
連載「クラッシュカレーの旅」 #24
叩け! 不屈で退屈を吹き飛ばせ!/和歌山・石臼・叩き旅
ぶどう山椒を摘みに行きたい。
和歌山に住む仲間に提案したときは、山椒を摘みたいと思ったわけで、カレーを作りたいとは思っていなかった。ところが結果的には、カレーを作ったのである。しかも、料理教室の形で、石臼を叩いて、クラッシュカレーを。

【退屈編】
僕は日ごろから、いつも「何かが足りない」と思っている。熱にうなされたように「足りない、足りない、あと一歩、物足りていない」と。長年、自費出版の本を作り続けていることと関係がありそうだ。商業出版の本と違って、誰にも頼まれず勝手に作る本には、締め切りがない。
「もっとよくできるはずだ」「何か工夫をこらせるじゃないか」と考え続けるのがクセになってしまった。だから、ぶどう山椒を摘みに行く、だなんてそれだけで十分楽しいアクティビティが待っているというのに、退屈な気持ちを抱えることとなる。摘むだけでは満足できなくなってしまうのだ。

【鬱屈編】
足りないと思っていることを放置してはいけない。ワクワクするはずの未来を前にソワソワし始めてしまう。和歌山へ行く。ぶどう山椒を摘む。旬の一番いい収穫期に。抜群にフレッシュな香りに出会えるだろう。仲間たちといい時間を過ごして、東京に戻る。なるほど、そうだろうね。でも、それだけでいいのだろうか。

近未来を想像しているうちに鬱屈とした気分になってきそうだ。焦る。何か、何かないだろうか。頭の片隅にモヤモヤした悩みが住み着くが、それほどいやな気はしない。平常運転だから、もう慣れているのである。そうだ、和歌山へ行ったら料理教室をやってみようかしら、ぶどう山椒を使って。
【理屈編】
ぶどう山椒を摘みに行った。農家さんにあれこれと質問攻めすると、丁寧に答えてくれた。一般的な山椒よりもフルーティで香り高く、辛味も強い。見た目がぶどう(小さなマスカット)のようになるため、そう呼ばれるようになった。江戸末期に大粒の実がなる山椒が発見され、接ぎ木によって受け継がれているそうだ。

山椒の木にはオスとメスがあるようで(オリーブの木みたい)、実をつけないオスの木から花山椒を収穫し、その他は、メスの木から収穫する。オスの木は受粉のためにメス10本に対して1本程度を植えるらしい。こういう理屈がわかると対象物への愛着がより深まっていい。
【窮屈編】
今回収穫した実山椒は、ちりめん山椒や佃煮にするのが一般的だ。確かに地元の道の駅やスーパーで見かけるぶどう山椒の商品は2種が主流で、むしろ他の用途があまりないように見受けられる。あとは乾燥させて粉にして、ウナギのかば焼きにでもふりかけるくらいか。と言ったって、毎週のようにウナギを食べるような人はそうそういないだろう。

これほど素晴らしい日本のスパイスが収穫できるというのに、用途が狭いのは窮屈だ。もっとぶどう山椒の可能性を拡げられるんじゃないか。そこで、石臼が登場するのである。石臼で生の実山椒を叩けば想像を超えたいい香りに出会えることは約束されている。意気揚々とクラッシュカレークッキングに挑んだ。

【卑屈編】
実山椒を使って緑のクラッシュカレーを作る。緑にしたのは、もちろん、ぶどう山椒が美しい緑色をしているからだ。相乗効果のお手本のようなクッキングとなる。石臼で叩き、香り玉が完成。香り玉の中に山椒が入ったのは初めてのことである。

叩いたときの香りは予想通り抜群で、緑だけでは我慢しきれず、結果的には赤のクラッシュカレー、黄色のクラッシュカレーにまで山椒を使ってしまった。ところが問題は別のところにあった。香り玉を鍋中で加熱すると山椒の香りが飛んでしまうのだ。

正直言うと調理前から想像できていた事態だった。フレッシュで繊細な香りに過度な加熱は禁物。想像していたならやらなきゃよかったのに。卑屈な気持ちが芽生えたが、ひっこめた。こういうときには「追い山椒」。器に盛り付けたクラッシュカレーに叩いた山椒を振りかけると、これまた想像通り、素晴らしい香りが待っていた。
【不屈編】
失敗したっていい。失敗から学ぶこともある。できあがったクラッシュカレーを食べながら考えた。石臼で叩くことによって、フレッシュなスパイスの香りは引き立つ。でもスパイスによっては加熱で飛んでしまう場合がある。それを逆手にとってカレーを作ることはできないだろうか。
不屈の先に発見を。旅を終え、東京に戻った後もずっと頭の片隅で考え続けている。楽しかった記憶はすぐ忘れるが、引っかかった思惑の欠片は大事に携える。揉んで、揉んで、揉んで、何かを見出すまで考え続けるのが好きだからだ。
フレッシュなスパイスの香りを最大化するために石臼で叩く。香りを定着させるために低温の油と融合させる。キープしておいてカレーの仕上げに加える。加える前までに他のスパイスは使わない。シチューのような鍋中が最後の瞬間にカレーになる。何かできそうだ。

【偏屈編】
いい線いってるんじゃないか。もう少し考えを進めれば新しいカレーの開発につながりそうだ。何度か試作を繰り返してみたりして、手法を整理し、レシピを考える。あ、そうそう、ネーミングも肝心だ。仕上げで香りが決まるから、「フィニッシングカレー(FINISHNG CURRY)」はどうだろうか。なんだか語呂がよくないな。「フィニッシュカレー」の方がシンプルか。イマイチか。
……とここまで頭を巡らせて、お蔵に入れることとした。しばらく熟成でもさせてみようか。途中まで盛り上がっていたのにいきなり中断させることもよくある。偏屈な性格だから、真っ直ぐ素直に取り組む雰囲気が出てくると自分で自分にブレーキをかけたくなるのだ。もう一度どこかで盛り上がってくるまでちょっとお休み。そんな風にゴールテープを切らずにいるアイデアがいくつあることか。
和歌山で山椒を摘み、カレーを作った。
思い返せばシンプル極まりない出来事である。が、見えないところで紆余曲折があり、前向きな遺恨が残り、僕の周辺を彷徨っている。
どっさり持ち帰った山椒は一気に下処理をし、塩漬けにして色んなところへ配り歩いた。ほんの少し残った塩漬け山椒は冷凍庫に保管している。いつかどこかで再会するとき、フィニッシュカレーは次なる展開を迎えるのだろうか。どうなることやら、ちっとも僕にはわからない。


- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/
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