なぜ今、代々住み継いだ「母屋」をレストランとして開放したのか?

創業200年の木内酒造が、ビール、ウイスキーを経て、原点の日本酒を「再定義」する理由。


RiCE.pressRiCE.press  / Mar 9, 2026

20252月、茨城県那珂市鴻巣の地で江戸時代から代々、庄屋を務めてきた木内酒造蔵元、木内家の私邸が、「母屋」という名のイノベーティブレストランとしてオープンした。

常陸野の食材を使った料理と木内酒造の様々な酒とのペアリングを楽しめる場だが、昭和初期の面影を色濃く残すこの邸宅に足を踏み入れると、文政6年(1823年)の創業から200年あまり、木内酒造がこの地で積み重ねてきたのは、単なる酒造りの歳月ではないことが窺い知れる。

真っ先に目が留まる床の間の掛け軸は、今年、回顧展も開催される日本画家、下村観山の作品「鵜の暁」。さりげなく置かれたうつわについて尋ねると、民藝の巨人、浜田庄司や島岡達三の作。襖の見事な書は、東湖が好んだ唐の詩人・杜甫「飲中八仙歌」が書かれており、幕末の思想家で書家としても名高い藤田東湖の筆によるもの。のちに火災で消失し、その後、東湖の甥・丹誠によって復刻された。

「東湖は、初代木内儀兵衛の盟友で、うちの銘柄“菊盛”の名も二人で決めたそうです」というのは、この母屋で生まれ育った社長の木内敏之さんだ。

木内家の暮らしの記憶を宿し、そこに出入りする文化人との交流を見守ってきた極私的な「母屋」を、なぜ今、レストランという形で「みんなの母屋」として開いたのか? 

その答えは、祖業である日本酒への回帰にあった。木内酒造といえば、今や、海外でも評価の高い「常陸野ネストビール」や2016年から参入したウイスキー造りで知られる。「やっと、それらの事業がひと段落ついたので、ここらでもう一度日本酒を一からしっかり見直そうというプロジェクトを昨年立ち上げました。このレストランはその一環なんです」と木内さんが切り出す。

「母屋の隣にある日本酒蔵は、1990年頃、当時の需要を見越して建てました。そのため、規模が大きいまま約35年の歳月が経ってしまった。その間にビール造りやウイスキー造りで培った知見―たとえば徹底的に配管を見直し酒の酸化を防ぐなど―を注ぎ込んで、蔵の改造を行ないます」。レストランは木内酒造が思う「いい日本酒といい食」のプレゼンテーションの場と位置付けた。「だから、このレストランでの主役の酒は日本酒です」。木内酒造のレストランゆえ、一杯目はビール、食後はウイスキーという流れかと思いきや、「もう日本酒以外は出さないようにとスタッフに言ってるんです(笑)」という木内さんの茶目っ気たっぷりな言葉の向こう側からは、本丸である日本酒に立ち返る覚悟が伝わってくる。

そこに現れたのが、コースのスタートを告げるアミューズだ。「木内酒造の自己紹介」と位置付けられたこの一皿には、現在、木内酒造が目指す方向と取組む姿勢が詰まっている。手前は酒蔵を象徴する杉玉に見立てたチーズコロッケ、その隣にはひと口サイズのアメリカンドッグや、ミルフィーユ仕立てにしたカツサンドとハムサンドが並ぶ。

使用されているソーセージやハムは、「日の丸ウイスキー」を造る八郷蒸に併設されたハム工房で製造したものだ。酒造りのテーマに「ローカリティ」を掲げる木内酒造では、国産ビール麦の栽培で出る規格外の麦をウイスキー造りに回し、そこで生まれる麦芽粕を、地元の銘柄豚「常陸野ポーク」の飼料として養豚場へ提供。その豚肉を八郷の自社工房でハムなどに加工し、循環の輪を完結させているのだ。「このレストランでお出しする料理に使用するのも、その輪に入る食材のみ。ここ常陸野の食材か、地元以外のものは人の縁があって入手したものだけです」

次に運ばれてきたのは、まさに木内さんの青森の親戚筋から仕入れた渡り蟹の味噌ソース添え。上にのった土佐酢ジュレの酸がさっぱりしたアクセントになっている。

合わせる日本酒は、日本で最初に酵母が見つかった明治10年頃の酵母「江戸酵母」を使用した純米酒をシェリー樽で寝かせたもの。ほのかにウイスキーの香りが立ち上る。「そうなんです。実はシェリー樽に、一度ウイスキーを入れてから日本酒を寝かせたんです。この次に出てくるうちで作った生ハムのスープにも合いますよ」。

大洗産天然ヒラメの昆布締めと、アンコウの共酢をのせた一皿に、古代米を使用しほんのり色付いた日本酒「朝紫」を合わせる。「アンコウの共酢」はアンコウの皮や胃袋を刻んだ煮凝りに、肝のソースを添えた茨城の郷土料理だ。「朝紫」のスモーキーな味わいが肝のコクをいっそう増幅させる。

クラフトビールやウイスキーを経由したことで、日本酒造りの発想も柔軟になったのだろうか? 「いえ、柔軟、というよりは、すべて循環なんですよ。たとえばこの生ハムにしても、5年物のハモンセラーノです、なんて言ったところで鴻巣まで来て食べる意味は?と思いますよね。 私たちはその地域の食の輪の中で全部完結することが人の心を動かすと思っています。もともと、日本酒という産業は、そういう地域の食の輪の中心だったんですよ。米で酒を造り、酒粕や米ぬかで野菜を漬けてと。だからもう一度、酒蔵の求心力を高めようと。私たちがもう一度日本酒造りに取り組むというのはそういう意味です」。

歴史ある日本酒蔵でありながら、地域と循環を軸に「常陸野ネストビール」「日の丸ウイスキー」と新規事業を牽引してきた木内酒造代表の木内敏之さん。レストラン事業にも積極的で、茨城県を中心に16店舗の飲食店を展開している。

私的な「家」を開放し、「みんなの母屋」へと作り変えること。それは、一蔵元のリニューアルという枠を超え、日本酒を中心とした地域の食文化をいかに再起動するかという道標を示すことだ。ぜひともレストランを訪れて舌鼓を打ちながら、これからの日本酒のあり方に思いを馳せてみてほしい。

母屋
茨城県那珂市鴻巣1257
Tel 029-298-2550 (完全予約制 / 前日まで受付可)
営業時間 ランチ12:00 一斉スタート(11:30入店可)、ディナー18:00 一斉スタート(17:30入店可) ※コースの内容は仕入れの状況によって変わります
火定休
https://kiuchibrewery.co.jp/shop/omoya/

Photo by Taro Oota (写真 太田太朗)
Text by Naoko Asai (文 浅井直子)
 
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