八百屋から生まれた、新丸子の憩いの場
街に根を張る野菜のカフェ&ビストロ[VEG]
再開発で賑わう武蔵小杉のすぐ隣。それでいて、多摩川のゆるやかな流れも身近に感じられる街、新丸子。都会の便利さと川辺の穏やかさが共存し、落ち着いた日常が流れている。
そんな新丸子に今年5月、新たに[VEG(ベグ)]というお店がオープンした。入口に掲げられた「GOT ENOUGH VEGGIES?(野菜、足りてる?)」の文字が示すように、この店の主役は野菜だ。
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八百屋からレストランへ
[VEG]を手がけているのは、50年以上続く老舗の八百屋[中三青果店]。
[中三青果店]3代目の山田さんは、店舗を運営しながら、[Farmers Market]の企画や他ジャンルとのコラボなどにも積極的に取り組んできた。そのなかで芽生えたのが、「より中三青果店が表現してきたことの幅を広げたい」という思いだったという。
「本当に色々な取り組みをしてきましたが、自分たちが扱う野菜を、口に運ぶ最後までを見届けられるのは飲食店しかないと思いました」と山田さん。
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そんな思いから始まった[VEG]。実は、店を開く構想が動き出したのは2年ほど前のこと。
「新丸子は、[中三青果店]が店を構える街であり、三代目やスタッフたちが生まれ育った場所です。そこに、自分たちらしい“かっこいい店”をつくり、その存在を通して街に活気をもたらしたい。そういう思いから新丸子という場所にこだわって、理想の物件との出会いを待ち続けました」
そう語るのは、[VEG]の西村さん。そして今年5月、長い準備期間を経て、ついに新丸子に根を下ろしたのだった。
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マネージャーの西村さん。
「VEG」という名前に込めた意味
店名の「VEG」はお店の主役である「vegetable」の略称。しかし、この3文字には、単に野菜を扱う店という以上の意味が込められている。
「veg」や「veg out」という言葉は、アメリカでは「のんびりした人」や「ぼーっと過ごすこと」を表すスラングとして使われることがある。一般的にはどこか怠惰なニュアンスを持つ言葉だが、[VEG]ではその意味を前向きに捉えた。
「急いで大きくなるよりも、地域に根差しながらお店を続けていきたいんです。少しずつ存在を知ってもらいながら、長く街の人たちに親しまれ、ゆくゆくは地域の風景の一部になっていけたらいいと思います」
野菜を生かす自由なカジュアルフレンチ
そんな[VEG]で提供されるのは、野菜の持ち味を引き出したカジュアルフレンチ。看板メニューのひとつが、季節の野菜をたっぷり盛り込んだ「ビリヤニ」だ。
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口に運ぶと、ピリっとした辛さのなかにカボチャやサツマイモのやさしい甘みが顔をのぞかせる。上に載せられているのは、スリランカなどで親しまれている「サンボル」。ココナツと鰹節などを合わせたふりかけのようなもので、味わいにも食感にも変化を添えてくれる。
一般的なビリヤニが肉や魚の出汁をベースにするのに対し、[VEG]では野菜の旨味だけで味を組み立てる。じっくり引き出された野菜の出汁を米が吸い込み、奥行きのある味わいを生み出している。
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カジュアルフレンチを軸にしながらも、そこに末松さん独自のエッセンスを加えた料理が[VEG]らしさ。[VEG]を立ち上げることを機に野菜ソムリエの資格も取得したそう。素材への理解を深めながら、一つひとつの野菜が持つ個性を生かす料理づくりに向き合っている。
主にメニューを手がけるのは、シェフの末松さん。[中三青果店]三代目の山田さんとは中学時代からの同級生で、「いつか一緒に店をやろう」というのが2人の長年の夢だったという。
末松さんは、ビリヤニとナチュラルワインを提供する店で腕を磨いてきた経験を持つ。中東やハラル圏の食文化にも関心があり、その関心は、カジュアルフレンチを軸とする[VEG]の料理にも顔をのぞかせる。
そのひとつが、アラブや中東地域で親しまれている定番料理の「ババガヌーシュ」だ。
主役となるナスは、香ばしさを出すために皮付きのままオーブンでじっくりと火を通したあと、皮を取り除き、ごまやにんにくとともにペースト状に。手間のかかる工程だが、このおかげで野菜の香りと旨味を逃すことなく閉じ込めている。
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「ババガヌーシュ」。上に添えられる季節の野菜は、仕上げに焼き目をつけて香ばしさをプラス。赤や緑、黄色が折り重なり、まるで宝石のような彩り。
「フランスはアラブ系の方も多いので、ハラル系の食文化がすごく身近なんです。ババガヌーシュに生野菜をディップしたり、ピタサンドにしたりと、野菜をたっぷり食べるヘルシーなスタイルも広く親しまれています。僕自身、もともとそういうハラル系のフードが好きで。うちの野菜を活かすなら、こういう料理が一番合うんじゃないかと思ったんです」と末松さん。
八百屋だからこその野菜へのこだわり
八百屋をルーツに持つ彼らにとって、野菜は店のアイデンティティそのもの。野菜という素材への眼差しは徹底している。なかでも大切にしているのが、できるだけ近くで育てられた野菜を使うこと。鮮度の高さが、おいしさに直結するからだ。
仕入れ先のひとつである川崎市の[藤田農園]は、小さな規模で丁寧な栽培を続ける農園だ。
山田さんは「野菜って、作り手の性格がすごく出るんです」と語る。
「野菜を美味しく育てるためには、間引きという作業が欠かせません。[藤田農園]さんは、そんな間引きという作業を、ものすごく丁寧にやられているんです。ほかにも、梱包の仕方ひとつとっても丁寧さが滲み出ている農園です。そういう生産者さんが作った野菜なので、野菜らしさがまっすぐ伝わる味がします」
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野菜のおいしさは、収穫してから調理までの時間にも左右される。お店から近い川崎の[藤田農園]からは、朝採れた野菜がそのまま届くことも。その抜群の鮮度が、おいしさを支えている。
そんな[VEG]では、メニュー開発にも2年以上の時間をかけた。時間を要した理由のひとつは、野菜のプロである彼らだからこそ知っている「野菜そのものの美味しさ」にある。
「扱っているのが本当にいい野菜なので、正直、塩をかけるだけで美味しいんです。だからこそ、その美味しさを活かしながら、どう調理すればさらなる魅力を引き出せるのかが本当に難しかった」とスタッフの皆さん。
開発期間中は、スタッフたちで試作を重ねるだけでなく、身内や飲食関係者を招いた試食会も10回以上開催。色々な人の意見を取り入れて、少しずつ調整を重ねながら一皿一皿を形にしていった。
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どの料理にも、その時々で最も状態の良い野菜を[中三青果店]と相談しながら選んで使用している。旬に合わせて使う野菜が変わるため、同じ料理でも季節ごとで異なる表情に。季節の移ろいとともに、何度でも足を運びたくなる。
メニュー開発の中で何より大切にしたのは、シンプルな美味しさ。「野菜というと、ついヘルシーさが話題になりがち。だけど、まず最初に『うまい!』が来て、そのあとに『これって野菜だったんだ』『野菜ってこんなに美味しいんだ』と思ってもらえたら嬉しいです」
健康や栄養、ヴィーガンといった言葉よりも先にあるのは、純粋な美味しさ。その先で、野菜の魅力を自然と感じてもらうことが、[VEG]の一皿に共通する考え方だ。
コーヒーもワインも、[VEG]らしく。
[VEG]で驚かされたのは、素材やメニューに対する姿勢と同じくらい、ドリンクにも熱量を注いでいること。
例えばコーヒー。使用する豆は静岡の[PART COFFEE]のもので、バリスタの吉松さんや西村さんが実際に現地へ足を運び、カッピングを重ねて選んでいる。
「この地域にはカフェがそれほど多くないので、スペシャルティコーヒーに馴染みのない方や、ご年配の方など、誰もが親しみやすく、飲みやすい味わいのコーヒーを選んでいます。また、八百屋がルーツのお店だからこそ、野菜や果物のようなみずみずしさや、果実味のある明るい風味も大切にしています」と吉松さん。
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レモンをふんだんに使ったレモンケーキはコーヒーとの相性抜群。朝8時から16時はカフェタイムで、犬の同伴もできるため、散歩途中に立ち寄る方も多いという。
夜は、シェフの末松さんがセレクトするナチュラルワインを中心に、クラフトビールやジン、自家製レモンシロップを使ったレモンサワーなどをラインナップ。
末松さんがワイン選びで重視するのは、料理との相性だけではない。近隣ではまだ珍しいナチュラルワインの魅力を気軽に楽しんでもらえるよう、定番の人気銘柄から、可愛らしいエチケットが目を引く一本まで幅広く取り揃えている。
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ビリヤニと合わせたのはスパイスを効かせた料理と相性抜群な、北海道・余市のワイナリー[LOWBROW CRAFT]のワイン。アセロラを思わせるほどよい甘みとスッキリとした後味で、口の中に残るスパイシーな余韻をやさしく流してくれる。ハートマークの愛らしいエチケットも印象的。
また、カフェからディナータイムへの切り替えの時間には、スタッフ全員でワインの試飲を行うのも[VEG]ならでは。その日のワインの状態を確かめながら、料理とのペアリングについて話し合い、スタッフみんなで日々知識を深めている。
人と街がつくる、かっこいい店。
取材を通して見えてきたのは、彼らの言う「自分たちらしいかっこいい店」とは、単に見た目の良さを追い求めた“イケてる店”ではないということだ。
西村さんは、「もちろん料理やワインにはこだわっています。でも、やっぱり一番大事なのは人なんです」と話す。
左からバリスタの吉松さん、西村さん、シェフの末松さん。
「サービスや接客を通して、地域の方々に寄り添える場所でありたいと思っています。ここに来ることで、知らなかった料理やワインに出会ったり、人とのつながりが生まれたり、街の中で新しい発見があったり。そんなきっかけをつくれる、地域の“たまり場”のような存在になれたら嬉しいですね」
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お店の入り口にある大きな円卓は、複数人でのディナーにも最適。お客さん同士のコミュニケーションが生まれる場でもあるそう。
料理やドリンク、空間づくりに徹底してこだわる。その一方で、彼らが何より大切にしているのは、街やそこに暮らす人たちとの距離の近さだ。
洗練された空間の奥にあるのは、街への愛情と、人と人とのつながりを大切にする気持ち。この街で暮らす人たちに長く愛されることーーそんなやさしい思いこそが、[VEG]という店の輪郭を形づくっている。
VEG
神奈川県川崎市中原区新丸子東1丁目825−1 1:1ビル
cafe 8:00-16:00
dinner 17:00-23:00
IG: @veg_shinmarukoPhoto by Ryo Nagata(写真 永田 崚)IG @nature_nagata Text by Maho Ofuchi(文 大渕真歩)
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