「SPRING VALLEY」に息づく120年のクラフツマンシップ
キリンビールはなぜクラフトビールを作るのか?
「クラフトビール」という言葉に明確な定義を見出すのは難しい。それでも、小さな醸造所、造り手の顔、多彩な味わい、地域密着といったある一定のイメージが思い浮かぶ。
だからこそ、大手ビール会社が「クラフト」を語るとき、一瞬、距離を置いてしまう人がいるのも事実だ。
実際、キリンビールが[SPRING VALLEY BREWERY (スプリングバレーブルワリー)]を立ち上げ、クラフトビールの文脈に足を踏み入れた2015年、「なぜ大手が”クラフトビール”を謳うのか?」と訝しむ声も聞こえてきた。流行りにのったのか?それとも小さなブルワリーの領域を奪いにきたのか?
「そう見えてしまったのも仕方がないと思っています」と、当時を振り返るのは、キリンビール株式会社クラフトビール事業部部長、大谷哲司さんだ。
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大谷哲司さん。学生時代から大のビール好きで、キリンビールに入社。ビールで横浜を盛り上げる「Yokohama クラフトビールアソシェーション」会長も務める。
2024年に新設されたクラフトビール事業部を牽引し、2025年には [SPRING VALLEY BREWERY]のリニューアルを手がけるなど、スピーディアクションで耳目を集めている。
転機となった事業部設立の際、大谷さんはクラフトビール事業を三つの柱で整理し直した。
「一つ目は、[SPRING VALLEY BREWERY]というブルワリーやブランドそのものを成長させていくということ。二つ目は飲食店やスーパーなどの量販店を通して、お客様がクラフトビールを日常的に体験できる環境を整えること。そして三つ目が、業界全体の発展に貢献することです。本来、この三つすべてを揃えないと”クラフトビール”というカテゴリーは成長しない。立ち上げの時は、正直、一つ目しかできていなかったんですよね」と、語る大谷さん。
「でも、実は、この三つの柱の大前提にあるのが、”キリンはモノづくりを中心とした文化創造の会社“だということなんです」とキリンビールのDNAをひも解き始めた。
クラフトビール前夜、繰り返した小仕込み
「たとえば、かつてあった京都工場には”京都ミニブルワリー”というマイクロブルワリーがありまして、80年代後半から90年代にかけて、50種類近くのチャレンジングなビールを造っていました。まさに”クラフトビール”ですよね。同じく以前あった施設、”キリンプラザ大阪”にもマイクロブルワリーがありましたし、クラフトの文脈とは少し異なるかもしれませんが、各工場ごとにオリジナルビールを造っていた時期もありました。やっぱりモノづくりと、それを支えるクラフトマンシップが原点にある会社なんです」
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さらに歴史をさかのぼると、今と昔をつなぐ一本の線が浮かび上がった。
[SPRING VALLEY BREWERY]は、ノルウェー生まれのアメリカ人、ウィリアム・コープランドが1870年、横浜に設立した日本のビール産業の礎となったビール醸造所 [スプリングバレー・ブルワリー]に敬意を表して、その名を冠したブランドだ。同醸造所の跡地にできたのが[ジャパン・ブルワリー]、のちのキリンビールである。
「”ジャパン・ブルワリー”から”キリンビール“が麒麟麦酒株式会社に引き継がれたのが1907年。来年120周年を迎えるのですが、当時はまさにクラフトビールのような商品を造り、ごく小さく始めた会社でした。それが、昭和の高度経済成長を背景に、外食でビールを楽しむ機会を提供したり、冷蔵庫の普及に伴い”キリンラガービール”が家庭に浸透したりして、日本の食文化と融合していった。そういう意味では、食文化の一端を担ってきたんだろうな、と」
一方で、「ピルスナー一辺倒の展開でビールの選択肢を狭め、陳腐化させてしまったことも否めない。だからこそ、新しいビール文化をつくっていく責任があると思っています」
その覚悟と、連綿と続くモノづくりの精神が、クラフトビール事業を力強く推進するエンジンとなった。
ブルワーの顔とクラフツマンシップ
「これは、うちのブルワーの蒲生徹が本当に魂を込めて造ったビールで…」と、[SPRING VALLEY BREWERY]のなかでも個人的に一番好きだという「豊潤ラガー 496」を手に取りながら、大谷さんは続ける。
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「ホップの香りの豊かさをつけようとすればするほど、後味に独特の味わいが残ってしまうことがあるのですが、この”豊潤ラガー 496”は、ホップを7日間漬け込んだり、絶妙な配分で焙煎した麦芽も組み合わせたりすることで、豊かな味わいときれいな後味が両立してるんですよね」
ブルワーの蒲生さんは、「グランドキリン」などを手がけ、[SPRING VALLEY BREWERY]の開発を担当している。新商品開発の際は皆ビール愛が強いゆえに「マーケティングチームと醸造チームの間でガチンコの議論になる(笑)」こともあるが、レシピ開発のスタート地点は、直営のブルワリーレストラン[SPRING VALLEY BREWERY TOKYO]と[SPRING VALLEY BREWERY KYOTO]だ。
「毎月様々なビールを提供してレシピをストックしているんです。飲食の現場なのでお客様の反応もわかりますしね。それを、5キロリットルの仕込みを経てスケールアップしていくという段階を踏んでいます」
言うまでもなく、キリンビールの規模からすれば、5キロリットルはごくごく小さいサイズだ。
「そうなんです。下手したら、それやる意味あるの?と言われかねません(笑)。でも、続けていくことでブルワーの腕も磨かれますし、受け継がれているクラフトマンシップもお伝えできるのではないかと思います」
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ビールへの愛が溢れるブルワーの皆さん。左から香川和也さん、中井柚萌さん、山田浩子さん。最近は、クラフトビールを造りたいというブルワ一志願者が増加中。
今年4月、そんな思いが早くもひとつの形になった。世界最大級の国際ビール審査会ワールドビアカップにおいて「シルクエール白」が金賞、「豊潤ラガー496」が銀賞を受賞したのだ。追い風が吹いている。
「僕たちは2030年までにグローバルでのチャンピオンブルワリーになることを目標にしているので、本当に嬉しい」と、顔をほころばせる。
「ビール文化を新しくする」という新生 [SPRING VALLEY BREWERY]は、クラフトビールのこれからを考える上でも見逃せない存在になりそうだ。
キリンビール 横浜工場
神奈川県横浜市鶴見区生麦1-17-1
キリンの工場見学総合窓口 Tel 0570-055898
営業時間:9:30~16:00
定休日:月(祝日の場合は営業、次の平日が休館)飲酒は20歳から。飲酒は適量を。飲酒運転は法律で禁じられています。妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。
本記事はRiCE47号「特集 ビールは自由だ。」の掲載記事を再編集しています。
写真 清水将之(Photo by Masayuki Shimizu) IG @_shimizu_masayuki
文 浅井直子(Text by Naoko Asai) IG @asai_naoko
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