
特集「Get to Know 酒屋」#2
小さい蔵の美味しいお酒を教えてください! 恵比寿の秘密基地[ムライ酒店]
迷い込む系酒屋
恵比寿で用事を済ませた後、ふと「恵比寿に酒屋はあったっけな?」とGoogleマップで検索してみた。商業施設に入っていないお店の方がいいな、できれば試飲させてくれるお店の方がいいな、などその時の気分で情報を見る。そんなわがままな絞り込み検索の結果、一軒の酒屋さんがヒットした。
店の名前は[ムライ酒店]。あるのは恵比寿駅西口。駅前交差点をたい焼き屋さんの方に渡り、渋谷に向かうJRの線路を右手に見ながら進む。五叉路になっている恵比寿西一丁目交差点の少し手前が目的地だ。
なのだが、酒屋なんてあったか?と少し右往左往する。どうやら、通りに面したこの「川田ビル」の中で間違いはなさそう……するとたしかに、2階に「ムライ酒店」との表札が出ている。オートロックの入口でインターホンを鳴らす。
「あの、ムライ酒店さんに来たかったのですが、ここで……?」と話しかけると、「はいはい、どうぞ〜」と応答があり、鍵が開く音がした。エレベーターで2階に上がると、目の前右のドアに「株式会社ミッキー・インダストリー」と「ムライ酒店」の表札が並んでいる。ノックしてドアを開くと、男性が笑顔で迎えてくれた。「どうぞ、こちらへ」と、応接室へと通された。
事務所の一室に各地の日本酒がずらり!
社長室?校長室?のような部屋だが、壁一面に日本酒の一升瓶が並んでいる。お酒のお店には間違いなさそうだ。
「どうぞどうぞ、おかけください」と言いながらお茶を出してくれた、その男性が店主の村井
村井さん。ミッキー・インダストリーは父の代から続く電子機器製造の会社。「有線の機械などを作ったりしている会社です。今の方はわかるかな?」
“入店”すると、村井さんと向かい合って着席。
「日本酒はふだん飲まれますか?」
「好きな銘柄とかはありますか?」
「甘いとか辛いとか?」
と村井さんが質問を投げかけてくれる。この会話形式が[ムライ酒店]の面白いスタイルだ。接客というのとはちょっと違う、会話から自分の好みを汲み取ってもらいながら、新しい日本酒と出会える。
専門的な言葉で回答できなくてもいい。銘柄がパッと思いつかなくてもいい。自分なりの言葉でイメージを伝えて、キャッチボールをすると、
「あ〜、なるほど。そういう感じ、いくつかありますよ」
と、ストックの中から試飲をさせてくれる。
「これがお好きであれば、こんなのもお好きなんじゃないかな」「美味しいでしょう。あんまり知られていないんですけどね」と、また一本、また一本……と紹介してくれることも。あるいは友人と行けば、違う方向性の日本酒を試して思いがけぬ好みを発掘することができるかもしれない。このコミュニケーションの時間が、日本酒をぐっと身近に感じさせてくれるのだ。
「お酒は飲んでなんぼです」と村井さんは言う。
「辛口の定義って知ってますか? 『甘くない』っていうことだけなんです。そんなに幅が広いのに、『辛口』と書いてあるかどうかだけで選ぼうとする方がまだいらっしゃるんですよねぇ。う〜ん、本当はどんな味が好きなんだろうなぁって迷っちゃうこともあるんです。『文字を飲んでいるだけ』にならないように。楽しいことがあった時に、そのそばにお酒があって、みんなでわいわい飲んで、あぁ幸せだねって、日本酒はそういうところがいいですよね」
笑いながら、村井さんはまた別の日本酒を注いでくれるのだった。
「それにしても、日本酒って一言で括るには幅が広すぎますよねぇ」と楽しげに話す村井さん
日本酒好きとしての“危機感”
村井さんは若い時分から無類のお酒好き。ビールからウォッカ、ブランデーまで何でも飲める口で、日本酒ももちろん愛飲していた。つまり、好きが高じて酒屋業を始めたということか。
「というよりも危機感ですね。このままいくと日本酒がなくなってしまうんじゃないか。全てなくなるということはないにしても、売れるのは有名どころだけで、他は全然売れないという状況にはなりつつありましたから」
日本酒の国内消費量は1970年代をピークとして、約4分の1近くに減少したとされる。消費量が減れば、造り手である酒蔵も売り手である酒屋も減るのは必定だ。村井さんが子どもの時、お祖父ちゃんが帰宅するとすぐに床下収納から一升瓶を取り出し、湯呑みに入れてぐびっと一杯飲んでいた景色が思い出されると言う。それほど日本酒は日本人の日常の一部だった。時代の変化を肌で感じてきた村井さんから語られる言葉には説得力がある。
「そういう状況は酒好きとしてはどうなんだろうと思いました。小さい蔵でも美味しいお酒を造っているところがたくさんあります。そういう蔵をみんなに知ってもらいたい。そして、できるだけ多くの蔵が少しでも長く残ってくれたら嬉しいな、と」
[農口尚彦研究所]の「観音下(かながそ)」 。石川県小松市にある小さな町、観音下の美しさと恵みを“酒造りの神様”農口尚彦氏が表現した。味わいは派手ではなく自然体、日常を彩る一本
酒販免許を取得するきっかけをくれたのは、それまで懇意にしていた[農口尚彦研究所]だったという。「そんなに日本酒が好きで詳しいなら、うちの酒を売ってくださいよ」というドラマチックな展開で酒屋業を始めることになった。
それまで“いち日本酒好き”として村井さんのことを認知していた各地の酒蔵も「村井さんが酒販免許を取ったらしい」という噂を聞いては、「うちのも売ってください」とその新展開を歓迎したそうだ。
[ムライ酒店]では一升瓶を推奨する。するっと飲める味わいが基本ということもあるし、そこには「昔の人たちの飲み方」を伝えていきたいという村井さんの思いもある。もちろん、たくさん飲むことが古き良き酒蔵を支えることにもなる
「ここで売る銘柄はもっともっと増やしたいと思っているんですけど、スペースの問題もあるので……。地方には高価じゃないけど美味しいお酒がたくさんあるけど、東京では出回っていないものもまた多い。本醸造は地元の人たちが昔から飲んできた、比較的安いお酒ですが、個人的に大好きです。頭で飲まずに、美味しけりゃいいんです。美味しくて、ちゃんと丁寧に造られているかどうか。お酒への愛情が感じられるところがいいですね」
日本酒でいえば間違いなく世界一の大消費圏・東京にいても、気づかない魅力的な日本酒がまだまだある。なんとも胸の高鳴る話じゃないか。
「こういうお酒が広がってくれるとなぁ、嬉しいんですけどねぇ」
まさに隠れた宝石を見つけたような気分になって、日本酒の深みにまで迷い込んでしまいそうだ。
ムライ酒店
東京都渋谷区恵比寿西1-4-2 川田ビル 2F
10:30〜18:30
土・日 定休
IG @murai.saketen.ebisuPhoto Eri Masuda(写真 益田絵里)@massu_90
Text by Yoshiki Tatezaki(文 舘﨑芳貴)