鶴岡の“食”を牽引する、三人のキーパーソン

山形県鶴岡市は、東北一の広さを誇り、雄大な庄内平野を中心に山・里・海の恵みが共存する街。2,000m級の山々から日本海までの高低差が多彩な気候を生み、在来作物や山菜、旬の地魚などが織りなす独自の食文化を育んできた。自然と向き合い、先人たちが紡いだ知恵が今も息づく。伝統と革新が交わる “食の旅” へ。

2014年、日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市」に認定された山形県鶴岡市。海と山に育まれたこの地には、出羽三山で受け継がれてきた精進料理や、農家が何百年も種を守り継いできた在来作物など、土地と信仰に根ざした食文化が今も息づく。一方で、若き料理人たちが腕を競う「次世代ガストロノミーコンペティション」も開催され、伝統と革新のあいだで新しい食の表現が芽吹いている。そんな鶴岡の“今”を感じるべく、三人のキーパーソンを訪ねた。

［羽黒山参籠所 斎館］伊藤新吉さん

最初に向かったのは、［羽黒山参籠所 斎館］。料理長・伊藤新吉さんが供する精進料理は、出羽三山の精神文化を今に伝える。「この地の精進料理は山の恵みが主役。春は山菜の緑が鮮やかで、秋はきのこの色が深まる。何をいつ出すか決まりはなく、お山に教わるんです」と伊藤さん。“山で採れたものから料理を生み出す”。その自然との共生こそ、この地の食の本質だ。

出羽三山の一つ羽黒山山頂に佇む静謐な参籠所。提供される精進料理は、小さな器にごま豆腐、月山筍、イタドリなど地の山菜を使った料理が美しく盛られ、味わいや食感のバリエーションが楽しめる。一般客も食事と宿泊が可能で、ビーガン対応のメニューも用意。

［ピノ・コッリーナ］川島旭さん

次に訪れたのは、松ヶ岡地区の［ピノ・コッリーナ］。ぶどう栽培から醸造まですべてを担うのは川島旭さん。世界の産地を見てきた経験から、彼がモデルにするのはカリフォルニアの名醸地「ナパ・ヴァレー」。「鶴岡にも大学の研究機関があります。知を結集すれば、無名の産地でも世界に誇れるワインが作れるはずです」と未来を見据える。

果物生産が盛んな松ケ岡地区。その傾斜を活かした自社農園で育てた葡萄をヴァン・ナチュール製法で醸造するワイナリー＆レストラン。眼前に広がるぶどう畑と月山を望む開放空間で、地元食材を使った料理とともにこの土地ならではのワイン体験を楽しめる。イギリス・ロンドンで毎年4月に開催される世界最高峰のワインコンペ「IWC （インターナショナル・ワイン・チャレンジ）2025」では、「鶴岡甲州2023」が金賞に輝いた。

［庄内ざっこ］　齋藤翔太さん

旅の締めくくりは［庄内ざっこ］へ。齋藤翔太さんは前述のコンペティションの初代グランプリで、「サスティナ鶴岡」代表として食文化の継承にも尽力する。「どれだけ美味しいものがあっても、つなぐ人がいなければ文化は続かない。でも鶴岡にはその想いを共有する生産者、料理人、行政の方々がいる。昔からの食文化を次へつなぐ気持ちがこの土地には根付いているんです」と齋藤さん。

鶴岡市の中心部にある日本料理店。創業30年以上、地元の味覚と職人技を生かした本格和食で親しまれている。庄内浜直送の鮮魚を使った「お造り盛り合わせ」や「ハタハタの湯上げ」など、海の幸や山の恵みを旬の味わいとして丁寧に提供している。

自然と人、伝統と革新が交わり、情熱が静かに循環する鶴岡。庄内の風が運ぶ香りの中に、未来の食のかたちが息づいている。

伝統的な焼畑農法により栽培される「温海かぶ」

山間部に位置する一露地区で400年前から育てられる在来作物「温海かぶ」は、山の斜面を使った伝統的な焼畑農法により、無肥料・無農薬の土壌で栽培。伐採した枝葉を燃やして地力を高めるこの古来の手法は、植生の循環と森林再生にもつながる事業だ。真紅の皮と緻密な果肉をもち、ほどよい甘みと歯ざわりを備え、多くが甘酢漬けとして親しまれている。

羽黒山参籠所「斎館」
山形県鶴岡市羽黒町手向羽黒山33
Tel　0235-62-2357
http://www.dewasanzan.jp/publics/index/64/

ピノ・コッリーナ
山形県鶴岡市羽黒町松ケ岡字松ケ岡156-2
10:00～17:00 
LUNCH 11:00～14:00 L.O
CAFE  14:30 ～16:00 L.O
DINNER 予約制
Tel　0235-26-7807
https://pinocollina.com/

庄内ざっこ
山形県鶴岡市本町１丁目8-41
11:30〜13:30、17:00〜22:00
日曜または月曜休（電話でご確認ください）
Tel　0235-24-1613
http://s-zakko.com/

鶴岡食文化創造都市推進協議会
HP　https://www.creative-tsuruoka.jp/
IG　creative_tsuruoka

Photo by Yuki Nasuno （写真 那須野友暉）IG yuki_nasuno
Text by Shingo Akuzawa（文 阿久沢慎吾）