[Nolita]×[La Cime]ワルシャワから大阪へ

場所を越えてもう一度語り直される料理。


RiCE.pressRiCE.press  / Mar 29, 2026

かつてワルシャワのレストラン[Nolita]で体験した味に、日本で再び出会うことになるとは思っていなかった。しかもその舞台が、大阪の[La Cime]なのだからなおさらだ。国際的な食のアワード「世界のベストレストラン502025年版で44位を受賞した日本屈指のフレンチである。

開催は2025年9月21日。一夜限りのこのディナーは「ポーランド観光・スポーツの日」という公式な文脈を背負っていた。しかし個人的な感覚としては「公式」という言葉よりも「再会」という言葉の方がしっくりきた。

ワルシャワ滞在中に取材した[Nolita]は、ポーランドのファインダイニングシーンを語るうえで欠かせない一軒だった。戦前からこの国にはレストランやカフェの文化が息づいていたが、戦争と社会主義期の制約のなかで大きく姿を変えていく。体制転換後は新しい環境のもとで再編が進み、いまのシーンが形づくられてきた。その「現在形」を、もっとも洗練されたかたちで提示している、取材を通して、そう感じたからだ。

グロホヴィナの料理は、ポーランドの風土や伝統へ敬意を払いながら、決して内向きではない。ロンドンでの修行時代に受けた影響を背景に、ときにアジアの要素も柔軟に取り込み、いまのかたちへと更新し続けている。その姿勢自体が、ワルシャワという都市の“現在地”を象徴しているように思えた。

だからこそ今回の大阪でのディナーは、単なるゲストシェフとのコラボレーションイベントにとどまらない。料理が場所を越えたとき、何が保たれ、何が変わり、どう翻訳されるのか——それを確かめる時間でもあった。
コースの幕開けを飾ったのは、[La Cime]のスペシャリテ「ブーダンドッグ」。球体のフォルムに、アメリカンドッグの生地を思わせる軽やかな衣。口の中で弾ける食感とともにスパイスの香りが広がり、気分を一気に引き上げる挑発的なスターターだ。これに応えるように、グロホヴィナが繰り出したのが「フォアグラ・ボンボン」である。

丸みを帯びたフォルムは、高田シェフへのオマージュ——そう受け取りたくなる佇まいだ。味噌と蜂蜜、そして金箔のきらめき。どこか日本的な美意識を漂わせながらも、ワルシャワの[Nolita]で覚えた印象の通り、グロホヴィナの料理は特定の国には偏らない。あくまで自身の経験と記憶を軸に、複数の文化が混ざり合い、ひとつの味の輪郭を結んでいる。

皿底に敷き詰められた粉砕キノコが、まず旨味の輪郭を軽やかに立ち上げる。続いて頬張ると、フォアグラのリッチな風味が滑らかにほどけ、口中を静かに満たしていった。

高田シェフによるトマトとビーツのタルト。驚くほど薄く焼き上げた生地は、ぱりっと軽やかな歯切れで、具材の瑞々しさを邪魔しない。その輪郭に、新潟の発酵調味料「かんずり」をきりっと効かせる。寒冷な気候のなかで培われた発酵の知恵を料理に織り込む感覚に、どこかポーランドとの共鳴も見えた。マリネしたボタンエビを添えると、海老の甘みが立ち、香りの余韻がふわりと伸びていく。

宝石を食べているかのような一皿だ。黄金色に輝くのは、ローストされたイクラ。噛むたびに焦がしの香ばしさが立ち上がり、リッチな旨味の奥からほろ苦さがすっと顔を出す。その引き締まりが、むしろ後味を美しくする。落花生と卵茸のソースは、ナッツのコクと茸の香りで余韻に奥行きを与え、主役の輪郭をいっそう鮮やかに際立たせていた。

ポーランドの国民食であるピエロギがこんなに洒落た佇まいになるなんて! 「ピエロギは各家庭ごとに特徴があるけれど、自分の母は薄めの皮だったから、今日も皮は少し薄めにしているよ」とグロホヴィナ。ポーランドの家庭のエッセンスが散りばめられている。高度な食体験の中で、ポーランドの日常に接近できるのが嬉しい。

燻製をかけた鰻とキャビアに、ポーランドの国民的スープ「ジュレック(発酵スープ)」をグロホヴィナ流に再解釈してたっぷり注ぐ。通常はとろみのあるジュレックだが、この皿では澄んだ質感が印象的だ。鰻をコンソメのように濃く煮出し、一度濾すことで、旨味だけをクリアに立たせている。燻香、塩気、発酵の気配が重なり、キャビアの粒が余韻に小さな起伏をつくった

高田シェフのメインは北海道産の子羊。塩麹でマリネし、コンフィで火入れすることで、身はしっとりとほどけていく。熟成させた芋とニシンのソースには奥行きがあり、たっぷりのフレッシュなクレソンが香りと苦味で全体を引き締める。続くグロホヴィナの一皿は、ミルフィーユ状に重ねた蝦夷鹿にポルチーニを合わせ、グリルの香ばしさとソースの深みで重奏的に組み立てた。合間に挟まれたキュウリのピクルスは、ポーランドの定番らしく、口の中をきりっと整える口直しとしてよく効いていた。

デザートは黄桃とゼラニウムのゼリー。果実の瑞々しい甘さに、ゼラニウムの香りが花のように重なり、輪郭のある華やかさをつくる。ジュニパーを纏わせた泡は、立ち上がってはすっと消える儚さがあり、煎茶のカスタードが上品な渋みで全体を静かに整えていく。ロマンティックな甘みのなかに、どこか澄んだ余韻が残った。

甘やかな流れを締めくくるのが、高田シェフのチョコレートのスフレ。湯気を含んだ温かさと、ふんわりほどける軽さがまず優しく、ビターと甘さが絶妙な塩梅で交差する。香りがふわりと押し寄せた瞬間、気持ちよく意識を持っていかれ、見事にノックアウトされた。

ワルシャワのフードシーンの最前線を体感する夜だった。それでも記憶にいちばん濃く残ったのは、ポーランドの食文化に深く根を張る「発酵」という発想である。キャベツの酸味、ライ麦の発酵、乳製品の熟れ、そして発酵させたライ麦のスターター(zakwaszakwas na żurek)を加えて酸味を立てるスープ、ジュレック。寒冷な土地で培われてきた、保存と変化の知恵が、料理の輪郭を静かに支えていた。

その時間感覚は、高田シェフが使うかんずりや塩麹といった日本の発酵文化とも、無理なく響き合う。国やジャンルを越えてシェフ同士が共鳴する瞬間は、派手な技法や演出の中にだけあるのではない。素材を寝かせ、変化を促し、旨味を引き出す。時間の扱い方が共通言語になったとき、料理は驚くほど自然に翻訳されていた。

「今度はポーランドでやりたいね」と語る高田シェフに、グロホヴィナシェフも「これからがポーランドのネクストステップだから、ぜひ来てほしい」とすかさず返す。外からの刺激を受け止め、土地の文脈に馴染ませ、まるで発酵のように時間をかけて変化しながら更新されていくワルシャワのフードカルチャー。その現在地を、日本でふと垣間見ることができた一夜だった。

Photo by Yayoi Arimoto(写真 在本彌生
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