
【特別対談連載】“ライス”と“ライフ”のあわいで。
#3 toe山㟢廣和 × & Supply井澤卓
RICE or LIFE?
今年で結成25年を迎えるポストロックバンド「toe」。大きな節目の記念に、10月25日には過去最大規模となる単独公演〈結成25周年記念特別公演 “For You, Someone Like Me”「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る」〉が東京・両国国技館で開催される。
バンド自らのレーベルを主宰し、メンバー4人それぞれが別の仕事を持ちながらも純粋に音楽を追求してきたtoe。その歩みは、生活のための「ライスワーク」と、人生を賭けた「ライフワーク」の間で揺れながらも、自分のスタイルを貫く食の世界の表現者たちとも重なる。
全3回シリーズの結びとなる今回は、toeのギタリストにしてインテリアデザイナーの山㟢廣和さんと、[LOBBY]や[Hone]などの人気飲食店を次々とオープンさせてきた「& Supply」井澤卓さんが登場。
二人が歩んできた道のりと仕事への想い、そして井澤さんにとって山㟢さんがどんな「生き方のコンパス」になっていたのか? 2人の共通のフィールドである空間づくりを軸に語り合う。
井澤 卓(左)1987年、明治大学卒。Yahoo! JapanやGoogleといったIT企業を経て独立。2018年にクリエイティブプロダクション& Supplyを設立。空間・グラフィックを中心に様々なビジュアル制作や、企業のプロモーション支援を行う。自身でレタリングアーティストとしても活動。Paint & Supply、RELISHの2つのチームを率いる。山㟢廣和(右)横浜市生まれ。中学時代からバンド活動を始め、2000年にポストロックバンドtoeを結成。インテリアデザイナーとしての顔も持ち、デザイン会社METRONOME INC.を主宰する。
未完成な感じ。それも今となれば逆に愛おしい。
ーー さっそく本題に入る前に、今回の対談場所でもある池尻大橋のバー[LOBBY]について案内していただいてもいいですか?
井澤 もちろんです。まず[LOBBY]と言う名前ですが、ホテルのロビーのように肩肘張らずに使ってもらえる空間を目指して付けました。お酒はカクテルがメイン。シロップ漬けやスパイスを使ったものなど、ユニークなカクテルが楽しめます。ウイスキーからメスカル、クラフトジンまで様々ありますが、定番のレモンサワーでもビジュアルや味わいにひねりを加えていたり、いつもと違うお酒が飲める。格式高い正統派のバーのような敷居が高いお店とは違い、「誰でも入れるけど、いつもの居酒屋で飲んでいるものとはまたちょっと違う」というのがコンセプト。お酒に触れてこなかった人向けに、お酒を料理のように楽しんだり、お酒の面白さを提案しているお店です。
山㟢 今日はじめて来ましたが、とても格好いいお店ですね。最近の若い子たちはお酒をあまり飲まないってよく聞くけど、ここではどうですか?
井澤 確かに他の店舗だと、ノンアルコールの割合が結構多かったりするんですけど、ここはバーなので、アルコールを飲まれる方が多いです。お酒業界の人たちからはびっくりされますね。若い人たちが最近あまりお酒を飲まない中、[LOBBY]はいつも若い人でお店がいっぱいになってる!って。
ーー 2018年にオープンしてから少し時間も経ちましたが、改めて井澤さんにとって[LOBBY]はどんな空間ですか?
井澤 [LOBBY]を作った時は、会社を立ち上げて1年目なので、本当にお金がなくて。それこそ分電盤があった場所からケーブルがむき出ているままだったり、バーの機能性や、オペレーションの合理性も理解しないままで作ったので働きづらさもある。だから「もう一回これ作れ!」と言われても多分作れません。もっと綺麗にしたり、整えちゃうと思うので。実際、今作る物件は動線設計が整っていたり、内装の細かいところまでをやりきっています。
当時会社員だった自分が、仕事を辞めて[LOBBY]を作るまでのプロセスをnoteに書いているんですが、「やりたいことをやっていていいね」って感想をもらうことが多くて。本当に「会社を辞めて、何かやろう!」って人たちの初期衝動で作った若い空間なんですよ。でもその駆け出しのリアルな感じがきっと同世代に支持された。昔からの友達はみんな、「他のお店よりも[LOBBY]が一番いい」って言いますね。
ーー 音楽も同じように「デビュー作がいちばん良い」と言われることもありますよね。
山㟢 そうですね。バンドなどはアカデミックな勉強から始めるというよりは、「コレがやりたい!」っていう情熱と初期衝動で始めるものだと思っています。なので、そもそものモデルケースを目指して作ったものが、やってみた結果「また別の違うモノ」になってしまうこともあって。そこがまたバンドの良さの大きなひとつでもあるのですが。またそのバンドの基本コンセプトを全力で表現しているのがファーストアルバムであるとも言えますし、オーディエンスはそこを感じ取って「1枚目の感じ」をずっと求める人も多いと思います。でも、楽曲制作者・表現者としてはその時、その時で常にいいもの、音楽的に優れたものを作って、作り手として前進成長したい訳です。そこに「ファーストアルバムの感じ」を求め続ける受け手と、進化していきたい作り手とのズレがうまれることは結構あって。
ナチュラルワインの世界もそれに似たことはあるのかなと。15年くらい前、ナチュラルワインって香りが凄い独特だったりして、所謂自分達が知ってる通常のワインとはかなり違う独特の飲み物という感じで。自分はその感じが新しいなと思ってナチュラルワインを好きになったんです。
でも、ワイン醸造家もバンドの人と同じように、みんな「ちゃんとした良いワインを作りたい」と思って、どんどんスキルアップして上手に作れるようになっていく。結果、独特というよりもシュッとした綺麗な味になる。ある意味、作り手としては理想のワインに近づいているのかもしれないけれど、受け手の自分としては、「あの雑で臭い感じが好きなんだけどなぁ」っていう。
作り手の人に「また、ああいう臭い感じのワイン作って欲しいー」って言ったら「あれは失敗して醸造中のワインに菌が入ってしまっているからあんな香りになっちゃうんだ」とのことで。
井澤 僕たちもバーをやり始めたらカクテルに興味が出てきたので、どうしても極めたくなってきました。だから少し単価をあげて、クオリティの高い新しいカクテルを出すぞ!って意気込んでいたんですけど。立ち上げの時からカクテルを考えてくれていた先輩から「多分お前らはそういうんじゃないと思うよ。バタバタやっていて、整ってないしオペレーションもグダグダだけど、働いてる子もお客さんもみんなガチャガチャ楽しそうな感じが[LOBBY]のスタイルだから。絶対にずらしちゃダメだよ」って言われて。当時はそのガチャガチャとした感じの良さがあまり理解できていなかったんですけど、今振り返るとこのお店の魅力だなと分かるし、逆に愛おしいとも思います。
実績がないなら、ゼロから自分で作ればいい。
ーー もともと井澤さんは会社員だったと思うのですが、空間づくりの仕事に踏み切った経緯は何だったんですか?
井澤 & Supplyの前はIT企業で働いていたんですけど、当時仕事の傍ら、黒板にチョークで描くチョークアートというのをやっていて、展示を開いたりしていたら、段々依頼をもらえるようになったんです。そうしているうちに「空間にある1つのビジュアルから、将来は空間全部を作れるようになりたいよね」って仲間と話すようになって。チョークアートはインテリアデザインをやるための布石で、実際はインテリアデザイナーを生業にしたいと思っていました。
インテリアデザインの仕事は、まずはクライアントから依頼をもらうところからなんですけど、僕たちは実績がなかったので、何か先にやらないといけなくて。30歳で会社をやめて、ノリで店でもやろうかみたいに言っていたら、ちょうどこの[LOBBY]の物件が出てきて。その瞬間に「ここでやらなきゃ!」ってなったんです。正直あまり深く考えていない、完全に物件ありきでした。なので[LOBBY]はクライアントワークの事例のためのポートフォリオとして作りました。
山㟢 確かに自分で店を作ってしまうのが自分たちの世界観を見てもらうのには一番早いし、良い方法だと思います。インテリアデザイナーは星の数ほどいるけど、井澤さんみたいに自分の店の内装からプロデュースまでやっている人は少ない。そうやって自分の店で実績を残していけば、それを見て依頼するクライアントも増えてくると思うから、自社で店をやるのはとてもプラスアルファなことだよね。自分もそれが出来たらなと長年思っています。
ーー そんな井澤さんの今の状況は、自社事業をメインでやられていることもあり、「ライスワークを超えて、ライフワークに打ち込んでいる」印象です。
井澤 独立当時は完全にライスワークという感覚でした。「クライアントワークをこなしていくことで食べていく」と思っていたので。いただいた仕事が仮に自分たちが作りたいものではなくても、割り切ってやってきた。お客さんから「直して」と言われたらすぐに直す。「ここをこうしたい」と言われたらそうする…。でも「やっぱりこうした方が絶対いいと思う」と自分たちは確信していても、意見を通せないことが多くなって。いつも何処かで折れてしまう。とてもフラストレーションでした。
決定的だったのはホテルの空間ディレクションを担当した時。ミーティングが多すぎて「これは一体何の時間?」みたいなことが多くて。せっかく会社員をやめたのに「あの頃に戻ってしまった」と思ったんです。だったら自社事業で自分たちがやりたいようにやって、あとは周りのメンバーが自由にできる方が合っていると考えたんです。クライアントワークをやめて自社事業だけでやるようになってからは、全部がライフワークという感覚ですね。
ーー 「全部がライフワークという感覚」これはすごく幸せな状況だと思います。しかし事業を続けるなかで、売り上げをはじめ、追いかけないといけない数字もあるはず。そこでの葛藤もありますか?
井澤 1年ぐらい前まではお店のことですごく悩んでいて。昔は「ローカルな、知る人ぞ知る」的な店をやりたかったんです。でも新しい事に挑戦してやりたい事が増えると、人も必要になってくるし、その人たちを食べさせていかなければならない。会社としても成長して、売上や利益を出すことを追求しなければならない。同時に「これは本当に自分がやりたかった事なのか?」と悩むようになる。さらに会社が成長して売上が伸びた一方で、よく来ていたお客さんたちが離れていって。
規模が成長すると、いろんな声が届くようにもなります。手探りで「わからないけれど挑戦したい」と始めた頃に共感し、支えてくれた業界の人々からも、規模が大きくなるにつれ「わかっていないのに提供している」と水面下で言われてしまうことも。料理やサービスについてもいろいろな解釈があるので、後ろ指を刺されてしまうこともあると思います。
ーー それは実力がついてきた証拠な気がします。
井澤 そんな人たちの気持ちも分かるんです。ワインやカクテル、料理だけに人生を賭けている人からすると、僕らはそれを経営のために利用している奴らに見えるかもしれない。だからこそ僕は、出店を重ねてチームを大きくして、飲食業の地位を高めたいんです。労働基準法はもちろん、日本社会のルールの中で正々堂々戦い、将来的には上場企業の平均より高い給料を払える仕事にする。それが出来たら新しい価値を生めるし、業界の人々も認めざるを得なくなるはず。だから今は何か言われても気にせずやる、そういう葛藤の中で頑張っています。
山㟢 自分がやりたいものが明確に見えていて、自信があることができるようになってきたら、「誰かから何を言われても、別にどうでもいい」って思えるようになるんじゃないですかね。でも今お話しさせてもらっていて、実はもう既にそうなっているのかなと思いました。
井澤 たしかに、ちょうどなり始めた感じです。振り切る前はそこまで自信がなかったんですけど、段々できるようになってきたかもしれません。
「好きなもの」をするための「仕事」
結局のところ、俺は一番バンドがやりたい
ーー 山㟢さんは、ライフワークとライスワークを明確に分けていますよね。どちらも両立する上で、秘訣などはあるんでしょうか?
山㟢 最近同じような質問を頻繁に受けますね。結局何をやりたいかと言うと、俺は一番バンドがやりたいんです。仕事もやりながらバンドも続けてきて、ライブにお客さんが入るようになっているので、現状両立が出来ているように見えるだけで。そもそも俺はバンドをやりたい。でもバンドをやり続けるため、生活するために何か仕事は絶対にしなきゃいけないから。
井澤 すごいなあ。大体みんなそこが混同しますよね。自分のやりたいことをやりながら、食っていけて稼ぎたいし、良い待遇も得たいと思う。でもそれが難しい。
山㟢 自分の本当に好きなことを仕事にしちゃうと、「仕事だからやっておかないと」ってことが出てきちゃうでしょ? 音楽に対してそういう義務感が出てくるのはすごく嫌なんですよね。元々自分のやっているバンドでは生活するほどのお金にならないと分かっていたから、仕事にはしたくなかった。
井澤 最初の段階で明確に区別できているのが珍しいですよね。「バンドでは稼げない」っていうのは、どうして思っていたんですか?
山㟢 そもそも「テレビから聞こえてくる音楽」やメインストリームのポップスのようなものではない音楽がやりたくてバンドを始めたので。俺らが作るような音楽で食べていけるような収益が上がるなんて最初から一つも思ってない。
井澤 そうなんですね。僕は山㟢さんの生き方に結構影響を受けていて。当時27歳くらいで、会社員をしながらチョークアートを描いていた時、将来的にはインテリアデザインや空間プロデュースもできるようになりたいと思っていたんです。どうしたらその理想に近づけるか悩んでいた時があって、その時に山㟢さんがインテリアデザイナーであることを何かで知って、山㟢さんのインタビュー記事を見つけて、いくつかビビッとくることが書いてあったんです。
たしか、「バンドマンとしてステージの上に立つこともあるけど、普段のインテリアデザインの仕事では職人さんに頭下げてお願いしたり。そのバランスがちょうど良いんだ」みたいなことをおっしゃってた。そのギャップがまた素敵だなって。僕は当時会社員で、月曜日に出勤した時、「早く土曜にならないかなあ」とか思っていたから…。その記事を読んだ時、山㟢さんの「二足のわらじでやっているけど、両方一生懸命向き合う」そんな生き方が衝撃でした。
山㟢 自分がやりたいことはこれで、自分ができることはこれ。その中で自分がしっくりくるのはこれだっていうのが、長いことやっていると徐々に標準があっていくと思うんですよね。自分がその標準を合わせるまでにあまり無理がなければ、しっかりはまってくる気がします。
ーー 井澤さんはチョークアートをやっていた時、漠然と「これ一本で生きていく」みたいなことも考えていた時期もありましたか?
井澤 いや、それはなかったです。当時チョークアートがすっごい流行っていたけど、一瞬だろうなと思っていたので(笑)。
山㟢 そしたらまたチョークアートやり始めたらいいと思う。やっていて一番楽しいことなら。それがライフワークでも、ライスワークでも関係ない。お金にならない事ほど、絶対にやった方がいい。たとえ幾つになろうが、そういうことをどんだけ出来るかで、今後の人生がすごく変わってくると思う。
好きなことを続けるのは決して楽しいことだけではない。「好き」を仕事にするも、趣味とするも、いつも「理想と現実」の間にある葛藤や苦労がある。しかしその板挟みの状況こそが、自分なりの「ライフワーク」と「ライスワーク」の境界線や、それぞれに対する考え方が見つかるヒントなのかもしれない。
今回の対談で共通していたのは、二人ともが「好きなこと・やりたいこと」を続けてきたということ。好きなことをするために、自分ならどうすれば良いのか? その問いは永遠の難問でありながら、同時に自分らしさを形作る重要な問いかけなのだ。
<LIVE>
toe 結成25周年記念特別公演
“For You, Someone Like Me”
「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る。」開催概要
日程:2025年10月25日(土)
会場:東京・両国国技館
開場/開演:16:00開場/17:30開演
チケット:アリーナ指定席 ¥9,800 /枡席・指定席 ¥9,800 /2F指定席¥8,800(全てSOLD OUT)
特設サイト: https://www.toe.st/25th/*チケットソールドアウトにつき、YouTube無料生配信が決定!
https://www.youtube.com/c/toemusic
toe公式サイト:https://www.toe.st
IG:@toe_music_official<SHOP>
LOBBY
東京都目黒区東山3-6-15 エビヤビル 1F
IG: @lobby_ikejiriPhoto by Yuki Nasuno(写真 那須野 友暉) IG @yuki_nasuno
Text by Yukako Kato(文 加藤友香子)IG @k_yukako
Edit by Shunpei Narita(編集 成田峻平)