toe山㟢廣和×Yorocco Beer吉瀬明生

【特別対談連載】“ライス”と“ライフ”のあわいで。


RiCE.pressRiCE.press  / Sep 28, 2025

RICE or LIFE?

今年で結成25年を迎えるポストロックバンド「toe」。大きな節目の記念に、10月25日には過去最大規模となる単独公演〈結成25周年記念特別公演 “For You, Someone Like Me”「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る」〉が東京・両国国技館で開催される。

バンド自らのレーベルを主宰し、メンバー4人それぞれが別の仕事を持ちながらも純粋に音楽を追求してきたtoe。その歩みは、生活のための「ライスワーク」と、人生を賭けた「ライフワーク」の間で揺れながらも、自分のスタイルを貫く食の世界の表現者たちとも重なる。

全3回シリーズの初回となる対談に登場するのは、鎌倉で2012年に創業したクラフトビールブルワリー[Yorocco Beer]の代表・吉瀬明生さんと、toe山㟢廣和さん。けして世の中に流されず、自分が思うものづくりを続ける二人の原動力とは?

山㟢廣和(左)横浜市生まれ。中学時代からバンド活動を始め、2000年にポストロックバンドtoeを結成。インテリアデザイナーとしての顔も持ち、デザイン会社METRONOME INC.を主宰する。吉瀬明生(右)1976年、横浜市生まれ。Yorocco Beer代表。江ノ島[OPPA-LA]を経て、クラフトビールに出会う。2012年に神奈川県逗子市で[Yorocco Beer]開業。ローカル/季節感をテーマにクラフトビールを醸造する。

インディーズバンドとクラフトビールって、似てるね

ーー25周年おめでとうございます。今回は記念のビールをYoroccoさんで作っているんですよね。

山㟢 今日初めてブルワリーを見せてもらって、さっきは麦汁のタンクにホップを入れる作業も体験させてもらいました。完成が楽しみです。

吉瀬 toeの音楽はずっと聴いていたので、コラボのお声がけをいただいてわくわくしました。ビール作りの時にtoeを聴くとなんだかこう刺激されて、作業に没頭できるんですよね。

山㟢 周りから「明生さんはクラフトビール界のイアン・マッケイだから」って聞いていて、日本のみんながリスペクトできる造り手なんだなって。そんな方と一緒にできて僕もうれしいですね。

ーー 25周年ビールはどんな設計をされたんですか?

吉瀬 色はクリアなブラウンで、麦のレシピとしては渋め。でも2種のホップをふんだんに使っているのでキャッチーさもあります。飲み心地は軽いんだけど、探すといろんな味を感じる。toeの音楽ってすごく深みがあるけれど、深すぎて難解ということもない。僕の中で勝手に抱いているtoeのイメージを、ビールで表現できていたらいいなと思います。

山㟢 僕らの音楽って一貫したテーマとかは別になくて、自分がいいと思ったものをただ作ってるんですけど、構成の難しさとか演奏のスキルの高さとか、そういったものを前面に押し出した楽曲はあんまり好きじゃないんです。パッと聴いた感じは「キャッチーでいいね」で終わるのがよくて、でももう一回聴くと、なんかこれリズムの階層が変だなとかに気づく。軽く聴けるけど、実は凝ったことしているみたいなレイヤーのある曲にしたいと思っているから、いま明生さんの話を聞いていいなって思いました。

吉瀬 僕もテクニックを前面に出したり、最新の技術だぞみたいな感じのビールは全然やらない方だから、toeの音楽とも通ずるところがあるのかもしれないですね。

山㟢 明生さんはどうしてビールを作り始めたの?

吉瀬 沼津にあるブルワリーで衝撃を受けたんです。IPAやポーター、ブラウンエールとか10種以上あって、ビールの世界ってこんなに奥が深かったのかと。そこからハマり始めて、自分でも作るようになっていって。

山㟢 そこがさ、すごいよね。好きで飲んでるまではあるけれど、自分で作ってみようってなるのは珍しいですよね。

吉瀬 たしかに(笑)。けどやっぱり、DIYカルチャーであるということが僕にとってはクラフトビールの大きな魅力なんです。

山㟢 アメリカではビール好きがビールを手作りするって、すごく珍しい事でも無いんですね。

吉瀬 そうですそうです。で、自分で作ってプロセスを理解するからこそ、より深く味わえるようになる、というのがクラフトビールの一つの精神だと思っていて。当時は僕も音楽のお店で働いていたから、パンクとかハードコアの音楽と近い部分を感じて、スッと自分の中に入った。結果ハマったという感じです。

山㟢 そのDIYの感じって、インディーズバンドに似てますよね。実際、音楽やっている人でクラフトビール好きは多いし。音楽でいうと、子どもの時はメジャー流通のものしか聴いてなかったし、メジャーデビューしないとCDって作れないと思っていたけど、だんだんとインディーズでも大手と同じ流通で音楽を届けられるインフラが整ってきたり、販路もできて。ビールも音楽もそんな流れで変化してきたから、僕らもお互いメインストリームのものと同じ土俵でやれるようになったんでしょうね。

ーーお二人はどこから制作のインスピレーションを得るんですか?

吉瀬 全くオリジナルなものって、もうあんまり存在しないじゃないですか。だからクラフトビールだと、誰かが作ったものを飲むことで、潜在的なインスピレーションとして自分の中に残る。それがなにかのシチュエーション、たとえばこんな天気の日にこういうビール飲んだらめっちゃ旨いんじゃないかという閃きになって、浮かんだイメージに近づけていくように作ります。料理だったり、楽しい時、季節。それがわりと発想の原点です。

山㟢 僕も結構近いですね。自分がやっている音楽が新しい音楽だとは全く思っていないし、「今までにない、全く新しいものを作りました」って宣言できちゃう人ってある意味、胡散臭いなと思っていて。長い文化の歴史を経た現在で僕らが生み出せる新しいものは、組み合わせの面白さでしかないのではと。ヒップホップのサンプリング文化などを経験して、世の中が考える「新しいこと」の概念や認識も更新されてきていると思います。僕は家でギターをポロポロ弾いている時に思い付いたメロディーやらコード進行を素材として日々、貯めています。曲を作る時には完成形をまずイメージして、それに合う素材を混ぜ合わせて近づけていく。明生さんのビール作りに似てますよね。

吉瀬 似てますね。あとはラベルデザインとか名前との相乗効果も大きいので、トータルでビールの表現になる気がします。名前が先に出てきて、そのイメージで作ることもあるし、最後まで思いつかなくて苦し紛れにつけることもある。ビールの名前は音楽のタイトルとか、歌詞の世界観にインスピレーションを受けたりもしますよ。

山㟢 僕も「明日までに決めないと入稿に間に合わない」って言われてギリギリで曲のタイトルを付けることがよくあります。タイトルや歌詞って、作ってる本人はなにげなく決めたことって実は結構多い気がする。でも世に出すと、受け取る側が自由に意味を解釈してくれて、逆に自分たちがそれに影響を受けて「この曲名じゃなきゃダメだったんだな」みたいになったりして、そういう相互作用も面白いなと思います。

やりたいことというより、やりたくないことは明確にある。

ーー toeは25年、Yoroccoは今年で13年目ですが、ある程度のスパンで     何かを作り続けているという点でもお二人は共通しているなと。

山㟢 僕の場合はバンドが好きで、絶対にやめたくないというのが一番にあります。バンドをやり続けるために、会社員ではなく、ある程度自分の裁量で動けるフリーランスのインテリアデザイナーの仕事を選びました。音楽に関しては他の人にやいやい言われたくないので、音楽活動で入ってくる収入を自分の生活の糧とせず、メインの収入は別に確保することで音楽活動における創造の純粋性を維持したいと考えて続けています。僕はこう割り切っているけれど、明生さんは作りたいビールを作りながら利益も確保するという、両方できてることが天才的だと思います。

吉瀬 僕もやっぱり、かなり折り合いはつけてます。でもあんまり無理をしないことをテーマにしていて。ビール作りは自分の仕事であり好きなことでもあるけど、毎週新商品を出して、SNSで発信して、売り上げがどんどん伸びていって……みたいなやり方を、僕がやったら多分1、2年で疲れちゃうと思うんです。ビールのスタイルも仕事の仕方も、ゆっくり長く向き合えるようにデザインしようとしています。

ーーお二人ともメインストリームに流されていない印象ですが、それは自分の中で、“やりたいこと”が明確だからなんでしょうか?

吉瀬 やりたいことというより、やりたくないことというのは明確にあって。

山㟢 うん。どっちかというとそっちが決まっているのかもね。

吉瀬 もちろん世界的なビールのトレンドも見ているんですが、その中でヨロッコが何を作るのが一番しっくり来るのか。自分の中で不自然なことでなければ全然やると思うし。

山㟢 僕もジャッジは自分がいいかどうかでいいと思ってます。常にその時やりたいなと思うことしかやらないから、曲を作る時も「こうやったら売れるかな」って考えは一切ないというか、そんな仮定で作る音楽が一番面白く無くなるって思ってます。

吉瀬 クラフトビールの世界でいうと、やっぱり小さいブルワリーが街に点在していることこそが面白くて、価値があることだと思うんです。工場を集約して大きくしたら大手メーカーと同じだし、僕らが目指すのは絶対そっちじゃないんですよね。

山㟢 僕らもたまに大きなフェスに出させてもらったりすることもあるんです。そういう時に、ちょっとチヤホヤされたりして、自分たちが有名バンドになったような変な勘違いしそうになるんですが、同時に「あれ?俺ってそもそも何でバンドやりたかったんだっけ?」って気づくんです。大きな舞台に立たせて貰えることはすごく嬉しいことだしこれからもやっていきたいけど、自分が19歳の時にシェルターとかロフトに行って、「こういうバンドがやりたい!」って感じたことを思い出して。そうそう、元々俺はあれがやりたかったんだって。

吉瀬 たまに迷ったりブレそうになることがあっても、冷静になって立ち返る場所があると「ああ、あれは間違いだったな」って思うことができますよね。

山㟢 大手企業とかメジャーアーティストをディスるわけじゃなくて、たまたま僕とか明生さんがやりたくて、できることの最善がそれじゃなかったというだけの話。そして稀に「DIYで勝手に作り始めたものがメジャーを凌駕する」というようなことが起こる。音楽の話だけではなく。そういうのが面白いし、結局僕はそういうのが好きなんですよね。

インディペンデントなスタンスをそれぞれの信念にのっとって貫いてきた2人。これだけ多くの価値観や情報が入り交じる時代だからこそ、「自分がいいと思うかどうか」というシンプルな指針こそが彼らにとって最高の正義であり、唯一無二のものが生まれる原動力なのだろう。

<LIVE>
toe 結成25周年記念特別公演
 “For You, Someone Like Me”
「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る。」

開催概要
日程:2025年10月25日(土)
会場:東京・両国国技館
開場/開演:16:00開場/17:30開演
チケット:アリーナ指定席 ¥9,800 /枡席・指定席 ¥9,800 /2F 指定席¥8,800
特設サイト: https://www.toe.st/25th/


当日会場では、ヨロッコとのコラボビールのほかに、バンドのオフィシャルビールとしてこれまでのアルバムジャケットをラベルにした toe × SANITY Brewed By ISEKADO「ALBUM COVERS」の発売も決定している。

toe公式サイト:https://www.toe.st
IG:@toe_music_official

<SHOP>
ヨロッコビール
住所:神奈川県鎌倉市岩瀬1275
IG: @yorocco_beer

Photo by Taro Oota(写真 太田太郎) IG @taro_oota
Text by Asako Inoue(文 井上麻子)IG @achalol
Edit by Shunpei Narita(編集 成田峻平)
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