連載「サブカル酒 Sub-Cul-Shu」#7

上澄みと底辺のあいだ


Shion KakizakiShion Kakizaki  / Jun 23, 2026

僕のレストランであるサモトラは、20263月末日をもってとりあえずの区切りをつけ営業を終了した。2月と3月の営業は殺人的な忙しさで、良く二人体制でやり切れたものだと振り返って思う。特に最終営業日はヤバかった。朝の6時までお客さんがパンパンにいるという前代未聞のサモトラ。ちなみにサモトラ開業初日のお客さんはたった一人だった。僕のような業界未経験の素人でも10年以上頑張ればこういう風景に出会えるんだと、なんだか少し感動した。

閉店の翌日から、さらに殺人的な引っ越し(およびパーシャル移住)作業が始まった。あらゆる場面が予想外の急展開で、僕はこの1か月ほぼ睡眠時間が取れず、記憶がなく、ただ目の前の何かの意思決定と肉体労働をドレイのごとくこなした。そしてやっと、なぜか元サモトラの店内で今この原稿を書いている。つまり結局パーシャル移住はなくなり、そして近い将来のガチ移住(まったく向かう方角は違うが)に向けて動いている。この顛末はいつかどこかで書く。

ともあれ、ようやく引っ越しは終わり、息子とささやかな打ち上げをした。会場は三軒茶屋の沖縄料理店我如古だ。ここの沖縄(八重山)料理は抜群にうまい。これだけ南西諸島で食べて飲んでいる飲食関係者の僕が言うのだから信じてよい。

僕はいつものオリオン生(たまたまだが超当たりの樽だった)で、息子はいつものシークワーサースカッシュでの乾杯のあと、伊佐製菓の塩せんべい(マイお菓子ランキング殿堂入りの銘品だ)、アーサ天、オオタニワタリ、クーブイリチー、グルクン揚げエトセトラを楽しむ。

この店は僕の泡盛遍歴における最重要店の一つだ。かつてここで働いていたW氏が、那覇の某蔵の真裏が生家でおじいちゃんがクース造りマニアという泡盛サラブレッドで、彼にいろいろ指南してもらったことが僕の泡盛世界への入り口となった。W氏はもう店頭にはいないが、泡盛のラインナップは都内随一と思う。レア銘柄や隠しボトルも多い。 

最近のここでの僕のフロウは、オリオン生→海波うすにごりロック→赤馬である。レア銘柄ならまだサモトラにたくさんあるやつを飲めばよいので、オールタイムフェイバリットな銘柄をただ飲む。しかしその日は、店主の我如古氏がちょっと変わった泡盛を提案してくれた。出てきたのは白百合のラフロイグカスク熟成。白百合は泡盛好きには最もクセ強銘柄として知られるが、最近はグローバルに知名度が爆上がり中だ。ボトラー向けの限定仕込みも多く、海外コンペでの受賞歴などを見ても小規模蔵のニッチ戦略としてかなり成功しているように見える。最近はNoma Kyotoでも食後酒として採用されたとなれば、小規模白物蒸留酒メーカーとしてはほぼ上がりのポジションではなかろうか。とにかく、このアイラカスク熟成の43度は一部マニアの間で発売前から噂となり即完となったやつだ。これは飲むしかなかろう。

はたして、それは大変よい出来だった。泡盛の可能性という意味でも、ニッチなマニアへのグローバルマーケティング戦略としても。イヌイ原酒の味わいとラフロイグの例の香りが素晴らしく反応して、何モノかに昇華していた。久々にスマホでボトルの写真を撮影した。泡盛好きだけでなくウィスキー好きや他国の白物蒸留酒好きにもちゃんと刺さる味わい。

と思った後で、僕は考え込んでしまった。この商品は、いわゆるマニア向けの高価格・高コンテクストな蒸留酒だ。そして泡盛業界で生産される泡盛のほとんどは俗に言うレギュラー酒で、沖縄県内で飲まれている泡盛の大部分はそういったしっかり濾過され(つまり品質的には安定しているがフレーバーに乏しい)、アルコール30度に調整された、安く買えはするがちょっとやそっと飲み比べたくらいでは自分の好みも分からず好きにもなれない酒たちだ。じゃあなんでローカルはそんな酒を飲んでいるのかと言えば(最近さすがに消費量は低下トレンドだが)、単純に安く酔えるからだ。

僕は何もその状況を批判したいわけではない。ただ現状認識としてそうだと言っているだけだ。そもそも僕はサブカル酒マニアなので、レギュラー泡盛のロット違いとか瓶熟古酒とかを探してストックして飲むくらいにはこの状況を楽しんでいる。ここで僕が言いたいのは、泡盛ピラミッドの頂点と底辺の間にある断絶についてだ。

僕は解脱した酒マニアなので、この断絶を行き来してどちらも楽しむことができる。ただ多くの飲み手は、そういった楽しみ方をしない(できない)。クースを自分で造るようなハードコアな飲み手はホンモノが分かるゆえにレギュラー酒の現状を批判し、一方レギュラー酒だけを飲む(orしか飲めない)ローカルはマニアをただの道楽だと腐す。この二元構造は実際にはグラデーションを伴うものだが、現実に存在している。そして泡盛業界に限らず常に酒を造り続けなくてはいけない諸蔵元は、どのセグメントにどのくらいのリソースを割いて商品ラインナップを構成するか、常に頭を悩ませながら様々な商品をリリースしている。そこから砂金のような名作を探し出すのがサブカル酒飲みの醍醐味でもある。

問題は、Nomaのようなガストロノミーレストランはそのスペシャルな上澄みしか採用しないということだ。上澄みと底辺が断絶している以上、上澄みだけを採用することに食文化的な正当性はないように僕は思うし、それによって担保できる文化的多様性ってなんなんだろうね?と思う。そこにあるのは白百合という蔵元のある種伝説的な味わいや、そこにラフロイグというローカルでグローバルな銘柄が組み合わさったという表層的なストーリーだけだ。僕からすれば、白百合のあの味わいは、少なくとも1990年代くらいまでは八重山のどの蔵元の泡盛にもあったものだ(たとえば白百合のすぐ隣にある玉那覇酒造の玉の露にも30年前くらいまでは存在した。サモトラ酒庫に現物がある)。ローカルな酒文化をリスペクトするなら、なぜその八重山特有の味わいがこの30年で失われ、白百合にだけ残ったかを考えなくてはならないだろう。それにはお金よりも時間と思考が必要だ。現地のインフォーマントがセレクトした中から選ぶ行為によっては決して分からないことだ。

ちなみにブラインドでこのラフロイグ白百合を飲むと、おそらく多くの人がメスカルと誤認するだろう。ならメスカルでよくね? 琉球諸島は元々は交易国家だったから、自分たちの土地で作るよりいいものが安定的に手に入るならそっちを選択するのだし(だから原料がタイ米なんだし)。僕はこの味の白百合なら万珍酒店でメスカルを買うと思う。まあ、ラフロイグ白百合の方が安いけど。

ただ、この白百合にドンピシャなペアリングがある。我如古の隠れた名作、タコライスだ。これはトマトソースやタコミートは同店自家製というクラフトなタコライスで、実際ガストロノミーな味がする。金武の有名店のより圧倒的に僕は好きだ。

テックスメックス沖縄料理の逸品にメスカル的泡盛。それを三茶で食べて、食文化の複雑なコンテクストを舌で感じることが僕には楽しい。

そういえば、遠い昔にNomaのソムリエを我如古に連れてきたことがある。そのとき彼はスーナ(ユミガタオゴノリ)の酢の物を、僕的ベストペアリングである沖之光2001で楽しみながらこう言ったのだ「シオンさん、Nomaの夏メニューってずっとこういう感じなんですよ」。

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