群馬・高崎に[warmth 別邸]がオープン
元総理大臣の別邸で味わう唯一無二の食体験
[warmth]が手がけるレストラン
群馬県・高崎の街に[warmth(ウォームス)]が誕生したのは2021年のこと。それまで国内外でバリスタとして経験を積んできた福島宏基さんが、地元群馬で開いた小さなコーヒースタンドは瞬く間に街の日常を塗り替えていった。オープン直後から評判は広がり、県内はもちろん、県外からも多くのコーヒーラバーが足を運ぶ“群馬を代表する店”へと成長した。
2023年には同じ高崎市内に焙煎所を併設した2号店[warmth 離れ]をオープン。ここでは、コーヒーを飲む行為そのものを“体験”として拡張するような空間が用意され、街に新しいコーヒー文化の風を吹き込んだ。
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[warmth 別邸]の外観。高崎駅から車で5分ほど。交通量も多い中央通り沿いにありながら、明らかに周囲とは一線を画す空気感を放つ。
そして2025年11月に3号店として誕生した[warmth 別邸]。これまでコーヒーを軸に展開してきた[warmth]にとって、初めて“料理”を主軸に据える拠点だ。福島さんはこの店を「warmthという組織が持つ哲学の現在最高到達点」と位置づけている。
ではなぜレストランだったのか?
その背景には現在のコーヒーを取り巻く現状がある。店も味も技術ももはや飽和状態。コーヒーの器具は年々進化し、抽出のノウハウは広く共有され、スペシャルティコーヒーはもはやどこでも飲める時代になった。だからこそ、ただ美味しいコーヒーを出すだけでは足りない。コーヒーショップとしてのアイデンティティが問われているのだ。その問いに対する福島さんの一つの答えが「レストラン」だった。
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福島さんは、コーヒーショップを営む傍ら、生豆商社[SYU・HA・RI]でグリーンバイヤーとしても活動し、国内外の生産地と直接向き合う。彼の名前は、コーヒー業界ではすでに広く知られた存在だ。
[warmth]という組織がこれまで積み重ねてきた哲学──産地に直接向き合い、つくり手の思想を受け取り、それを体験として届ける姿勢──をどう次のステージに昇華させるのか。[warmth]が長年コーヒーで追い続けてきた“本質”を、より強度のある形で体験として提示する。それがレストランという形だった。
コーヒーの現場で培ってきた価値観
店舗は、元内閣総理大臣の別邸として使われていた歴史的建物を最小限の改装だけで生かした空間だ。扉を開くと、まず建物が持つ厳かな時間の流れが迎えてくれる。クラシカルな佇まいを保ったままの前室には、長い年月を抱え込んだ空気が漂っている。その奥に進むと、独自に設えたカウンターが姿を現す。建物が持つ歴史への敬意と現代的な厨房の佇まいが緊張と親密さを同時に生み出している。
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中曽根康弘元総理が過ごした別邸。居間部分はほとんど手を加えず、当時の面影をそのまま残している。
メニューの軸にあるのは、素材と生産者への揺るぎないリスペクトだ。「僕たちがやるべきことはただ一つ。いいテロワールを持つ土地で、いい生産者が育てた素材。そのバトンを、最高のクオリティのままお客さまへつなぐこと」。
食材は全国を巡り、実際に生産者のもとを訪れながら空気を確かめ、価値観を共有できる職人たちと仕事を共にしている。器も同じく、作家のアトリエに足を運び、物づくりの思想を理解した上で製作を依頼する。そこに対してのクオリティには絶対妥協しない。その判断基準は、コーヒーの現場で培ってきた[warmth]のスタンスそのものだ。
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群馬の農家から届く野菜たち。写真は沼田の中條農園さんのパレルモ。他にも、安田嶺さんをはじめとした嬬恋の若い生産者たちとのつながりも深い。福島さんが「彼らは野菜作りに対して変態です(笑)」と語るほど絶大な信頼を寄せている。
腕を振るうのは鈴木龍友シェフ。彼もバックボーンにコーヒーがある異色の経歴の持ち主だ。都内の店で焙煎の責任者を務めるなどコーヒーの世界で経験を積んでいた鈴木さん。一方で料理も得意で、その頃から親交のあった福島さんに料理を振る舞ったこともあった。
結果的に、コーヒーを離れ、料理の道に進む決心をした鈴木さんは、勤めていたコーヒー店を辞め、福岡・京都・大阪、さらに海外も巡りながら、自分の料理と向き合う時間をつくった。その流れで群馬へ立ち寄ったことが、始まりだった。「うちを手伝ってくれたら、料理もコーヒーも両方できるし、[離れ]でポップアップでもやればいい」。冗談半分、本気半分で投げかけた福島さんの言葉に、鈴木さんが正式にジョイン。
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寺田シェフと鈴木シェフが並んで調理を進める厨房。カウンターの目前で、ライブ感あふれる一皿が立ち上がっていく。
さらに、オーストラリアやニュージーランドのオーベルジュで経験を積んでいた寺田泰シェフ。そして鈴木シェフのコーヒー時代の同僚だった齋藤恵美パティシエも加わることに。皆このために群馬に移住してきたメンバーだ。「アベンジャーズのようなとんでもなく屈強なチーム編成」と福島さんが語るように、豪華なメンバーが揃った。そして、料理とのペアリングとして欠かせないカクテルやモクテルなどドリンクは福島さんが担う。
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福島さんが手がけるドリンクは、コーヒーのフレーバーから着想を広げ、果実やハーブといった蒸留液を用い構成されるもの。産地ごとの香りや記憶を軸に、料理と響き合う一杯を緻密に組み立てていく。
半径90cmで完結する、特別な体験
この別邸の象徴は、カウンターだ。掲げているのは “この半径90cmの中で”。「この距離じゃないと伝わらないんです」と福島さんは言う。料理人が皿をつくり、その料理人自身がその背景を語る。生産者の名前、土地の風景、素材の温度。“誰がつくったか” “どうやってつくられたか”を語る声は、料理と隣り合う“半径90cm”という距離だからこそ届く。その中で、料理の温度も、生産者の物語も、器の背景もすべて伝えきる。
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建物の歴史、そして産地で見た景色や空気、匂い、温度。そのすべての繋がりをこのカウンターの半径90cmの中で表現する。
提供される料理は、いわゆるフレンチや和食のカテゴリーに収まらない。コース料理でありながら、コーヒー発想の表現が随所に潜み、一皿ごとに“味の重心”が独特だ。素材そのものの温度や香りが最大限に活かされ、皿ごとに「生産者の景色」が立ちあがるような料理。ある皿は力強く、ある皿は微細。緊張感が漂うようでいて、実際にはとてもフラットで軽やか。職人の手元を眺めながら、気負わず会話ができる。“圧倒的なクオリティなのに、カジュアルに楽しめる場所” ──そのギャップこそが、この店の魅力になっている。けれど共通しているのは、“圧倒的に”いいものだけを届けるという姿勢だ。
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ニジマスに焼き目をつける鈴木シェフ。どれだけ火を入れるかで香りや味わいが変わる点は、コーヒーの焙煎にも通じる。
クオリティの基準は、“圧倒的”かどうか
[warmth]では最近、組織として共通言語が生まれたという。
「圧倒的かどうか」。
それは料理にも、コーヒーにも、サービスにも、すべてに向ける問い。ただ美味しいだけでもダメ。いい素材でもダメ。一皿、一杯、一言が、“圧倒的”であるかどうか。その基準があるから、別邸の体験はどこまでも密度が濃い。価格だけで判断できない“価値”が、ひとつずつ積み上がっていく。「価格の感覚が麻痺するほどの圧倒的な体験を提供したいんです」と福島さんは笑う。つまり、体験としては圧倒的に価値があるのに、支払った対価がむしろ少なく感じてしまうほどの時間を提供したい、ということだ。
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格式の高さ、料理への没入感、哲学の濃さ。そうした要素が揃う一方で、店内の空気は驚くほど軽やかだ。「小難しいことは僕らがやるので、お客さんにはリラックスしてほしい」と福島さんが語るように、 ここには“一流であること”と“カジュアルであること”が矛盾なく同居している。
そして、この店は誰に対して開かれているのか? という問いに対しても福島さんの答えはとてもシンプルだ。
「すべてに」
コーヒースタンドに通う常連も、特別な日に食事をしたい人も、わざわざ高崎まで足を運ぶ食通も、初めて[warmth]を知る人も。「僕らの“ものづくり”そのものに興味を持って来てくれる人がすごく多くて。だから、ターゲットを絞っていないんです」。1号店の空気感を知っている人なら、きっとこのレストランの“背伸び”も楽しめる。そして、ここでの体験が、料理や生産者への関心をより深くしてくれるはずだ。
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[別邸]でも提供されるコーヒー。これまで1号店や2号店で[warmth]の哲学に触れてきた人にこそ、このレストランへの期待も高まっている。
日々圧倒的を追い続けている中で、「常に、今日が、今この瞬間が、僕たちの最高到達点なんです」と福島さんは話す。この[別邸]では毎日[warmth]の最高到達点が更新されていくのだ。扱う食材は広がり、訪れる人の輪も変化し、半径90cmのカウンターには今日も新しい物語が積み重なっていく。「特別な店にしたいんじゃなくて、特別な“体験”を届けたいんです」。そう語る福島さんの声には、期待と確信が同居していた。
高崎に佇む、歴史ある別邸。その唯一無二の扉の向こうには、今日も“圧倒的”を目指すカウンターがある。
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[warmth 別邸]チーム。左からシェフの寺田泰さん、パティシエの齋藤恵美さん、オーナーでドリンクを担当する福島宏基さん、ヘッドシェフの鈴木龍友さん。
MENU 現在コースは全11品。その中から何品か紹介します。
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お品書きは料理名ではなく、食材が羅列されている。「まずは何が出てくるのか安心してほしいという思いと、“ニジマスV3”など、少し特別な食材に気づいてもらうための工夫」だという。思わず「これは何ですか?」と聞きたくなる表記だ。
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[warmth 別邸]の料理を象徴する前菜3種とドリンクのペアリング。写真左「牛レバー、インカのめざめ、発酵イチゴ、紫キャベツ」、ドリンクは「シナノスイート、ミント、アールグレイ」。写真中央「モンゴウイカ、セロリ、ヒメレモン」、ドリンクは「玉露、トマト、バジル、ゼラニウム、レモンオイル」。写真右「イチゴ、コンブチャ、柿」、ドリンクは「クランベリー、ほうじ茶、鰹節」。
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コース料理5品目の「ニジマスV3、山葡萄、春菊」。合わせるドリンクは「メロン、昆布、玉露、大葉、ヒメレモン」。ニジマスは同じ群馬県の嬬恋村の養殖場から仕入れている。
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コース料理8品目の「甘鯛、ローゼル、出汁」。ドリンクは「日本酒大吟醸、アールグレイ、桃、レモンバーベナ、ホエイ」。海魚は和歌山のカネナカ水産の中井一統さんから仕入れる。「中井さんの魚が本当に美味しくて。特に鯛は人生で1番美味しかった。それで今はコースの最後の締めとして鯛を出しています」と福島さん。
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コース料理9品目の「ししとう」は、嬬恋の安田嶺さんが育てた甘みの強いししとうを使った、かき氷風の一品。締めの後に供される口直しとして、食後に心地よい余韻を残してくれる。
warmth 別邸
群馬県高崎市末広町235-1
18:00〜21:30
火水木定休
IG @warmth_bettei_restaurantPhoto by Shigeta Kobayashi(写真 小林茂太) IG @shigetakobayashi0715
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)