連載「名店のシグナル〜 一段上の食べ歩き論 〜」#9
「限定」ではなく、季節のメニューを狙え 夏編②
夏はキンキンに冷えた出汁に限る!
たとえば、東京の夏の平均気温は、1876年から1990年までの平均と比べて、その後の35年間で1.2度も上昇している。何より、1970年までは年間0~3日ほどだった猛暑日が、2010年には10日前後に増え、2020年代に入ると20日を超え、2025年には29日を記録した。昨年に引き続き、2026年もGWが明けると、早くも初夏の兆し……と言えなくもない。
いよいよ、ラーメンも気候変動に対応しなくてはいけない時代がやってきた。「アツアツが売り」などとふんぞり返っていたら、いつしか見向きもされなくなるかもしれない。ただ、ラーメンは苦境に強い。どんなピンチに見舞われても必ず立ち上がり、復権してみせる。だからこそ国民食となったのだ。
暑さがラーメンを遠ざけるのなら、キンキンに冷たいラーメンを出せばいい。すなわち季節の「準レギュラー」が持つ最大の可能性は、夏の涼麺にある。ラーメンは、特定の価値観のためだけにあるのではないのだ。
そんな冷やしラーメンの傑作をいくつか紹介しよう。 夏は移動するのも億劫で、わざわざ食べに行く気力すらないという方へ。東京13軒、宮城7軒、愛知4軒、埼玉3軒、千葉2軒、茨城2軒と、計31軒を展開する[田中そば店]の夏の定番といえば、冷やかけ中華そばだ。
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[田中そば店]は喜多方ラーメンをモチーフに、より食べやすく汎用的な味を提供している。どこか田舎っぽさを演出することで、「気軽に、ちょっと上質なラーメンを食べたい」という層の心を掴んでいる。豚骨をクリアに炊き出し、余計な手を加えずに構成されたスープが特徴だが、この「冷やかけ」は、そのスープを「そのまんまキンキンに冷やしている」かのように錯覚させる。この巧みなアプローチによって、「冷やしラーメン?」と首を傾げる保守的な食べ手をも取り込むことに成功しているのだ。「あえてシンプルに、あえて定番らしく」を重ねることこそが、人気の秘訣だろう。
普段のラーメンをそのまま冷やしにするアプローチは、心理的に食べ手のハードルを下げる。しかしその裏では、温かいラーメン以上に多くの手間暇がかけられている。 その最たるものが「油脂」の問題だ。動物性の脂は飽和脂肪酸を多く含み、冷やすと結晶化して白く固まってしまう。口当たりを著しく損ねるため、これこそが冷やしラーメンにおける最大の障壁なのだ。いかにして凝固したアブラを回避しつつ、動物性由来のコクと旨味を残すか。店主たちの挑戦は、まずこの問題の解決からスタートする。
そんな緻密な計算を経て、普段のラーメンに近い地平で極上の冷やしを提供するのが、吉祥寺の[Tombo]だ。レギュラーメニューの醤油や塩ラーメンがそれぞれ傑作なのだが、冷やしも過度なギミックを施すことなく、「あのラーメンをそのまま冷やした」かのように感じさせる。温かい一杯が持つ満足度を完全に担保したまま、冷やしへと昇華させているのだ。東京でも屈指の冷やしラーメンと言っていい。例年、開始時期はバラバラだが、梅雨明けから提供が始まるのではないか。
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今回最後に紹介するのも、普段の味を冷やしたラーメン……だが、その対象はなんと[ラーメン二郎]である。 二郎の冷やしが食べられるのは、生田駅前店だ。見た目は完全にいつもの二郎。だが、口にするとキンキンに冷えたスープが出迎える。二郎といえば、味の強さやアブラの多さといった「攻撃性の高さ」がアイデンティティだ。それゆえ、冷やしに落とし込むには相当な工夫と労力が要る。強い一杯を求めに来る客に対し、冷やすことでその魅力を削いでしまっては意味がないからだ。
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それらの課題と懸念を完璧に吹き飛ばす仕上がりを見せるのが、生田店の冷やしラーメンである。注文の仕方にはちょっとしたルール(工夫)がいるが、ここでは店の姿勢を尊重してあえて詳細は伏せる。ぜひネットなどで調べてみてほしい。冷やしが始まる時期も公表はされないが、7月を過ぎると遭遇できる可能性は高くなる。そのハードルを乗り越えた先には、きっと、かつてない未知の体験が約束されているはずだ。

- ラーメン考古学者 / Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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