
シンプルラーメン
第1回 シンプルなかけそばの魅力
ラーメンの上に具材の乗った種物中華そばというテーマを取り上げて気づく事実。それは、チャーシューやメンマ、ナルトなどが乗ったラーメンはそもそも種物であり、また、ラーメンはそれらトッピングを自由につけ足しできるシステムを確立してきた歴史なのだ。トッピングありきのメニューともいえる。
時代を一気に現代にフォーカスしてみると、近年はラーメンが料理化していると言われ、土着的で大衆的な日常食から、材料、製法をすべて再構築し、洗練され上質で、日本人だけではなく世界の人に届くnoodles へと至った経緯がある。求められるものも、サッと食べて勤労者や若者を満腹にすることから、ひとつひとつの素材を味わい贅沢な体験をさせる知的好奇心を満たすものまで、大きな広がりをみせるようになってきた。
その結果、スープ、麺、トッピング。ラーメンという種物を構成する要素ひとつひとつが時代とともに磨き上げられたとき、これまで調和のとれていた種物としてのラーメンは、美味しい単品料理を丼ひとつに詰め込んだものへとなりつつある。そして、「特製」という具増しのメニューが売りになると、丼にところ狭しと素材が盛り込まれる機会がより多くになり、ふとひとつの疑問が浮かんでくる。
あれ、ラーメンの本質ってなんだっけ?
構成要素ひとつひとつは美味しいけど、ラーメンに求める満足感とは少し違うように感じてしまう、なんて人はいないだろうか。特製を頼むと麺とスープとがまったくみえず、寄せ鍋のようじゃないか、なんて思ってしまう人。
その対極にあるのがかけラーメンだ。
かけラーメンを提供する店が増えてきた。その背景と意義を考えたい。ただ、かけラーメンとして、流行にしたりジャンル化したいわけではなく、「ラーメンの本質」を感じさせてくれるシンプルなラーメンの価値を再考することが目的だ。
かけラーメンをフラグシップとしたラーメン屋がある。[13湯麺](松戸市五香)だ。店主の松井さんは明星食品の麺担当。麺の研究の明け暮れた後にシンプルなかけラーメンを主軸としたお店を1989年に開いた。メニューには具を別皿で提供するものもあるが、基本は湯麺(トンミン)である。創業のお店はお酒を飲む人も多く、酒場としての一面もあったため、よりシンプルなメニューが好まれたか、もしくは松井さん自身が意図的に仕掛けたわけだが、シンプルなラーメンがこれだけ長い期間愛され、飽きられることなく健在なのは、多くの人がこの本質に気付いているからではないか。
もうひとつ、ラーメン好きにはかけラーメンといってすぐに思い浮かぶ名店がある。煮干しラーメン隆盛の礎を築いた巨人、[伊藤](王子神谷)である。もともとは秋田角館で兄弟がやっていたところから独立し、2004年東京に店を構えた。煮干しを強烈にきかせたラーメンだが、メニューはふたつ、そば、肉そばしかなく、かけである「そば」は薬味のねぎのみである。だが、逆にこの演出が煮干しラーメンに焦点が当たることになった要因になったといえる。
そして、今回の趣旨に最も符号したお店が、残念ながら今は長期休業している[中村屋](大和市)であろう。1999年に開業し、ラーメンが主要メディアに取り上げられ、時代の寵児として人口に膾炙した。かけラーメンを創業当初より提供し、麺とスープだけに衆目の注意を集め、本質論を引き出した。洒脱であるための狙いもあったが、ラーメンを再構築していった2000年代の先駆けにもなっただろう。
現代ラーメンシーンの最前線の切り開く[Ramen FeeL](日向和田)にも出汁かけらぁ麺が用意されている。最先端のラーメンだが通常のラーメンもトッピングを含め調和がとれている。だが、それでもかけを用意する意味と真意とは。そんなことを考えたくなる。特に塩らぁ麺の世界観は幾重にも重なった仕掛けと美味しさがシンプルな中に溢れ出す傑作。
地方ではたまに見られる朝ラーメン。最近は東京でも朝から営業するお店が増えてきた。朝のラーメンに抵抗感があるとすれば、油脂感とボリュームという逆にラーメンの強みに対してである。それをシンプルに引き戻し、朝に食べるラーメンの良さを引き出してくれるかけラーメン。早朝の大人気店[えーちゃん食堂]にはちゃんとそれが用意されている。舌が鋭敏なウチの朝に食べるラーメンの良さを知ると、これがやめられない。
こうしてみていくとすでに、最先端や人気のお店にもラーメンの本質を問うようなかけラーメンが展開されていることが分かる。ただ、朝ラーメンのところでも触れたようにラーメンの強みはボリューム感でもある。かけラーメンはラーメンのアイデンティティを失ってしまうのか。それを次回考えてみる。
- Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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