連載「サブカル酒 Sub-Cul-Shu」#5
ここに二つのアマーロがある。
ここに二つのアマーロがある。いや、一つはアマーロで、もう一つはアマーロとカテゴライズしうる西アフリカのサブカル酒か。
アマーロというジャンルをご存知ない方のためにざっくりAI的に説明すると、「イタリア語で『苦い』を意味する、ハーブやスパイスを漬け込んだリキュール」のことだ。独特の甘苦い味わいが特徴で、イタリアでは食前酒や食後酒として親しまれている。
実はこのアマーロ、一時は衰退待ったなしだったものの、世界的なクラフトリキュールの復権に伴い、現在は250を超えるローカルブランドが存在する。アマーロに似た薬草酒は欧州各地で造られているが、イタリアのものだけがアマーロと呼ばれる。味わいは千差万別なので異論はあるのは承知しているが、僕的には、ハーブの香りが強いものよりも根っこや樹皮の苦みが強い茶色いものをアマーロであるという認識だ。ちなみにeBayの本国サイトはアルコールの出品が禁止されているが、イタリア版のサイトを見ると見たことも飲んだこともない古いアマーロが出品されていて、画面を眺めているだけで楽しい(もちろん入札もできるがイタリア語でのやり取りになり、クレーム対応は米国サイトのように手厚くないのでオウンリスクでどうぞ)。
日本は世界中のカルト酒の集積地なので、伝統的なアマーロも輸入されている。例えば『アマーロ・シビッラ』。イタリア中部マルケ州の佳品だ。輸入元のリリースを読むと、今でもエッセンスを使わず、銅鍋でハーブやスパイスを煮出して造っているとのこと。甘味も砂糖とカラメル色素じゃなく蜂蜜と自家製のカラメルらしい。実際飲むととてもナチュラルで伝統的で美味しい。しかし色んな意味で伝統的過ぎる味わいなので、サモトラのようなノンジャンルのレストランではどうしても店主の寝酒になりがちだ。
話は多少飛ぶ。僕は大学時代にアフリカ大陸の言語を学んでいた。30歳を過ぎてから西アフリカの某国に駐在もした。現地の酒もディグったが、飲んで命の危険を感じたこともあった(主にメチルではなく野生の病原性大腸菌のせい)。
そんな僕の経歴をSNSのアルゴリズムが知っていたのか数年前のある日、おすすめに『#ADONKO飲みたい』という謎のハッシュタグが流れてきた。調べると、アドンコとはガーナの国民的リキュールらしい。どうやら『アフリカン・カンフー・ナチス』というガーナのB(Cかも)級アクションコメディー映画があり、脚本を書いたのが日本在住のドイツ人脚本家で、それが日本で公開されてカルト的な人気を博している模様(映画のプロットはネット検索ですぐに見つかるので興味のある方はぜひ。荒唐無稽すぎてすごい。そして映画は謎の完成度の高さ)。その映画のスポンサーがアドンコの製造元で、作品中に脈絡なくアドンコが頻出する。とても美味しそうなのだが日本未輸入。それで先のハッシュタグが生まれたらしい。これはサブカル酒のニオイしかしない。
実は日本には西アフリカ出身者のコミュニティーがわりとある。その中でも最大クラスの一つが草加市にある。当然現地の味を提供するレストランがあり、食材店がある。そこでアドンコを売っているのを見たという情報を得て、僕はすぐに現地に向かった。
果せるかな、アドンコ(正確にはアドンコ・ビターズ)はそこにあった。熱でひしゃげたペットボトルがいかにも西アフリカだ。ただちに購入。ついでに懐かしい西アフリカの食材も購入。そして私的ランキングで日本一美味い某店のジョロフライスをテイクアウトして帰宅。早速アドンコの試飲とあいなった。
おお…。これがアドンコか…。きわめて苦くてドライ。しかしベースアルコールが思ったよりちゃんとしてる。あれ、意外に美味い…??何か飲んだことあるような…?
そう、アドンコ・ビターズは甘さ控えめのアマーロ・シビッラそのものだったのだ。アマーロ・シビッラに用いられている薬草はゲンチアナやキナだ。一方アドンコはXylopia aethiopicaやAnthocleista nobilis、Khaya senegalensisといった熱帯アフリカ原産の薬草を用いている。このいずれの薬草も、同質の苦みを持っているのだ。試しにアドンコ・ビターズにちょっと蜂蜜を足してみたら途端にイタリア人の顔をしている。やはりおぬしはアマーロ…。ちなみにアドンコには『Adonko 2 Fingers』という蜂蜜入りの商品がある。それはもうきっとマルケ州で飲むいつもの味だろう。超飲んでみたいぜ。
僕は、アマーロ・シビッラはイタリアらしい地域食文化の表現の一つだと思っていた。でもガーナでもほぼ同じ味の、生薬系の苦さをアルコールに溶かし込んだ茶色い酒が飲まれている。かたや健胃酒、かたや媚薬という違いはあるが。ちなみにナイジェリアでのアドンコのCMコピーは「15年間月経がなかった女性がアドンコを飲んだらまた始まった」というもの。なんの話だ。
そういえば以前サモトラではイノベーティブ人参しりしりを海苔で巻いて食べるという料理を出していて、90年代製造のメキシコ市場向けのカンパリ・ビター(カンパリはアマーロなのか一属一種の酒類なのか、という議論はここではしない)を合わせたことがある。いわゆる『サムシング系』のペアリングだ。つまりイタリアの苦い薬草酒はすでにサモトラでは抽象概念になる契機を経ていたわけで、アマーロ・シビッラもアドンコ・ビターも寝酒や媚薬にだけでなく普通にペアリングに使えるはずなのだ。僕はカンパリのメジャー感にちょっと惑わされていたのかもしれない。
この原稿はいまサモトラで書いている。ちょっと前からサモトラ新シェフの宝方くんが厨房で何やら試作している。出てきたのは野菜のセビーチェ。食べてみると野菜の青さに柑橘の酸と魚介の旨味とスモーク香。おお!これはアマーロがヤバく合うやつじゃないか!というセレンディピティ。今回のコースでようやく文化相対主義的アマーロペアリングができるようになる、かもしれない。

- Salmon & Trout Owner/Caviste
柿崎 至恩 / Shion Kakizaki
世田谷区代沢[Salmon & Trout(サーモン アンド トラウト)]のオーナー/カヴィスト。フードライター、翻訳編集者の傍ら、シチリア島でワイン醸造を学んだ。液体に関する博学多識ぶりはペアリング界隈でも有名だ。一時休業だった[サモトラ]だが、10月1日より宝方宏樹シェフを迎えて待望の営業再開。ニューチャプターへ突入。
IG @salmonandtroutokyo