クラフトカルチャーに伝統がしっかり生きているのってやっぱり素晴らしい

イギリス人とビール文化——クラフトビールとカスクエールの関係


RiCE.pressRiCE.press  / Jan 11, 2024
本記事は、「RiCE No.8 Autumn 2016|特集 クラフトビールの力」(2018年9月9日発行)に掲載されたものをウェブ版に再掲したものです。再掲にあたり加筆・修正しています。

イギリスには伝統の「カスクエール」というビールがある。その名の通り、カスク(樽)から、炭酸ガスを使用せずに注がれるそのビールは、ぬるくて気の抜けた「古い飲み物」というイメージで存在感が薄れた時代もあったが、イギリスクラフトビールシーンの奥深さを体感する上で欠かせない存在である。2018年、ロンドンを中心にマイクロブルワリーが次々に生まれる瞬間をジャーナルした。

“It’s coming home!”

先のサッカーW杯でのイングランド代表の躍進(※2018年ロシア大会でベスト4)に対して、フットボールの「母国」のファンたちはにわかに熱狂した。長年低迷し、期待感を表明することすら恥ずかしい環境で、若い世代が力強く勝ち進んでいく姿は、彼の国民の魂をさぞ沸き立たせたことだろう。熱くなるイングランドファンの様子を見ていて、僕はイギリスのビール界を重ねずにはいられなかった。

イギリスのパブ文化といえば、歴史の教科書にも出てくるほど有名であり正統といえるものである。ビールを飲みながら語り合うのが社交とコミュニケーションと情報収集の面でエッセンシャルだった中で、そこで飲まれるビールもゆっくり楽しめるように軽めで香りが特徴的でかつ温度が上がっても美味しいものが好まれた。その文脈で合点がいくのが、イギリス伝統のカスクエールというスタイル。「ぬるい」「炭酸がない」という頼りないキーワードで語られるこのビールはしかし、現在でもパブでは必ずと言ってよいほど飲まれているし、個人的にはイギリスクラフトビールシーンに奥行きを与える強い要素になっていると思っている。

ハンドポンプとも呼ばれるカスクエールのサーバー。長いハンドルを力を込めて手前に引くとその力で樽の中からビールを汲み上げる仕組み

しかしながら近年カスクエールの人気が下がっていたということは事実だ。若い世代の選択肢はワイン、カクテル、ラガービールと多様化したし、単純にお酒自体を飲まないという人も増えた。何より、「伝統」というものが背負う宿命というか、カスクエールはおじさん世代が飲む古いものというイメージもあったのだろう。その流れの中で、パブやブルワリーは徐々にその数を減らしていった——。

ロンドン郊外にある有名ブルワリー[Fuller’s ▷IG]の地下のテイスティングルームにて。日本でも飲める銘柄もあるが、カスクコンディションはほぼ見られない。「LONDON PRIDE」は自分にとってイギリスビールに目覚めるきっかけ

僕が留学でロンドンに滞在した2013~2014年当時、ロンドンのクラフトビールはまさに上り調子だったこともあり、密かに裏テーマとしたビール研究は充実していたと言っていい。伝統の衰退があった一方で、新しい成長があったことも事実だったろう。今年(2018年)の5月、再びロンドンに行くことが叶ったが、その勢いはさらに増していた気がする。

当時の寮の隣のパプ[Dean Swift ▷WEB]を再訪した際には、まだ明るいうちからお店は溢れかえり、店先で立ち飲みするお馴染みの風景も見られるほどだった。このような新しく人気のパブでも必ずといってよいほどカスクエールが置いてある。例えば、日本でもお馴染みの[Fuller’s]も当然カスクエールで提供されている。とりあえず、「LONDON PRIDE」をカスクで飲んでみてほしい。変快なホップの香りと、噛み締めたくなるモルト感で、1パイントが至福と感じられるはずだ……。

イギリスビールのバラエティの豊かさを感じるには、やはりカスクエールを飲むに尽きると思う。[Beavertown ▷IG][Camden Town ▷IG][Kernel ▷IG][Magic Rock ▷IG]……クラフトブルワリーの最新ビールが並ぶのはケグだけれど、カスクの方には[Adnams ▷IG][Dark Star ▷IG][Moor ▷WEB][Burning Sky ▷IG]などイギリス各地方のこれまた素晴らしいブルワリーのビールが数多並ぶ。それはボトルとは比べ物にならないほど豊かな味わいで、まさに特別な味といえる。

[Dean Swift]のスタッフも、カスクエールが今でもロンドンのパブで提供されることは文化を守る意味で重要だと話す。しかし、それには「if done properly」という条件があって、つまり「ちゃんとした状態で提供されるならば」ということだ。

カスクエールは、届いてもすぐにはサービングできないこと(2~3日樽内でのコンディショニングが必要)や、開栓期間が短いこと(理想は4日以内ともいわれる)など、提供する店舗としては手間と調整を要する。カスクエールの扱いにくさとそれに伴うリスクは、現地のクラフトブルワリーにとってもネックだ。多くのクラフトブルワリーはカスクエールの製造はしていないし、この両者の関係性は残念ながら薄い。クラフトビールによってビール人気が盛り上がるのに伴って、カスクエールも復権してきたというのが僕の見立てではあったけれど、カスクエールは未だ「old man’s drink」というイメージがあるようだ。

しかしながら、カスクとクラフトは混ざり合えないというわけではない。[Weird Beard Brew Co. ▷IG]は実験的なレシピが多く人気のクラフトブルワリーだが、カスクエールも生産している(2024年現在、経営体制を変え新拠点に移るところ)。日本でも熱狂的ファンを持つ[Thornbridge Brewery ▷IG]も代表作「JAIPUR(ジャイプール)」を始め多くの銘柄をカスクで生産している。カスクエールの個々にユニークで豊かな味わいは愛され続けてしかるべきものであるし、なじみのない人にこそ機会があればぜひ試してみていただきたい。クラフトとカスクの関係性が薄いと言っても、それは収益面で新興ブルワリーにはリスキーということが大きく、むしろクラフトブルワーたちもカスクを愛している。イギリスビール文化の奥深さを感じられるのはやはりカスクの存在あってこそと思う。

[Euston Tap ▷WEB]はユーストン・スクエア駅の近くにある素晴らしいパブ。城壁の一部分のような建物でおもしろい。写真で上段に見えているハンドルはふつうの生ビールのサーバー、その下の蛇口のようなものがカスクエールのサーバー。グラビティ(重力)と呼ばれる通り、蛇口をひねれば重力でビールが流れ出てくるという、古典的なシステム

パブにはクラフトビールの新とカスクエールの旧があり、イギリスビール文化を垂直的に体感する絶好の場所だが、作り手のより近くで「今の」クラフトビールを堪能できる場所がまた別にある。地下鉄・ジュビリーラインでロンドンブリッジ駅の隣にバーモンジーという駅がある。Zone 2に足を踏み入れるこの地域は言うなれば街外れで、住宅や車検を請け負うガレージなどが目立つ。ロンドン近郊のブルワリーを調べていたら意外にも寮から歩いて行ける距離に3軒ものマイクロブルワリーを見つけたのが、この地域を知るきっかけだった。

土曜日の昼間にブルワリーがオープンして、ボトルショップやタップルームが開かれる(現在では各店の営業時間はそれぞれ変更されている)。当時はかなり簡易なセッティングで、それがまたよかったのだが、笑っちゃうくらい昼間から人で賑わっていた。「Bermondsey Beer Mile」の名で知られ、当時から人気が広がっていたが、今年再び訪れた時の人出には驚くばかりだった。4年前、一番最初に訪れたのは[Brew By Numbers ▷IG]だった。ブルワリーの名前の通り、レシピには「01(スタイル)|01(レシピ)」というように数字が当てられており、その数字の組み合わせの数だけ彼らのビールの種類がある。実験的にレシピを増やしながらも、この整理された感じがまた気に入る点でもあった。ブルワリーはレンガ造りの高架下のアーチ状のスペースを利用して作られたスペース。中はビールの香りと騒がしい音、外は空がひらけた郊外感。このセッティングは思い返せば絶妙だ。

[Brew by Numbers]にて、晴天のもとビールを楽しむ人々

次に行き当たるのがロンドンクラフトビールの代表格と言える[The Kernel Brewery]。2009年にできたこのブルワリーはマイクロブルワリーの先駆けで、斬新ながら硬派な姿勢で根強い人気を誇る。「Table Beer」というセッションIPAが有名だけれど、「EXPORT STOUT LONDON 1890」という、とあるブルワリーの復刻レシピのスタウトが個人的にはとても美味しかった。

そして当時最後に行き着いたのが[Partizan Brewing ▷IG]だ。ボトルラベルのデザインも魅力的。次々にレシピが変わる色とりどりのビール自体ももちろんだが、Alec Dohertyによるアートワークは見事な演出でありブランディングであり、ビールを楽しむという部分に大いに買献していると思う。

ロンドン在住のアーティスト・Alec Dohertyによるイラスト

僕は、ビールはもちろん、そのオープンでフランクで明るくて雑多を苦にしない、その雰囲気を楽しんでいた。そして、しみじみと「文化だなぁ」と感じたものだ。寒い時期でも、昼間から友人と連れ立って面外れの高架下までビールを飲みに来る。立ち飲みが基本だし、トイレは仮設だったりする。にもかかわらず素晴らしい熱量があった。毎週のようにこの地域に通った僕は結局、[Partizan]のオーナー・Andyにお願いして数日間仕事を手伝わせてもらうことに成功した。現在は規模も大きくなったけれど、当時はほとんどが手作業だった。Andyの他に2人スタッフがいて、まさにチームワークでの手作業だった。金曜日は、ボトルビールの味見があって、これはもちろん品質チェックの一環ではあるけれど、僕にとってはこれ以上ない報酬になった(ボトルコンディションビールの注ぎ方を知らなくて、違う違うと言われたのもいい思い出)。現在[Partizan]はすぐ近くの別のアーチに引っ越して、当時の3倍近いスペースを持っているが親しみやすい家囲気は変わっていない(黒猫も健在だ)。他にも[Fourpure Brewing ▷IG]や、[Moor Beer ▷IG]のタップルームなどがある他、今年(2018年)の秋には[Cloudwater ▷IG]もタップルームをオープンする予定だ。バーモンジーはますます盛り上がるだろう。

2014年当時、[Partisan]でのテイスティングの写真。ラベルがいい。ボトルコンディション(瓶内に酵母が生きている)ビールは、酵母を沈殿させておいて(冷蔵庫では立てておく)、グラスに注ぐ際に中で混ざらないように瓶を倒したままで注ぎ分けるのがコツと学んだ

2018年再訪時の[Partisan]。奥に醸造設備が並び、そのすぐそばでビールを飲める。カラフルなオブジェもAlecによるもの

[Partisan]の黒猫

駆け足だが、ロンドンを中心としてイギリスのビール文化について僕が感じ得ることが少しでも共有できたらと思う。イギリスのパブはそれぞれに違うが、何か同じものが流れている。造る人、提供する人、飲む人、その間にいる様々な人が、ビールを取り巻いて「経験」を重ねることで、コミュニティができてそれが戻るべき場所になる。長年醸成されてきたものに新しい刺激がうまく組み合わさっている。「It’s coming home」という言葉に、強い文化の匂いを感じたのはそのためではないかと思う。

クラフトビールが世界中で盛り上がる中で、それが通り過ぎるものではなく、やっぱりここだ、と戻る場所となれば、一つの文化として根付くことになるのではないか。ロンドンを例にそんなことを思っている。

Text & Photo by Yoshiki Tatezaki(文と写真 舘﨑芳貴)

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RiCE No.8 Autumn 2016|特集 クラフトビールの力

紀元前四千年以上も前に発祥とされるビールは、世界最古のメソポタミア文明で生まれたらしい。まさに人類の生きる糧として、喜びとして歩みを共にしてきた偉大なる飲み物。クラフトなんて言葉が生まれるよりずっと昔、「手づくり」が当たり前だった時代のビールの味にはどんな「手ごたえ」があったのだろう?クラフトビールをグビッとやった後に感じる大いなる喜びには、遠い昔、遥か彼方からの力が作用しているのかも。なんてね、乾杯!

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