連載「ポーランド・ダイアリーズ」#2

プラガ地区でポーランドの素顔を見る。


Shunpei NaritaShunpei Narita  / Mar 8, 2026

ワルシャワの中心部から東側へ向かうと、南北を貫くようにヴィスワ(Wisła)という大きな河川が流れている。この川を境として西側にはワルシャワの主要観光スポットが集中していて、反対の東側にはローカルたちが根を張るエリアが続いていく。

中心市街地からヴィスワ川を渡る手前にはなんとも立派な建物のワルシャワ大学図書館がある。くすんだブルーがまたいい味。緑も豊かで気持ちのいい時間が流れている。コーヒーとサンドイッチでも持参して1日ここで過ごしたらかなりのリフレッシュになりそうだ。近くでアパートでも借りて住めたら最高だなぁ…そんな妄想が止まらない。

東に川を渡ってすぐの「プラガ地区」には、社会主義期からの建物をそのまま活かした独立系のコーヒーショップやクラフトビールバー、アートギャラリーなどが点在していて、どこかヒップな空気が充満していた。



街の歴史を遡れば、19世紀後半には物流や鉄道の要所であり工場も多かったよう。第二次世界大戦でワルシャワ中心部は徹底的に破壊されたが、この辺りは比較的戦禍を逃れることができて、煉瓦造りの堅牢な建物がいい佇まいのまま残っている。

これらの古い建物にストリートアートが共存している感じは、ベタだが例えるならば数年前のNYブルックリンのような雰囲気。現在のブルックリンがジェントリフィケーションで観光地化・高級化してしまった後だとするならば、その「原点」のようなまだ粗削り、ちょうど“食べごろ”な空気がプラガにはしっかり残っている。

この地区にある[Bar Pyzy, Flaki Gorące!]は、ポーランド人ならば誰でも知っている家庭の味が楽しめる街の食堂だ。



Pyzy(ジャガイモ生地のニョッキのような団子) 、Flaki gorące!(熱々のモツスープ)という店名どおり、まずはお腹がいっぱいになる小さな炭水化物の塊とモツのスープを一緒に食べ進める。

はるか昔このあたりで働いていた工場労働者の気分で、胡椒とオレガノがこれまでかと効いたスープをその熱気ごと胃袋へ投入すると、身体の芯から温まって確かにエネルギーが満ちていく。

手前のオレンジ色のスープから時計回りに、ウクライナ風のボルシチ、ベージュが豆のスープ、茶色いものが胡椒どっさりな定番の内蔵スープ。どれもソウルフルな味がする。ガラス瓶での提供は保温性が高いという意味もありつつ、文化的にも奥深い。長くて寒いポーランドの冬を支えるべく、ピクルスやザワークラウト、ジャムなど大量に瓶詰めして保存する文化が根付いていたが、社会主義時代物資の不足により、これらはより必要に迫られ広く日常化した。自由経済以後は“瓶詰め文化=古臭い”とされる時期もあったようだが、近年クラフトムーブメントの文脈でヒップな食べ物として再評価された。このあたりの市場ではプラスチックの容器ではなく、持参したガラス瓶に惣菜を入れてもらうのが当たり前だという。確かに理にかなっているなと思うし、そういう買い物を日本でもできたらいいのに。

一緒に頼んだ野菜のペーストも素晴らしかった。手前から時計回りに青々しい風味豊かなケールペースト、キノコにプチプチとした麻の実をあわせたペースト、ほうれん草とチーズ(ジェノベーゼみたいなハーバルな感じ、砕けたナッツも入っていてしっかりコクがある)、ベーコンとキャベツをしっかりと炒めあわせたもの、ピズィというポーランドのニョッキ。全部程よく油分があるが全く嫌じゃない。むしろリッチな風味が綺麗に立ち上がる。それらを取り皿のなかで自由なパレットのごとくカスタムしながら食べ進めるのは、南インド料理のミールスを食べている時の心地よさに近い。



今までみたことがないkoPolaという飲み物があったので一緒に頼んでみる。いわゆるコーラのようなもの。社会主義時代のポーランドでは、西側の商品が今のように当たり前に流通していたわけではない。コーラも身近な日常品とは言いがたかった。外貨ショップなどで手に入ることはあっても、どこか「遠い憧れ」のもの。そんな時代に自分の意識をとばしながらポーランドの国民食と一緒に流し込む。

人工甘味料由来のすこしベタっとした甘さと薬草感が舌にじんわり張り付きながら、炭酸の刺激が喉を駆ける。ハンバーガー&コーラのような鉄板の組み合わせに負けず劣らない絶妙なペアリングだった。

食後には、プラガの名所のひとつ[Polish Vodka Museum(ポーランドウォッカミュージアム)]へ。複合施設「Centrum Praskie Koneser」の敷地内にあり、建物自体もかつての蒸留・精製工場を活かしている。 
展示はウォッカ蒸留の起源からはじまり、技術発展のプロセスなどの歴史をカバーしつつ、最終的にボトルデザインの変遷までをめぐることができて非常に興味深い。

最後に案内されるテイスティングルームではウォッカの飲み比べができ(待ってました)、正直この時までウォッカといえばキンと冷えたものを飲むというイメージだったが、ガイドしてくれたお兄さんが言う。

「いいウォッカは常温で楽しんでみて。冷やして飲んでいたのはクオリティが良くないから。一気飲みはせず、ゆっくりね」

その言葉通り五感をフル稼働しながらしっかり味わってみると、ウォッカにここまで多彩な表情があることをはじめて知った。原料が違うだけでスパイシーだったり、丸く柔らかかったり、余韻にパンのような香ばしさが立ち上がったりする。遠い国の無色透明な蒸留酒は正直とっつき難い。でも原料である穀物、それらが育つ土壌、蒸留所ごとに癖があり、まるでそれぞれが違う方言を話すみたいに個性を主張していた。キンと冷えたものを一気に飲み干していたら決して気づかなかった種類の声である。

近年はクラフトビールならぬクラフトウォッカのムーブメントも勃興しているようで、その最前線もますます知りたくなる。ポーランドの酒場をうろつけばウォッカはだいたいあるから、たくさん味わなければと心を決めた。

さらに川沿いを南下すると、「E. Wedel」 チョコレート工場の甘い香りが風に混じってくる。施設内の一部は見学が可能で、ロアルド・ダールの『チャーリーとチョコレート工場』ほどの奇想天外さはないにせよ胸が弾む。ポーランドのキッズたちも目を爛々と輝かせながら見学している。とはいえ原料から歴史まで丁寧に解説してくれるから、大人の知的好奇心もしっかり満たす本気の工場ツアーである。

社会主義期のポーランドは慢性的な物不足の時代で、店頭に並ぶ品が限られて行列が日常だった。西側の商品や「いいもの」は、日常の買い物からはどうしても距離がある。チョコレートも例外ではなく「自分のおばあちゃんたちが長い行列を作って買ってくれた」「友人が働いていてこっそり持って帰ってもらったんだ」。決して甘いだけじゃない、ほろ苦いエピソードもちらほら聞こえてくる。

ここ「E. Wedel」1851年にワルシャワで創業し、戦後は国有化を経て、体制転換後に民営化された。その後、1991年に「PepsiCo」1999年に「Cadbury(当時)」へと所有が移り、2010年にロッテグループの傘下に入って現在に至る。運営母体が変わりながらも愛され続け、国民的チョコレートブランドとして現在も市場にチョコレートを供給しているのだ。

ワルシャワの中心部には、「E. Wedel」の実店舗にしてカフェスタイルの[Pijalnia Czekolady Wedel]というお店もある。ここで飲むことができるのは濃密なホットチョコレートだ。ウォッカの透明でクリアなイメージとは対照的に、深く包み込むような甘さで、ポーランドのもうひとつの顔を教えてくれるだろう。

Photo by Yayoi Arimoto(写真 在本彌生)
Translation & Coordination by Anna Omi(通訳・コーディネート 小見アンナ)
Cooperation by Poland Travel(協力 ポーランド政府観光局)

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