古くて新しいビール、ランビックを飲むなら。
ボトルビールとワインの幡ヶ谷[SENNE]
「ランビック(Lambic)」という名前を聞いたことがあるだろうか? 日本ではまだちょっと珍しい、ベルギーのビールである。普段口にする日本のビールとは違う、唯一無二の味わい。その味わいをもたらす、独特で野生的なランビックの造り方にも好奇心を刺激される。
ランビックは、ベルギーの首都ブリュッセルの南西に位置するパヨッテンラント地方、とくに「ゼンネ川」流域にある醸造所で造られるビールだ。そして驚くことに、500年以上も前に先人たちが編み出した醸造法で今日まで造り続けられている。「自然発酵」がランビックのもっとも大きな特徴で、通常のビール造りにお馴染みのビール酵母はなんと登場しない。
ビール酵母がなくどうやってビールになるの?という疑問が浮かぶが、人の手で酵母を加える代わりに、空気中の酵母によって自然に発酵させるというカラクリ。ビールの元となる麦汁をつくった後、蓋のない発酵槽に移しかえて放置。麦汁が冷めるまでの間に、空気中を浮遊する野生の酵母が液体中に取り込まれる。人為と自然の掛け合わせによるプリミティブな発酵法だ。
野生酵母による発酵はゆっくりと進むので、発酵から熟成までには数ヶ月〜3年ほどかかる。ワインのように時間をかけた熟成だ。詰めた容器内で二次発酵がはじまりガスが発生するので缶では出荷できず、基本はボトルビールとして飲み手のもとに届くのもランビックの特徴である。
どんな味がするのか気になった方へ。そんなランビックを幅広く揃え、グラス単位で気軽に飲ませてくれる店が、今夏にオープンしたばかりの幡ヶ谷[SENNE(セネ)]だ。カレーの[EMERADA]やワインバー[tout]など新店開業が相次ぐ六号通り商店街で、[キッチンかねじょう]の隣に居を構えた。人々が行き交う道に面した入口は全面ガラス張りで、あたたかい光がぼんやりと外にこぼれる様子に、「どんな店なんだろう?」とついのぞいてみたくなる。

ガラス張りだと店内の様子がよく見えるので入りやすい。わんことお散歩帰りにふらっと1杯…そんな“ちょい飲み”もウェルカムだ
店内に入ってまず目を惹くのは、中央にある大きなメインテーブル。大きくぶ厚いコンクリート製のすべすべしたテーブルをみんなで共有する。とはいっても窮屈な感じはまったくなく、ゆったりとしたスペースでみんな思い思いに食事を楽しんでいる印象だ。また、ブリュッセルに実在する店をモデルにキッチンとテーブルの高さが揃えられているため、料理人も含めた空間の一体感と臨場感を味わうことができる。

3.8m×2.3mという巨大サイズのテーブルは、なんと重さ約2トン!店内で生コンクリートを流して組み立てたという
「[SENNE]は、ボトルビールとナチュラルワインをメインに、飲みものに合わせたジャンルレスな料理を楽しめる酒場です。やっぱりランビックが飲める、というのがお店の特徴であって、ランビックが造られるゼンネ川から名前をもらい、“セネ”と読ませています」とドリンク担当の木村駿吾さんが案内してくれた。
すべてのドリンクの仕入れを担当する木村さん
「ゼンネ川流域のランビックと、それ以外のエリアで造られる自然発酵のビール・ワイルドエールをメインに、ボトルビールのグラス売りが主軸です。ビールシーンとワインシーンのクロスオーバー、つまりワインを飲むようにビールを楽しむシーンを日本で広げることがお店のミッションの一つでもあります」
[SENNE]は、東京・目黒の人気店[ANOTHER8]や京都の[DIG THE LINE Bottle & Bar]の系列店にあたる。さらに、ヨーロッパクラフトビールのインポートサービスを展開するDIG THE LINEのネットワークを最大限に活用しており、酒類のセレクトはまず間違いない。
木村さんによると、実はヨーロッパではビールとワインの造り手が明確に分かれておらず、同じ造り手がどちらも手がけることがあるそうだ。シードル、ビール、ワイン……と、造り手がカテゴリを超越する現象が近年起きているらしい。そういう造り手が生みだすビールにはその人の個性が反映されていて、ワインのような食事に合うテイストであることが多い。
「クラフトビールには流行りに左右される側面もありますが、ランビックはずっと我が道をいくビール。こういう我が道をいく、自分の好きなものを純粋に追い求める造り手にやっぱり惹かれますよね。お店のキャッチコピーとして“nature and human”を掲げているのは、そういう方々の営みを伝えていきたいと思っているからなんです」と木村さん。ワイン好きからはじまってビールの面白さに気づいたといい、自身の体験をもとにそれぞれの魅力をゲストに伝えたいと意気込む。
実際にボトルビールをいただいてみよう。「高貴なレストランライクにはしたくなかったので、重心が低いグラスを選びました」と、低めの木村硝子に注がれた液体を口にすると、まず心地よい酸味が広がって驚いた。
兄弟二人で営むベルギーのAntidoot(アンチドート)の貴重なワイルドエール。柔らかい酸味
「乳酸菌由来の酸味です。すごくフルーティですよね。日本の喉越し重視の大手ビールも最高だけど、それとはまったく違うビールです。奥行きがあって余韻が長く、感覚的にだいぶワインに近い存在。どこか“納屋っぽい”、野生的な風味もワイルドエールの美味しさかな」
ビールのメニューを見せてもらうと、銘柄ではなく味わいの違いでラインナップされていて、ワインの選び方によく似ている。
「お客さまの好みや気分をうかがいながらコミュニケーションをとって、ぴったりの一杯を一緒に決められたら」と、メニューは感覚的に選びやすく
「常時6種類はボトルがあいているのですが、Light Beer、Aged Bottle Conditioning Beer、Fruits etc. with Aged Conditioning Beerと大きく3種類の味わいに分け、さらに各ジャンルに2〜3種類ずつのビールをご用意しています。銘柄ではなく味の方向性をパターン化することで、気分や料理に合わせて選びやすくなるように考えました」
Light Beerは、キリッとした飲み口のガス入りビール(いわゆるセゾンビール)。食前のスパークリングのように1杯目におすすめだ。Aged Bottle Conditioning Beerはランビックやワイルドエールで、フルーツなどを加えて造ったワイルドエールがFruits etc. with Aged Conditioning Beerである。
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ドイツのSchneeeule Brauerei(シュネーオイレ)とFUERST WIACEK(フルスト ウィアチェク)のコラボサワーヘイジーIPA。野生酵母が使われており、フルーティーで強い酸を感じる
「Fruits etc. with Aged Conditioning Beerで使われる副原料は、クランベリーやフランボワーズが主だったのですが、最近になってブドウやモモなども許容されるようになりました。果実は潰したり潰さなかったりで、麦汁とともに発酵させます。風味だけが残るので、さらに複雑な味わいになって料理と合わせると面白いですよ」
気になる料理は、シェフの相川高志さんが担当する。系列店で料理を担当していた人物で、それまでは割烹料理屋やハンバーガー屋、割烹料理店など、さまざまな場所での修業経験を持つ料理人だ。日本酒やビールなど酒に合う料理を探求してきた。自身は大のビール好きで、料理を考案するうえでまずはビールに合う、ビストロらしい料理をイメージしたという。
相川さんおすすめの、熟成させた甘みが強いジャガイモで作る自家製フライドポテトが絶品だった
「自家製のロースハムやフムス、ひよこ豆とチーズのフリットは定番ですね。フリットのチーズの風味と酸のあるビールは相性抜群で、さらに塩気でお酒がすすみます。もちろんワインにも。料理に添えるケチャップやマヨネーズも自家製で作っていて、スパイシーだったりニンニクが効いていたりと、ドリンクと合わせて味の変化を楽しむのも良いと思います」
プレオープン時にいただいた前菜盛り合わせ。ウフマヨのマヨネーズと酸っぱいビールのペアリングもぜひ試してほしい
軽めの前菜から、本日のパスタまで食事メニューも充実している。アペロでも、しっかりとした食事でも、シーンを変えて自由に楽しめるのも魅力的だ。
また、地下には自由に出入りできるセラーがあり、生産数が少なく手に入りにくい貴重なボトルビールと、数百本を超えるナチュラルワインをストック。ウォークインでセラーを探検しながら、好きなものを選ぶこともできる。
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ランビックの美味しさに魅せられたオランダのTommie Sjef(トミーシェフ)のビールなど。Tommieはさまざまなブルワリーでつくった麦汁を、住まいに近い自然で採取した酵母を使って発酵させる。ランビックの造り手はその土地で収穫できる作物や果物を用いて酒造りをしているため、ランビックをはじめとするワイルドエールはワイン同様に風土を表すお酒なのだ
「ワイルドエールだけでなく、ワインも常時7種類ほどをグラスで飲んでいただけます。国も銘柄も関係なく、白、赤、ロゼ、オレンジ、僕が飲んで本当に美味しいと思ったものを。ウィークデイでも15時からオープンしているので、昼飲みでも、仕事終わりにサクッと一杯でも。ビールにナチュラルワインの他に、日本酒やスパイスを漬け込んだ焼酎もご用意しています」と木村さん。
幡ヶ谷のはしご酒に魅惑的な選択肢が加わった。
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SENNE
東京都渋谷区幡ヶ谷4-7-1 ダイショービル1F
15:00〜23:30(L.O. 無)
03-6300-7444
IG:@senne_hatagayaPhoto by Takuro Abe (写真 阿部拓朗)
Text by Nanako Aoki(文 青木南凪子)
Edit by Yoshiki Tatezaki (編集 舘﨑芳貴)