風土を表現した酒づくりが地元の方々から観光客にまで愛されていることがひしひしと伝わってきた。
ぜひ、進化を続けるゴトジンを見かけた際には手に取って欲しい。そして、五島に訪れた際には、必ず五島つばき蒸溜所に立ち寄り、広大な自然の中で風景のアロマを全身で堪能いただきたい。
Photo by Yayoi Arimoto(写真 在本彌生)IG yoyomarch
Text by Shogo Sugano(文 菅野匠悟)