連載「旅とインド料理」#5
初めてなのに懐かしい。ナガランドの納豆カレー
ナガランドは南にマニプール州、北にアッサム州、東はミャンマーに囲まれたインド北東部の山岳地帯の州だ。豚、納豆のような発酵大豆アクニ、発酵タケノコ、犬肉…。市場には昆虫やカエルも含むありとあらゆる食材が売られており、よくイメージされるようなインド料理にはほとんど出会わなかった。

日本の原風景のようなナガランド
インドの国土のうち、北東部に突き出る形で広がっている7つの州(いわゆるセブン・シスターズ)はインドの中でも最もインドらしくない土地かもしれない。
ナガランドはかつて首を狩ることが成人の通過儀礼となっていたことでも有名で、つい最近まで実際に行われていたらしい。さらにナガランドのコヒマは日本軍における最も無謀な作戦と言われるインパール作戦の舞台とも近く、当時建てられた建物「Satoの家」が残っていて妙に生々しかった。
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そこに暮らす人々はいわゆるモンゴロイドが中心であり、日本人とほとんど変わらない、親戚みたいな顔をしている。さらに言えば似ているのは見た目だけじゃない。暮らしの細部に共通点がある。
2024年末、そんな北東部7州の一角を占めるナガランド州を訪れた。ちょうどホーンビル・フェスティバルという州の総力をあげた祭典のタイミングだったのだが、その直後から外国人の入域が制限されてしまった。今思えばあそこで滑り込めたのは非常に運が良かったと思う。
食べ物に関しても自分の知っているインド料理とは大きく異なっていた。スパイスはほとんど使わず、燻製豚や納豆を使った料理や発酵たけのこ、どぶろくまである。山の中にあるほぼキャンプ場のようなゲストハウスに泊まり、焚き火にあたりながら話をしているとまるで遠い親戚を訪ねに来たような気持ちになった。 ![]()
ナガランドが日本に似ているのではなくて、むしろ日本がナガランドに似ているのかもしれない。
確かなことはわからないけど日本人の原風景を訪れたようで、初めてなのになぜか懐かしい。作りたてのどぶろく「ゾト」を探してガイドさんと村の中を訪ね歩いた時に入れてもらった家は茅葺き屋根で、たいてい囲炉裏に湯を沸かしていて、寒いからお湯を飲ませてくれるのだがもれなく煙の味がする。家の中には冷蔵庫がないことも多く、なにか食材が余ったときには煙があたる場所においておくと自動的に燻製が出来上がる。燻製豚はよく食べられているが、味よりも保存を優先したものだ。
これは「カレー」なのか?
ナガランドではスパイスはほとんど使っていなかった。彼らにとってマサラは「インド(平地側)から来たもの」であって油は必要最低限しか使わない。基本的な調理法はごくシンプルで、肉(豚や鶏、犬など)とニンニク、トマト、激辛のキングチリなどを油を使わずに煮込む。火が通ったら肉以外を一旦取り出して木臼で潰してから鍋に戻し、さらに煮込んでとろみがついたら山椒や「ナガバジル」と呼ばれる香草で仕上げて完成。彼らはスパイスと油をほとんど使わないその料理をためらいもなく「curry(カレー)」と呼んでいた。

この料理は米が異常に進むけど、油もスパイスも玉ねぎも使わない。それでも当人たちはカレーと呼ぶ。カレーとは一体なんなのだろうか。
ナガランドで出会った中で特に興味深かった食材として、納豆によく似た発酵大豆「アクニ」と呼ばれるものがある。

大豆を茹でたらバナナの葉に包み、温かい火のそばに夏なら三日、冬なら一週間程度置いて発酵させる。ナガの中でも民族によって作り方に差があり、アンガミのものは白っぽくアンモニアが強い反面、スミは完成後に燻製し半乾燥状態になり保存性を高くする。こちらはなぜか甲殻類のような旨味とカカオのような香りがある。基本的に煮汁に溶かしこんでうまみを作るベースとなる。
「アニシ」と呼ばれるものもよく食べられていた。タロイモの葉を発酵させて丸め、火のそばで乾かしながら燻した保存食だ。カチカチで石のように硬くなる。香りは緑茶のようで穏やかなうまみがある。溶け込むと真っ黒なグレイビーができるが、肉と合わせるとご飯が進むおいしいグレイビーになる。技術継承が難しく、年々作れる人が減っているらしい。
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それからなんといっても「キングチリ」や「ナガチリ」と呼ばれる激辛の唐辛子も欠かせない。

独特のフルーティーな香りは他の唐辛子では代替できないのだが、辛さは本当に飛び抜けている。間違えて丸ごと飲み込んでしまったときには腹痛で半日寝込んでしまった。ホーンビル・フェスティバルではこの激辛唐辛子の早食い競争という命知らずな競技があるのだが、優勝者は必ず痙攣を起こしながら倒れるので医者が必ず待機している。兵器レベルの辛さである。
家で作るナガランド(代替付きの最小レシピ)
入手困難な原料ばかりであるが、それっぽいものを日本で再現できるレシピを考えてみた。
燻製豚とアクニ(Smoked Pork with Axone)

材料(4人分):
燻製豚角切り500g
アクニ20g(なければ納豆と豆鼓で代用)
トマト1個(100g)
ナガチリ 1本(なければハバネロや激辛の唐辛子で代用)
にんにく5片
水500ml
塩3g
ナガ山椒(もしくは山椒)適量
作り方:
①鍋で水を沸かしアクニだけをよく煮て溶かす。
②燻製豚・トマト・唐辛子・にんにく・塩を入れて20分煮る。
③肉以外を一度取り出して潰し、鍋に戻す。
④水分を飛ばしながらさらに20分煮込みとろみをつける。ごはんにかけられるくらいのセミドライになるまで。
⑤ナガ山椒を仕上げにふりかける。
ナガ・レッドライス再現
材料(2人分):
ササニシキ 1合
もち黒米 大さじ2
作り方:
①もち黒米を500mlの湯で30分煮て“赤い湯”を作る。
②ササニシキはよく研ぎ30分浸水しておく。
③赤い湯の中で米を湯取りして約10分炊く。軽い食感に仕上げる。
普通に炊飯器で炊いて赤くしてもよいと思う。
小松菜やかぼちゃの葉っぱ、冬瓜などゆでた野菜(ボイルドベジタブル)を添えてワンプレート形式で食べよう。
インド料理像の揺らぎ
ナガランド料理は僕の「インド料理」像の境界を決定的に揺るがした。入域が困難な状態が続いていると聞くが、あの遠い親戚のような人たちにまた会いにいきたいと思っている。

- Researcher of South Asian Food Anthropology
カレー哲学 / Curry Philosopher
カレー哲学者・インド料理研究者。「日本にインドを作る」ことを目指す小さな料理R&Dスタジオ「東京マサラ研究所」代表。
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