旅とインド料理

003 丁寧なチャイ


Curry PhilosopherCurry Philosopher  / Sep 16, 2025

チャイを初めて飲んだのはいつだっただろうか。インドやその周辺国を旅し始めた頃はそれほどチャイのことを気に留めていなかったような気がするが、いつの間にか大好きになってしまった。

チャイ自体は“お茶”のことを指す(南インドではTeaと言ったりもする)のだが、日本ではスターバックスなどの影響もあり、スパイスの効いた甘いミルクティーとして普及した。最近ではインド料理やカレーの文脈から独立して、少しおしゃれな飲み物として受け入れられている気がする。

そんなチャイだが、インドを旅している最中はどこでもついて回るもので、逃れようと思っても逃れられないようなところがある。今回はそんなインドの旅とチャイについて書きたい。

カレーのルーツを探るため、インドやその周辺国に十数回渡航してきた。現在は大学院でインドに関する「料理人類学」を研究しながらインド料理を作り続けている。

食べ物を知ることはまさに人間を知ることに他ならず、食べ物を通して社会や文化が見えてくる。特にインドは食と社会の結びつきがとんでもなく根深い。この連載では旅を通じて知ったインド料理の魅力と、実際に家庭で作って楽しめるレシピを紹介していきたい。 

インドの行きつけのチャイ店の話

いくつか、行きつけになったチャイ屋があった。

西インド、ムンバイ市の南の方に住んでいたことがある。その頃は毎日昼の12時から夜24時くらいまで週6回レストランで働いていたのだが、通勤途中には必ずグラント・ロード駅前にあるチャイのチェーン店[Yewale Amruttulya(イェワレ・アムルットゥリヤ)]に立ち寄っていた。インド各地では数百店舗規模にまで拡大していると聞く。チェーン店ではあるが、周りの友達に尋ねても、「あそこのチャイは美味しいよね」とまず頷いてくれるような店だ。

チャイを作るところを観察していると、大鍋の高火力で茶葉と牛乳を別々に煮込み、提供直前に一気に布で濾してから合わせていた。高火力で大量の牛乳を煮て水分を飛ばし、濃厚に仕上げるのがポイントだろう。

レストランの仕事は精神的には辛いことはあまりなかったのだが、どうやら肉体的には悲鳴を上げていたのだろうか、段々と毎日のスイッチの切り替えにチャイが欠かせなくなった。店員のおじさんと顔馴染みになり、甘くて濃厚なチャイをくいっと飲んでから仕事に行く。肉体労働はとにかく腹が減るので、チャイを飲み、ワダパオを食べ、深夜に帰宅してからはムスリムの食堂で夜中に重たいビリヤニを食べてから寝る。この頃はずいぶん炭水化物と糖質に傾いた生活を送っていた。

毎晩レストランのブリーフィングが終わりゲストを迎える前にも、必ずチャイを飲みにいくタイミングがあった。ラクナウから来た陽気なおじさんが店員をやっていて、私の顔を見るたびにチャイを差し出してくれたのも懐かしい。ちなみにこのチャイ屋さんはレストランのスタッフ行きつけで、チャイをモチーフにしたメニューの紹介リールにも登場していた。

その後、ムンバイのダダールという繁華街に程近い場所に拠点を移した際は、[Gud Wali Chai]というジャガリー(粗糖)を使ったチャイの店がすぐ近くにあった。独特の風味があり、なかなかクセになった。朝早く店を覗くと、店員のおじさんが湯気の立つ大鍋の中身を布で勢いよく濾している。このチャイは角が取れた土っぽい風味と甘さがあり、何かと通りがかるたびに飲んでいた。

近代以降に大衆化したチャイ

ところで、インドにおけるチャイの歴史は意外に浅く、甘いミルク煮出し茶としてのチャイは20世紀に大衆化したものだ。植民地期の製茶産業の拡大と、インド国内需要を伸ばすためのイギリスのキャンペーン政策の結果である。当初は本国式の紅茶の飲み方を広めようとしたのに、インドで実際に広まったのはスパイスとミルクと砂糖をたっぷり入れて煮出した飲み物だった。

もっとも、アーユルヴェーダ的にはシナモン、カルダモン、クローブ、ブラックペッパーなどを混ぜ合わせて煮出すドリンクは昔から飲まれていた。そこに茶葉が加わって現在のチャイになった、と言うのが本当かもしれない。(インドではスパイスをほとんど入れないことも多いけど)

チャイに使われるのはミルクに合うアッサム種茶葉のCTCが多い。CTCはCrush(砕く)、Tear(裂く)、Curl(丸める)の略だ。CTC加工をすることで液体に触れる面積が大きくなり、成分が強く濃く出る。正直な話、いいアッサムであったらストレートで飲んだ方がうまい。安い紅茶を美味しく飲む技術として発展したのがチャイなのだろう。

コルカタの紅茶工場、インド中から集まった茶葉が保管されている倉庫

インドでチャイによく使われている茶葉として、CTC以外に”Dust(ダスト)”という規格もある。ダストといえば「ゴミ」とか「埃」という意味だが、これはもともとグレードの高い茶葉がイギリスに出荷されてしまい、インドでは細かく残った塵のような茶葉を集めて使っていた名残。今ではあえて細かく粉砕してそのように作るらしい。ムンバイのお茶屋さんで聞いて回った感じ、レストランやチャイワーラーはこのダストを使っていることが多かった。

チャイが作る空間

インドから帰ってきて、ムンバイで暮らした時に毎日路上で食べていたチャイやストリートフードの光景を、日本でも再現したいと思った。

京都駅近くのスペインバルの軒先を借り、[印度乳業]のチャイ屋台を四ヶ月やった。雨が降らなければ毎週金曜日の夜に屋台に立ち、月替わりでいろいろなストリートフードを作っては販売を試みた。パニプリ、ベルプリ、イドゥリ、ワダ、ビリヤニ、ワダパオ……。パニプリは近年日本では密やかにブームになっているらしく、ある日は大行列ができてしまったこともあった。

ストリートフードは好きだが、主役は常にチャイだと思っている。

この屋台を始めたきっかけはそもそも、吉祥寺のクラフトミルクスタンド[武蔵野デーリー]さんの牛乳に出会ったから。三代続く牛乳屋で、全国各地の牧場から良質な牛乳を取り寄せたり、東京農工大の生乳を自ら加工して牛乳として販売する取り組みを進めている。

インドで牛乳の調査をしていたときに偶然にも複数の縁がつながり意気投合し、日本の素晴らしい牛乳を使いつつインドの乳加工文化を応用したミルクプロダクトをお届けする「印度乳業」プロジェクトを共同で始めることになった。都内でのポップアップイベントや製品開発に取り組んでおり、京都の屋台もその活動の一環だ。

一般流通の牛乳は複数の牧場のものを集めてブレンドすることで平均化され、高温で殺菌しているため、料理に使いやすく賞味期限も長いという利点がある。それに対し彼らが扱う牛乳は牧場単位の「シングルオリジン」と言えるものが多く、放牧やグラスフェッドで育てたものをなるべく損なわないように低温殺菌、ホモジナイズ処理していないものが多い。毎週飲んでいるとわかるが、本当に季節によって味が変わるのだ。

もちろんどちらも素晴らしいものなのだが、今回はノンホモ低温殺菌などの牛乳を使って時間があるときに作りたい、丁寧なマサラチャイの作り方を紹介する。時間があるときにぜひ試してほしい。

30分かけて作る基本のマサラチャイ(約300ml分)

◎材料(4人分)
・アッサムCTC茶葉 :12g   
・水:250ml 
・ノンホモ低温殺菌牛乳:300ml 
・グラニュー糖:16g
・国産生姜(皮付き):15g
・カルダモン:6粒 
・クローブ:4粒
・シナモン:1g
・ブラックペッパー:10粒 

【作り方】
◎スパイスを準備
スパイスを軽くローストして香りを起こす。弱火1分程度で表面が少しパリッとする程度。ローストしたスパイスを冷ましてから、すり鉢や袋に入れて粗く砕くかマサラクラッシャーで潰す。

生姜は皮ごと潰す。クラッシャーがあるといいが、包丁の背などで叩いても。生姜の辛さが欲しい場合はすりおろしてもいい。

◎煮出し液の作成
鍋に水(250ml)を入れて火にかけ、沸騰したら潰した生姜とローストしたスパイスを加える。蒸発量が少ないように蓋をして弱火で10分間じっくり煮出す。まずは出汁をとるようなイメージ。やがてジンジャーエールのような香りがしてくる。

◎茶葉の抽出
火を止めてから、茶葉12gを鍋に入れる。最初に1〜2分だけ蒸らす。そのまま蓋をせずに、弱火で10分間ゆっくり煮出す。CTCは短時間でもしっかり色と味が出るが、長く煮出すとコクが増す。茶葉でエスプレッソを作るようなイメージ。

◎牛乳を加える
牛乳を加え、さらにごく弱火で蓋をせず10分煮込む。煮立たせず、表面が少しだけふつふつと泡立つくらいの火加減をキープ。ノンホモの低温殺菌牛乳を使用する場合、牛乳の個性を殺さないようになるべく低い温度で加熱したいが、水分は飛ばしたい。そのためなるべく弱火で少しずつ煮詰め、牛乳の水分を飛ばしていく。

◎濾して砂糖を溶かす
火を止めて少しおいてから茶こしで一旦濾す。仕上げに砂糖を加え、ポットで2〜3回高い位置から注ぎ返して空気を含ませながら溶かす。濾してから砂糖を加えるのは甘さをコントロールしやすくするため。

チャイ作りは空間作りなのかもしれない

チャイは空間を作る。京都では、屋台の前でカップを持つ見知らぬ人同士が、気温や今日の仕事の話から自然と会話を始める。インドの街角で見た光景が京都の路上に立ち上がる瞬間がある。そんな光景を見た時、これからもチャイを淹れ続けようと思ったりする。

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