連載「軽井沢の静かな食熱」#2
旬で養生を、薬膳料理の店[sumiya yakuzen]
[sumiya yakuzen]は、季節ごとの旬の食材を使った薬膳料理のお店だ。旧中山道の宿場町にあり、軽井沢駅からは車で少しの距離にある。
オーナーの土屋さとみさん(通称:さとみちゃん)とは、発地市場のマルシェで出会った。出店者同士で挨拶したとき、さとみちゃんは、パートナーの土屋あきひろさん(通称:あっきーさん)の手伝いをしていて、私はファラフェルサンドとポトフを提供した。
それ以来出会うことはなく、通り過ぎかけた縁だったけれど、後になって、都内の同じ場所で、互いにケータリング提供をしていたことが分かった。
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さとみちゃんがハーブティーのブランドを主宰していることを知り、それ以来、軽井沢でも会うように。
そして、準備している過程を聞いていた[sumiya yakuzen]を、さとみちゃんはついに昨年オープンさせた。
現在、お店で提供されている冬の薬膳粥と養生料理プレートは、寒邪で弱りがちな「腎」を、生薬で気血の巡りを促しながら養うメニュー構成。
鶏や白菜の出汁で炊いた薬膳粥に合わせるプレートは、この時期に良いと言われる黒の食材、黒隠元豆・昆布・豆鼓が、キュッと詰め込まれている。
素材は地元の食材を使用。プレート中央の「蓮の実と長芋の飛龍頭 生姜あんかけ」は、にがりのみで作られた長野県東御市の御牧豆腐が使われている。
副菜は日替わりで、松の実や棗、刻んだ枸杞の実を加えたキムチの日もあれば、セロリと人参のタイ風マリネ、うずらの卵と根菜の紹興酒漬けなどがあるという。毎回、どれから食べようかと迷うときめき付き。
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五行、陰陽、気血水の理論に沿ってレシピを考えているというさとみちゃんは、中医薬膳師の資格も持つ。だけど、薬膳に向き合う姿勢は、軽やか。
「これ作ってみたいな、という好奇心から始まることが多いです」
彼女のレシピ本棚には、専門書に混じって海外の料理本が並び、味の想像がノートに丁寧にストックされている。
メインの黒隠元豆と牛コラーゲンの煮込みは、ブラジルの国民食フェジョアーダからインスピレーションを受けたもの。
台湾の定番の朝食、鹹豆漿(シェントウジャン)も透明なグラスに注がれ、プレートに並ぶ。豆乳には枸杞の実を漬け込んだお酢を合わせ、さらにハーブナンプラーで風味を重ねてあり、ひと口ごとに味わいの層が広がる。
薬膳の理論に沿いながらも、自分の感覚を大切にするさとみちゃんの「私的な編集」が、食べるたびの意外性と、初めてだけど腑に落ちるおいしさを生み出している。
同じメニューでも、季節や体調によって味わい方が変わる。薬膳は特別な処方箋ではなく、日々の変化に気づき、自分自身と静かに対話するための手段だ。
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テーブルに並ぶひとさじの調味料まで自家製。最近は家でも色々つくっていると薬膳愛が爆発中。
さとみちゃんは、以前は広告業界で働いていた。日々の中で、食との距離が開いていくことに危機感を覚えたという。
危機というのは、体調の変化そのものよりも、「自分の感覚が鈍っていくこと」だった。
何を美しいと思い、何を美味しいと感じるか。その基準が自分の中から消えていく。周りの人やことに飛んでっていた意識を自分のもとに回収する。それで、薬膳にたどり着いた。
[sumiya yakuzen]には、ひとりで来店される方が半数近くいる。健康なときはもちろん、少し頑張りすぎて疲れたときにも、来てもらえているようで、それがとても嬉しい、と彼女は言う。
声のトーンは低く、場の空気を急かさない。さとみちゃんは、穏やかな印象だが、その奥には確かなタフネスが潜んでいる。その意志の強さが、私は好きだ。
軽井沢に来て、お店をやると決めたことも、縁を引き受ける選択。
[sumiya yakuzen]の場所は、かつてあっきーさんの祖父母が営んでいた「寿美屋」。戦後、酒類や総合食料品の小売・卸売を手がける地域のスーパーマーケットだった。
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1978年ごろの[寿美屋]。看板の脇に見えている「深山桜」は、佐久市にある酒造。昔は酒造ごとに卸している店舗が決まっていて、[寿美屋]は契約店だったのだと思われる。
ここで魚や肉を捌いていたから、キッチンのシンクは魚が捌けるように凹んでいるのが特徴だ。
お祖母さん亡き後、あっきーさんの叔父さんの勧めもあり、敷地の半分を借りてお店を開くことに決めたふたりは、2年かけてお店の改装をした。
山のように積まれた段ボールをどかすところから始めると、お祖母さんが好きだったという民藝品や花瓶も見つけた。一部は飾ったり販売もしていて[sumiya yakuzen]の落ち着いた什器の中で、フォルムや色のアクセントになっている。
だけど、あっきーさんの記憶に残るお祖母さんとの思い出はというと、「祖母は兄のほうを可愛がってて、僕はもう、全然(笑)」。
「でも今だったら、もしかしたら一番可愛がってもらえるかもしれないね」。
旧寿美屋のカルチャーは敷地内の[民芸のお店・寿美屋]に受け継がれ、50年以上支えてきた片山さんは今も現役で80歳、さとみちゃんの「マイメン」でもある。
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[寿美屋]の名物は100種類くらいありそうな自家製瓶詰め。王道のマロングラッセ、桃コンポートに始まり、五味子ジャム、水なすのマリネ、山うど味噌、手づくりハラペーニョなども。お店の皆は花豆ジャム好き。
でも、[寿美屋]の縁のある人たちが自然と集まる文化は変わらないようで、[sumiya yakuzen]を支えるのは、ふたりの高校の後輩や東京時代の仲間。
本当に、みんながいなくちゃ生きていけない。みんないいやつなんですよとあっきーさんは笑う。そういうあっきーさんがいいやつなんだよと私は思うけれど。
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仲間と一緒に仕上げたという内装は、暖色系のライトと木の家具でまとめられている。夏は窓を開け放ち、外と中の空気を断絶させない。
かつて地域の台所だった[寿美屋]の記憶を、養生という視点で編集した[sumiya yakuzen]。オープンしてみると、年配の方もたくさん来て、ここを集合場所にした“マダム会”もあるらしい。
取材中には、犬を連れたダンディなおじさまが、ひとり静かに薬膳を食べに来ていた。
グランドレベルに店があるから、近くに住むひとが散歩で立ち寄る。ラタン素材の店内を見て「東南アジアの街角のようね」と言われたりするらしい。
非日常のようで日常で。こういうお店は、簡単にできるものじゃない、積み重なったカオスたちが調和して、薬膳にはまっているように思える。
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sumiya yakuzen
10:30〜14:00(L.o)
17:00〜20:30(L.o)
※冬期期間の夜営業は予約のみ
IG @sumiya_yakuzen

- [ii eat]主宰
安重 百華 / Momoka Yasushige
2000年、山口県生まれ、東京在住。軽井沢との2拠点生活中。ライフスタイルメーカーで広報を務める。フードツアーの企画運営や、土地の食材を生かしたケータリングを行うユニット[ii eat]主宰。フリーペーパー「口果報」では[ii eatな風景]を連載中。ゲストを迎え「いい(良い・善い・好い)食ってなんだろう?」を考える。
IG @ichinohika