連載「クラッシュカレーの旅」 #20

記念すべき日なんて、ないのさ/熊本・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Apr 21, 2026

1月の終わりに誕生日を迎えた。

いまさら別に誕生日だからといって気分が盛り上がるわけでもないし、感慨に浸るようなこともない。自宅でゆっくり過ごすつもりだった。いつもより少し高価なブルゴーニュワインくらいは飲むことにしようか。

ところが、計画通りには進まないもので、急遽、地元浜松でちょっとしたイベントが入り、当日に新幹線に乗ることに。そういえば、地元で誕生日を迎えるのは、高校卒業以来かもしれない。実家には両親が住んでいるが、まさか生誕50年を超えた息子の記念すべき日を覚えていることはないだろう。

1年に一度訪れる「そこそこ特別な日」は、「何ともない日」となることが確定。僕は浜松へ向かった。

そもそも「記念すべき日」なんてものは、あるんだろうか。

僕は過去のほとんどを覚えていない。過ぎ去ったことはすぐに忘れてしまうのだ。昨日、何を食べたのかだって思い出せない。

友人との会話の中で「あのときこうだったよね」みたいな発言があって「そうそう!」とピンとくることはほとんどない。「え、なんだっけ、それ……」なんてことばかり。この上なく体たらくなクセに、自転車にまたがって街を走れば大滝詠一の「雨のウェンズデイ」なんかをフルコーラスで口ずさんでいる自分がいるから不思議だ。

PCに保存されているクラッシュカレーのフォルダを見ていると、「熊本学校」というのがあった。

中を見てみると緑のクラッシュカレーを作っている写真が何枚か入っている。ミートボールのようなものがメインの具で、出来上がったカレーを白い小さな器にいくつもに分けて盛り付けている。

なんだ、これ。

熊本でクラッシュカレーを作ったことは覚えている。料理教室もしたし、ランチの限定販売なんかもやったから何度か石臼を叩いた記憶がある。でも、写真のクラッシュカレーのことは何も覚えていないのだ。

学校と書いてあるのだから、と卒業生に写真を送って聞いてみることにした。

「えっと、これはカレーの学校1日目の昼食に作っていただいたクラッシュカレーですよね! 記念すべき第50期だったので、ランチ付きにしてもらいましたよ! 具材はナスとパプリカ、ミンチ(確か鶏肉?)だったと思います」

すごい記憶力。それを読んですら、「ああ!」と思い出せることは何もない。彼女からの追記には「ハーブ類は何が入っていたのか覚えていません」とあったが、そこで僕が加えたハーブの名前だけをスラスラとコメントできたらオカルトである。

写真を見ながら記憶にないクラッシュカレーを振り返る。

20名以上の香り玉を作らねばならないから、ハーブ類の玉とニンニクやカー(タイのショウガ)などの玉の2種を作っている。石臼が2つ並んでいるから、現地で借りたのだろう。熊本に石臼を所有する人が2名以上いるというだけで嬉しくて泣けてくる。

鶏肉のミンチにはグリーンチリやディル、塩こうじあたりを混ぜ合わせたのだろうか。クラッシュカレーの具をミートボールにするなんて、めったにしない。きっとキリのよい第50期だから、といつもとは違う趣向を凝らしたに違いない。記念すべき日だから?

ずらりと容器に盛られたクラッシュカレーは、我ながらおいしそうである。

浜松に帰省した僕を待っていたのは、何事もない日常だった。予想通り、両親は僕の誕生日をすっかり忘れたまま。普段通りの料理が食卓に並び、ケーキなどはなかった。

面白かったから僕は何も言わないまま東京へ戻った。

記念すべき日なんて、ないのさ。記念すべき日がないということは、毎日が記念すべき日だということでもあるのさ。石臼を叩いた日はすべて石臼記念日。え? なに? そんなこと言ったら胡散臭い? そうかもねぇ。そもそも覚えていないんだから、説得力もないよねぇ。

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