連載「HOME/WORK VILLAGE ごはん」#2

下北沢から池尻へ。暖簾の先に広がる[namida]の変化


RiCE.pressRiCE.press  / Jan 14, 2026

世田谷・池尻に誕生した新しいコミュニティ拠点[HOME / WORK VILLAGE]。かつて中学校だったこの場所には、オフィスやショップ、個性豊かな飲食店が集まり、まちの新しい日常が始まりつつある。

私たちRiCE編集部も[HOME / WORK VILLAGE]に拠点を構え、その一員として、この場所で生まれるのつながりを紹介していく連載をスタート。第2回は、日本料理[namida]を訪ねた。

下北沢から池尻への移転

下北沢で約11年にわたり、静かに、しかし確かな存在感を放ってきた[日本料理namida]。その店が、池尻の[HOME / WORK VILLAGE]へと移転した。

下北沢の西口。郵便局や学校の近くというローカルな通りで、駅から近いが少し奥まった場所に店を構え、地元の人に向けて静かに営業する。そして、感度の高い人がふと見つけてくれる──そんな“隠れ家”としての在り方を、オーナーの田嶋善文さんは意識してきた。

しかし、街の景色は少しずつ変わっていく。下北沢の再開発が進み、かつてはひっそりとしていた通りも人の流れが増え、大きなうねりの中に飲み込まれていく感覚があったという。

 「隠れ家的にやっていたつもりが、だんだん目立つようになってしまいました」

そのバランスが崩れ始めたとき、田嶋さんの中に「少し駅から離れた、もっと閑静な場所に移りたい」という思いが芽生えた。そんなタイミングで出会ったのが、池尻の[HOME / WORK VILLAGE]だったのだ。

より間口の広い[namida]に

移転にあたって、核となるコンセプト自体は変えていない。ただし、環境が変わったことで、間口を広げようと考えている。

10年やってみると、感謝の気持ちが強くなってきたんです。これまでは、自分のやりたいことに共感してくれる人たちが来てくれている、という自信があった。でも今は、楽しんでくれた人たちに、こちらからも何かを返したい」

今後は会食だけでなく、軽めのおつまみのアラカルトも用意する予定だという。さらに、ナチュラルワインを1本開けながら仕事の話ができるローテーブル席も構想中。以前よりも、少し間口の広いnamida”──その変化は、店の姿勢として静かににじんでいる。

暖簾の向こうに、ふたつの世界をつくる

内装で特徴的なのは、店の中にもう一つの“入り口”があるような構成だ。田嶋さんはこれを「ショップ・イン・ショップ」と表現する。

「校舎の廊下を歩いてきて、入り口を入ったら、さらにもう一つ入り口がある。急に現れた“セット”みたいな感じにしたかったんです」

 暖簾を境に、カウンターを中心としたライブ感のある空間と、物販やギャラリーとしても機能するもう一つの空間を用意した。以前は10坪ほどだった店を倍の広さにし、二つの世界観を同時に成立させている。

下北沢で営業していた頃から、「創作料理ですよね」と言われることは多かった。だが田嶋さん自身は、その言葉に少し距離を感じていたという。

「創作っていうほど大袈裟なことをしているつもりはなくて。ある形を少し崩したり、必要ないところを削ったり、要素を組み合わせてみたり。言ってしまえば、デフォルメやコラージュに近い感覚なんです」

使っているのは、日本料理をはじめとした既存の技法や世界観。まったく新しいものを生み出すというより、すでにあるものをどう組み替えるかに意識が向いていた。

当初は、自家製の味噌や調味料を仕込むことこそがオリジナリティだと考えていた時期もあった。だが次第に、「自分のキャラクターを押し出す」だけでなく、「いいものをきちんと紹介する」という立ち位置にも価値を見いだすようになったという。

 「どこどこの何々を使ってます、っていうのも材料自慢じゃなくて。こんなにいいものがあるんだよ、もっと知ってほしい、という気持ちに変わってきたんです」

 かつては、希少な食材や技術を“隠す”ことが当たり前だった時代もあった。だがいまは、使っているものをすべて開示したうえで、「それでも、ここで食べる意味がある」と思ってもらえるかどうか。飲食店やレストランは、そうしたフェーズに入っているのではないかと田嶋さんは感じている。

 「全部見せたうえで、ここまでできている。それは、やっぱり店に来て食べないとわからないですよね」

料理はアートではなく、デザイン

移転を機に、料理に向き合う心境にも変化が生まれたという。

 下北沢で店を続けていた頃は、ひらめいたアイデアを形にしていくことに強く意識が向いていた。思いつくことは100あっても、実際に手を動かすと50しか実現できない。そのもどかしさや焦燥感と、常に向き合っていたと振り返る。

「しかも、それができたとしても、全部がお客さんに伝わるわけじゃない。だったら、もっとシンプルでいいんじゃないかと思い始めたんです」

 その背景には、料理に対する考え方の変化がある。田嶋さんは、料理を「アート」ではなく「デザイン」だと捉えている。

 「料理は、食べる人がいて初めて成立するもの。右利きだからこっちから食べやすいとか、歯が弱い方には柔らかくするとか、相手のための問題解決なんです。だからデザインだと思っていて」

 一方で、アートとは何かを考えたとき、田嶋さんの視線は生産者へと向かう。伝統野菜を守り続ける農家、危険を伴う現場に立ち続ける猟師。そうした人たちこそが、“アート作品を生み出している存在”なのだという。

「自然がつくった素材や、醤油や鰹節みたいなもの自体がアート。そのアートをどう見せるかを考えるのが料理人の役割。僕らはアートディレクターでなきゃいけないと思うんです」器を選び、照明を考え、順序を設計する。そのすべてを含めたものが、コース料理という体験なのだと田嶋さんは語る。

 難解なものを押し付けるのではなく、食べやすく、ポップで、おいしく。いいものを、いい形で届ける。その姿勢こそが、いまの[namida]の料理を支えている。

 現在は夜のみ・予約制での営業だが、今後は曜日限定のランチや、テイクアウトにも挑戦したいと考えている。デッキを使い、他店と連携する構想もある。

「自分たちの生業を真面目にやることが、この場所に人が足を運ぶきっかけになれば。それが僕たちのミッションだと思っています」

 下北沢時代の常連客も、意外なほど変わらず足を運んでくれているという。場所は変わっても、距離感は遠くなっていない。

記憶の残る校舎に、新しい食の輪郭が重なっていく。[namida]は、この場所に流れる時間を受け止めながら、これからの風景を静かに描き始めている。

日本料理 namida
東京都世田谷区池尻2丁目4−5 HOME/WORK VILLAGE 108
18:00〜23:30
不定休
IG @namida.tokyo

Photo by Tatsuya Hirota (写真 廣田達也)IG @pppanchii
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)

 

 

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