
連載「名店のシグナル〜 一段上の食べ歩き論 〜」#10
「限定」ではなく、季節のメニューを狙え 夏編③
ヒエヒエがラーメンを変える!
冷やし中華は、冷やす設備が限られた中で生まれた涼やかな拌麺である、と書いた。体を冷やすのではなく、熱くない拌麺だ。汗ばむ陽気でも食べられ、甘酸のハッキリとした味付けが低下した食欲を喚起するわけだ。
だが、現在の夏の暑さはそのレベルを大きく上回り、体を冷やさないと食事どころではない時代となった。そんな中、ラーメンはアツアツから真逆の「ヒエヒエ」へと向かうことになる。スープ自体をキンキンに冷やすことで、「体を冷やす料理」へとコペルニクス的転回を遂げたのだ。苦境に強いラーメンの真骨頂である。うどんや蕎麦で「ざる」から「冷かけ」へのシフトが急増しているように、これは時代の要求でもある。
そして、このヒエヒエという価値観が新たな創作意欲を駆り立てた。ただラーメンを冷やすのではなく、独立したメニューとして「独自性」を打ち出すようになったのである。熱々であるがゆえに限られていた具材や製法も、冷たいからこそ自在に投入できる。ジャンルの境界線を気にしない、ラーメンならではの発想だ。
近年、この独自性ある冷やしラーメンは大きな広がりを見せている。今回はそんな創作意欲溢れる名作を紹介しよう。
まず紹介したいのは、冷やしラーメンを単なる「温かいラーメンの冷製版」から独立させたパイオニア、[らーめん天神下 大喜]の「冷やしとりそば」だ。

天神下大喜の冷やしとりそば
看板メニューである塩ラーメン「とりそば」の冷やし版という位置づけでありながら、中身はまったく異なるオリジナリティに溢れている。動物性の油脂は冷やすと凝固するため丁寧に取り除き、残ったコラーゲン質でゼリー状(煮凝り状)になる一歩手前、とろとろのスープに仕上げている。そこに良く絡む麺を合わせることで、温かいラーメンに負けない満足度を追求した。
トッピングや薬味のセンスに定評のある同店らしく、夏野菜やネギの使い方も効果的だ。途中でレモンを絞れば味がキュッと引き締まり、清涼感が一段と増す。すべてに意味がある構成なのだ。山形や秋田、静岡県藤枝市などにも冷やし文化はあるが、この[大喜]の一杯が現代冷やしラーメンの礎となる金字塔であることに異論を挟む人はいないだろう。
もう一つ、私が毎年必ず食べている冷やし「つけ麺」がある。本連載に度々登場する、戸塚の[森や]だ。こちらも[大喜]同様にとろみのあるスープが魅力だが、そこに合わせる麺が実に考え抜かれている。豊かな香りはもちろん、清涼感を生むためにエッジを立たせ、ズバッとすすれる潔い食感を生み出しているのだ。この麺をすするストロークが心地よく、食欲が落ちる夏でもいくらでも食べられそうな錯覚に陥る。

森やの冷やしつけ麺
また、油脂に頼るのではなく、天然ハーブや野菜が華やかな香りを演出。温かいラーメンが持つ風味の豊かさを、見事にハーブ等で補完している。[大喜]と[森や]の冷やしは、ラーメンやつけ麺の枠を超えた一流の「冷製麺料理」として評価されるべき名作である。
最後にもう一軒、サイドメニューとともに清涼感を味わえる[Ramen Free Birds]を紹介したい。そのサイドメニューとは、なんとスイカジュースだ。瓜特有の青臭さを抑え、上品な甘みを存分に味わえて、価格は驚きの350円。

スイカジュース
その甘みと対比をなす「冷やし塩ラーメン」も、毎年恒例の準レギュラーメニューだ。鶏スープと自家製麺の軸は前述の2店と同様だが、この店は前半に効く煮干しオイルと、後半に溶け出す紫蘇のソルベが絶妙なアクセントとなる。

Freebirdsの冷やし塩ラーメン
名店[支那そばや]に23年勤めた実力ゆえ、手間暇かかる複雑な要素を見事に統制し、ラーメン通を唸らせ続けているのだ。

- ラーメン考古学者 / Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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