
連載「発酵粋人」#4
二十一世紀は大阪谷町、アンシエント納豆を求めて。
連載「発酵粋人」第4回は、天然菌で醸した納豆を製造する、大阪の[らくだ坂納豆工房]への探訪記です。
[らくだ坂納豆工房]の伊戸川浩一さんいわく、発酵食品がこれだけブームになったりしている中で、納豆のことは意外にも知られてないことが多いと言います。確かに…あまりにも生活に馴染みすぎているために、もしかしたら私たちは納豆をおざなりにしているのかもしれない…。大切な人をぞんざいに扱ってしまったかのような気持ちに(?)若干バッドモードに入りつつ取材がスタート。納豆作りのこだわりから、プリミティブな天然菌や古代納豆へのロマンなんて話、町の納豆屋として感じる納豆のコミュ力の高さについてまで、ひっきりなしに納豆を求めてやってくるお客さんを目の当たりにしながら、営業中でのインタビューがスタートです。
伊戸川さんが稲藁で醸した納豆作りを始めたきっかけは何だったんでしょうか?
「工房から歩いてすぐのところで日本酒メインの居酒屋をやっていた頃から自家製納豆を作って提供していたんです。その後、コロナ禍をきっかけに納豆屋を始めました」
個人商店の納豆屋さんを見かけることは稀ですが、大阪の土地柄などもあるのでしょうか?
「実は大阪は納豆後進県なんです。大阪人は元々納豆を食べないってよく言われていて、今も全国消費ランキングみたいなものを調べるとほぼ最下位です。だから消費の伸び率はきっと国内上位になりますね」

看板商品の「谷町納豆」は大容量・ファミリーパックサイズと思いきや、一人暮らしの方にも小分けに食べ進められるのが好評だとか。
定番の「谷町納豆」を初めて食べた時に印象的だったのは、既存の納豆とは一線を画す大粒大豆の柔らかさと旨味。豆を噛むとほろっとなめらかな食感、それでいて圧倒的な豆の味が口の中いっぱいに広がる…。今までの納豆は何だったのか、いや、谷町納豆が何者なのか…という問いが頭の中を駆け巡ります。
「うちは北海道上川町にある辰巳農園さんの『トヨマドカ』という、大粒で甘味と旨味の強い品種をメインに使っています。小粒大豆というのは、人間が培養して納豆用に小さく改良していっているわけでしょう。小粒であることが優先で、あんまり美味しいと思わないんですよね。僕たちが使っている品種は豆腐にしても美味しいんですよ」
伊戸川さんのおすすめの味付けは塩をひとつまみですよね。それだけなのに、「なんてふくよかな味わいなんだろう」と黙々と食べ続けたことを覚えています。
「塩だけで美味しい納豆はなかなか見かけないと思います。あと、柔らかいのはやっぱり一番の特徴ですね。旨味が逃げる要素を最小限にしつつ、ギリギリまで柔らかく蒸す。いわゆる一般のものより本当に柔らかくするんです。僕自身がその方が美味しいと思うからなんですが、天然の納豆菌は発酵する条件が狭いので、硬かったら皮の中に菌糸を伸ばしにくいんです」

谷町納豆をじっくり乾かして作る塩味の干納豆「おつまみ納豆」の仕込みの様子。滋味深い旨みを楽しめるので、ヘルシーなおやつ・おつまみにもぴったり。

発酵室のホワイトボードには時間配分や材料の分量の記録がびっしり。
お店の奥側の工房へお邪魔します。納豆専用の発酵室、大豆を蒸すための大鍋、作業台と至ってシンプルな空間。
「これが発酵室。機能としてはいわゆるプレハブ冷蔵庫と全く一緒ですが、保温と加湿の機能もあるので、湿度、空調などを管理しています。ここに一覧があるんですけど、今日のお昼から深夜にかけて発酵室の中に大豆と藁を入れたタッパーを置き、出来上がりを待つ感じです。二日に一度のスパンで納豆が出来上がります」
「うちの納豆を召し上がっていただくとわかると思いますが、出来たての状態は大豆の糖分とアミノ酸が残っていて煮豆が少し発酵したような感じです。そこから冷蔵庫の中でも徐々に発酵が進んで、大豆の糖分やタンパク質がうま味に変わるので、味わいの変化も楽しんで食べてもらえるんです」

発酵室の中には、数量限定のプレミアム谷町三色納豆がおでまし。在来種のお豆や、特大の白花豆も入っているそう。
天然の納豆菌と付き合いながらの納豆作りは、どのような面白さがあるのでしょうか。
「天然菌は菌にばらつきが多く、安定しにくいので、品質コントロールをうまく行う必要がありますね。プリミティブな天然菌だからこその面白さや良さがあるということを分かって扱っていますが、ウリにするつもりは全然ないです。例えば、培養菌は発酵力が強いので発酵時間も短くなりますが、その後の劣化も早いんです。けれど、天然菌は後々ゆっくり味が深くなっていくんですよ。お客さまの中にはできたてを買ってすぐ食べずに、2週間寝かして食べるのが好きな方もいるくらいです」

製造中の納豆の状態チェックをする伊戸川さん。
「あとはね、町の納豆屋さんって昭和初期までわりとあったんです。うちでは、近所のリピートしてくださる方が納豆容器のタッパーを再利用して持ってきてくれるんですが、昔のそういった文化が復活するのは面白いです。5坪のスペースで商売が成立するなら、スケールメリットを重要視しなくても良いですしね」
この場所から町が発酵していく様子が脳内で見える気がしています。
「ちなみに、このタッパーのサイズが大きくてびっくりする方がいますけど、一人暮らしのおばあちゃんは2週間ぐらいで食べ切って、また買いに来られていますね」
ご近所とのコミュニケーションが納豆を媒介して成り立っていくという。
「天然菌との付き合いなので出来上がりの粘りの具合にムラが出て、お客さんから品物を返品されたこともあります。そういう時も普通はクレームになったりしますけど、普段の付き合いがあるからこそ成立する。リスキーなことでもお客さんが来てくださりますから、ちゃんと続けていきたいなと思っています」

手指の関節ほどの超ミニサイズの枝豆のようなツルマメ。
伊戸川さんがテーブルに置いた小皿には、赤ちゃんのような極小のさやがたくさん。これは一体何でしょうか?
「これは、ツルマメです。普通に川の河川敷とかにいるような雑草です。大豆の原種なんですが、出土した縄文時代の土器の中にツルマメが残っていたそうで、その頃から納豆があったんじゃないかっていうんで、このツルマメを育てて、縄文時代の納豆を再現する遊びプロジェクトを進めています」
想像以上に納豆の起源がかなり昔かもしれないということに驚きです。
「そうですね。鎌倉時代の文献も残っているみたいですが、腐ったものを食べたら美味しかったということなのでしょうね。発酵食文化といえばメインは麹じゃないですか。もやし屋は室町時代から江戸時代などで繁栄していますよね。ですから酒や醤油、味噌など麹を使った調味料は最先端の技術とも言えるんじゃないかと。納豆汁など、出汁の素として納豆を使っていたのが日本古来の食べ方で、ご飯の上に納豆をのせて食べるっていうのは江戸時代後半からですね」
ツルマメ以外にも、納豆で実験的な遊びをしているんですか?
「この間、[発酵デパートメント]さん主催のイベントでマコモの葉っぱで発酵させましたよ。菌がどう違うかっていうことまでは実際よくわからないんですが、以前は大学教授にうちの納豆菌を分析してもらいました。例えば、大阪のオーガニックの藁と植物のヨシでは菌が違うかというのも、同じDNAの菌もあれば、違うのもあるということが一応わかりました。ただ、味への影響は培養して分析しないとわからない。ロマンがあるので追求していけたらと思っています。世界中どこでも納豆菌がいるのに、なんで納豆がない国があるのか不思議だったりするんです」

工房内の納豆関連書籍が並ぶ本棚。高野英之さんの著書は、実は日本だけの伝統食ではない納豆のプリミティブさをド直球に感じられるそう。
今後の展望などはあるのでしょうか?
「納豆業界も寡占化が進んでメーカーの数が減ったけれど、これから色々な可能性があると思っています。まずは安定していいものを作るというのが一番です。その上で拡張して別の場所で納豆工房を立ち上げたいというのは、ここ3年以内にやりたいと思っていますね。あとはさっきの縄文時代の納豆作りとかね、そういう小ネタの夢がたくさんあるんです」
縄文人が美味しいと思って食べ始めたかもしれない納豆を、今も私たちが美味しいと思いながら食べている。そんな納豆のエタニティが今日も世界中のいずこの食卓に佇んでいるというロマン…!これからは目の前にも漂っているであろう納豆菌の存在を確かに感じながら納豆をいただくことにしたい。
伊戸川さん、営業中にもかかわらず、全方位から納豆のお話をしてくださり、ありがとうございました。

らくだ坂納豆工房
伊戸川浩一さん
大阪市中央区谷町4-8-29
Instagram:@rakudazaka_natto
1992年、千葉県生まれ。ファッションPR会社で勤務する傍ら不定期でフードイベント主催。隙あらば全国の蔵元へ訪問。無限に広がる麹の世界の魅力を伝える。
IG minamiakagi
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