連載「低気圧の日のコーヒーはおいしい」 #5

パンプキンパイ焼くから帰っておいで


Yuka KusamaYuka Kusama  / Oct 16, 2025

パンプキンパイ、と文字を打つだけで、あの甘い香りが立ち上るような気がする。キッチンいっぱいに広がる、お砂糖とスパイスの香り。秋の光をやわらかく纏って、こんがり飴色に輝くパイ生地。

2022年10月7日 
「パンプキンパイ焼くから帰っておいで」と言われて逗子に帰ってきた。シナモン、ナツメグ、クローブ、たっぷりのスパイスが入った、我が家の秋の味。わたしが好きなのは焼く前のフィリング。かぼちゃってこんなに滑らかになるんだ、といつも驚く。朝になってもキッチンが甘い匂いのままだった。

秋になると、わたしの日記には毎年かならず「パンプキンパイ」が登場する。
試しにLINEで、過去のトーク履歴を検索してみたら、毎年母から「パンプキンパイ焼くよ」とメッセージが届いていて、わたしはいつも「じゃあ帰るね」と返信していた。もはや会話というより、秋の訪れを知らせる合図のようだと思う。

この連載では、これまでもずっと個人的な食のエピソードについてを書いてきたけれど、そういえば、もっとも個人的な「我が家の味」については、まだ書いていなかったと気づいた。何を書こうかなと思ったとき、ぱっと浮かんだのは「パンプキンパイ」だった。

パンプキンパイの美味しさは、焼く前からはじまっている。
ガラスのボウルのなか、オレンジ色のフィリングはほかほかと湯気を立て、わたしはそれを「味見」と称して、指ですくう。口に入れると、スパイスの香りがふわっと広がり、鼻の奥を抜けていく。その瞬間「ああ秋だ」と感じる。

焼いているあいだ、キッチンは甘い香りで満たされていく。砂糖そのものは香らないのに、“甘い香り”はしっかりわかるから、不思議だ。焼き上がったら、熱々の焼き立てを食べたい気持ちをぐっと堪えて、少し寝かせる。しばらくすると、生地とフィリングがしっとり馴染んで、美味しくなる。

ここまで読んで、「手作りのパンプキンパイ」という言葉から、シルバニアファミリーのような暮らしを想像した方がいるかもしれないので、それは少し違うということを、ちゃんと書き添えておきたい。

我が家は決して、普段から手作りのおやつが出るような家庭ではなかった。両親は多忙だったので、夕飯のテーブルにピザーラの箱がどん!あるいはマックの紙袋がどん!と並ぶ日も頻繁にあった。(もちろんうれしかった)

我が家の味を一言で表すなら、「大胆」という言葉がぴったりだと思う。
父はよくバナナをフランベしてフライパンから炎を上げていたし(他のデザートをつくっているのを見たことがない)、母は今も昔も「オーブンに入れちゃえば、なんでも美味しくなるのよ」が口癖だ。

それからもうひとつ、我が家の味の特徴があるとしたら、母のつくる料理は「我が家の味」でもあり、同時に「海外の味」でもあったことだ。母は海外生活が長かったので、母にとっては馴染み深い味でも、日本で生まれ育ったわたしにとっては、新鮮な驚きになることもあった。

たとえば、お弁当に丸ごとリンゴとピーナッツバターのサンドイッチ(耳付き)が入っていたり、スパイスやハーブをたっぷり使った料理が並んだりするとき。そういうとき「いちばん身近なひとでも、わたしの知らない世界を持っているんだなあ」と、子どもながらに思っていた。わたしは日々の食卓から、知らない世界のかけらを受け取っていたのだと思う。

「受け取っていた」と過去形で書いたけれど、それはいまも続いている。

この数年、イタリア語習得に夢中な母は、見たことも聞いたこともないイタリアのデザートを、ときどき振る舞ってくれる。もしかしたら海外生活の有無とは関係なく、母の飽くなき好奇心そのものが、いつも「知らない世界のかけら」を見せてくれるのかもしれない。

さて、パンプキンパイの話に戻る。
「パンプキンパイのことを書きたいから、ざっくりのレシピを教えて」と連絡すると、母は「適当なのがバレちゃうなあ」と言いながらも、すぐにレシピを書き起こしてくれた。

送ってくれたレシピを読むと、材料のいちばん上に「かぼちゃ」と書かれていて、その横には(特にこだわりのない普通の美味しそうなかぼちゃ)とあった。ほかにも、工程のあちこちに(かなり適当)や(好みによるけど)など、母らしいひとことが散らばっていた。

肝心なパンプキンパイだが、実は今年はまだ食べられてない。イタリア語への情熱を高めた母が、父とふたりでイタリアを巡る旅へ出てしまったからだ。秋もあっという間に終わってしまいそうだし、今年は自分でつくってみようかなと思っている。

もちろん、わたしの部屋にはオーブンなんてない。でも電子レンジにオーブン機能がついていたので、それを使ってみる。「特にこだわりない普通の美味しそうなかぼちゃ」をスーパーで見繕って、滑らかなオレンジ色のフィリングを好きなだけ「味見」して、あの甘い香りで部屋の中をいっぱいにしたい。

それが、この秋の小さなたのしみだ。

【母のパンプキンパイレシピ】
用意するもの
・かぼちゃ(特にこだわりない普通の美味しそうなかぼちゃ)→ スーパーで売ってるゴロゴロに切ったかぼちゃ3個ぐらい
・生クリーム 100gくらい(かぼちゃの量によって調整)
・冷凍パイシート 1パック(2枚入り)
・砂糖 100gくらい(適当。かぼちゃを味見しながら調整してる)
シナモン、クローブ(これは必須)、ナツメグ、オールスパイス(これはなくてもOK)
・卵の黄身 1個分

作り方
1. 冷凍パイシートを冷凍庫から出しておく。
2. かぼちゃの種とワタを取り除いて大きめの角切りにして、皮をむく。緑色の部分がない方が出来上がりの色がきれい。
※ただし、固い皮を剥くのは大変で疲れるし、滑りやすくて指を切るリスクあり。かぼちゃを蒸して柔らかくしてから皮を取り除いてもOK。
3. 切ったコロコロのかぼちゃを、フタをしたボウルかレンチン容器に入れて電子レンジで10〜15分くらい加熱。フォークで刺してスーッと入るくらい柔らかくなったらOK。
4. 柔らかくなったかぼちゃを熱いうちに潰す。(マッシュポテトみたいに。マッシャーがあると便利)
5.潰しながら、熱いうちに砂糖を少しずつ加える。(味をみて甘さは好みで調整)6.スパイスを加える。結構大胆に多めに入れても大丈夫。(好みによるけど)
7. 生クリームを加えながら、ブレンダーで滑らかなピューレになるまで混ぜる。(かぼちゃの量によって生クリームの量を調整)
8. 解凍したパイシート1枚を麺棒でパイ皿の大きさに伸ばしてから敷き、フォークで満遍なくブツブツ刺して小さな穴をあける。
9. 冷ましたかぼちゃのピューレを入れる。
10. もう1枚のパイシートも薄めに適当に伸ばして、細長い長方形に切ってパイの蓋をする。パイ皿の周囲(パイのふち)に重ねておく分を残しておく。
※足りなそうならパイ生地は薄く延ばしてOK。大抵、短い切れっ端ばかりしか残ってないので、パイのふちは生地を指で摘んで、くっつけながら模様をつける。(かなり適当)
11. パイの表面に卵の黄身を薄く満遍なく塗る。(焼き色がきれいにつく)オーブンで焼き色がつくまで焼く。※うちのオーブンは「パイ/グラタン」のボタンがあるので押すだけ。多分190℃くらいの設定。
12. 焼き上がったら、グリルの上に置いて冷ます。

 

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