連載「名店のシグナル〜 一段上の食べ歩き論 〜」#8

「限定」ではなく、季節のメニューを狙え 夏編①


Takashi WatanabeTakashi Watanabe  / Jun 8, 2026

蘇る!冷やし中華

自由気ままな限定メニューをいたずらに追いかけず、季節が巡ると必ず登場する、四季を感じる期間限定、もとい『準レギュラー』を食べてみようという今回の企画。とはいえ、「普通のラーメンが食べたいんだよ……」という方が多いはず。だが、そんな方々でも必ず足が向く時期が来る。熱い、熱い夏である。

今回は、ラーメンにおける涼麺の代表作「冷やし中華」、その現在(いま)を考える。

冷やし中華の起源には二つの説があり、仙台の[龍亭]と東京神田神保町の[揚子江菜館]が、それぞれ冷やし中華の発祥を謳っている。ともに1930年代に提供し始めたとされており、いわゆる涼拌麺(リャンバンメン)(拌麺は汁無し麺の意)として、戦前に始まったというところがポイントだ。つまり、業務用冷蔵庫が普及するのははるか先の話。キンキンに冷えた料理(スープ)を提供することがインフラ的に叶わなかったからこそ、拌麺としての提供になったのだ。キンキンに冷やされているもの、ではないが故に、6月頃から提供する店も多い。

ここで正直に告白をしよう。私は冷やし中華が苦手である。

なぜ苦手なのか、それはハッキリしている。家庭で食べさせられた冷やし中華の、①ぬるくて、②麺が美味しく感じられず、③ケミカルで強い酸味と甘みがある、という三重苦が原因だ。特にラーメンが好きだったこともあって、その「好きな理由」の真逆をいく冷やし中華が苦手になった、というわけだ。

だが、こうした冷やし中華が苦手な人を救う、弱点を克服した一杯が次々に登場している。まずは、麺。あの記憶の中にある凡庸な中華麺が水で締められ、悪く言えばゴムのような食感を生み、ガッカリしたものだったが、店や製麺所の不断の努力と進歩により、現在ではそんな麺には滅多に出会わなくなった。しかもそれだけでなく、今まで出会ったことのない麺が最近登場した。浅草橋にある[饗 くろ喜]飲める冷やし中華である。

[饗 くろ㐂]の飲める冷やし中華

ずばり、飲めると形容されるのはその麺だ。特殊で手間暇をかけた麺は、おそらくこれを読んでいる読者がいかに食通であっても、食べた、もとい飲んだことはあるまい。外側は瑞々しく清涼感に溢れるが、食感はふわっとしていて柔らかく、いまにも崩れそうだ。しかし、噛みしめると中華麺らしい力強いコシと風味がある。完璧なオペレーションで冷え冷えで提供されるにもかかわらず、ギュッとならず、またブヨっともならず、ズルズルというより「ジュルジュル」というオノマトペが似合う麺なのだ。まるで葛切りのような清涼感である。そこに、甘酸っぱさを排したコクのあるタレとアブラが纏(まと)う。つまり、①②③の弱点をすべて克服した傑作なのである。

オーソドックスな冷やし中華で最近感心したのは、代官山にある[有昌]だ。どのパーツも奇をてらうことのない正統派だが、裏を返せばすべての質が高く、丁寧に作られているといえる。自然な甘みと酸味は、苦手とする人の一番の理由(推定)である③をクリアしている。通はアタマで注文し、麺抜きの冷やし中華をお酒のアテとするのだ。

[有昌]の冷やし中華。オーソドックスな魅力

もう一軒、戸越銀座の[らーめんえにし]を紹介しよう。ここも②を自家製麺でクリアしつつ、①と③を「柑橘のかき氷」で演出するというテクニックで克服してみせた。後半、その氷が溶け出すとキリッとした酸味が支配的になるが、自然な酸味ゆえに抵抗感がない。

[らーめんえにし]の冷やし中華。今年もすでに提供中!

柑橘の酸味をうまく活用した例として、赤坂の[うず担]も紹介しよう。[中華うずまき(現在は柳菜華)]の別館として始まった店で、個性あるメニューが並ぶが、その中でも人気なのが夏に登場する冷やし中華だ。ゴーヤや蓮(ハス)などの夏野菜と鶏肉がゴロゴロと入り、タレとともに底に敷かれた冷製スープを平打ち麺に絡ませる個性的なものだが、酸味にグレープフルーツを使い、ブルーベリーなどもアクセントにしている。こう書くと散漫な印象を与えるかもしれないが、むしろうずまきの世界観にグイグイと引き込まれる傑作である。

[うず担]の冷やし中華

最後に、発祥の地仙台から、通年食べられる冷やし中華を紹介しよう。[中華麺庵 思(おも)]だ。文化横丁という古く、雰囲気のある横丁の店群の一角にある。少し甘めな後味のする中華麺(スープ)も素晴らしいが、これは仙台のソウルフード[志のぶ]をモチーフにしていると思われる。

[思]の冷やし中華。通年食べられる
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