特集「朝食の時代」 #6

三軒茶屋[キクヤ]で「ティファン」に出会うモーニング


RiCE.pressRiCE.press  / Sep 29, 2025

「ティファン」という言葉を知っている?「Tea」と「Muffin」を合わせた、ちょっとした言葉遊びみたいな響きの「ティファン」は、南インドではれっきとした朝食や軽食を指す言葉。発酵させた米や豆の生地を蒸したり焼いたり、そこに野菜や豆のカレーを合わせる。つまりは軽やかで、栄養満点のモーニングセットだ。

RiCE.press編集部が、楽しい朝の時間を特集するシリーズ「朝食の時代」。今回は、そのティファンが三軒茶屋でも食べられると聞いて、ちょっと早起きして出かけてみた。

向かったのは、三軒茶屋駅から下北沢へと続く茶沢通りを歩いて5分ほど。通り沿いにある[キクヤ]は、この春から朝食をスタートした。夜はクラフトビールと一緒に楽しむスパイス料理でにぎわうが、朝は南インド式のモーニングを用意している。

「自分のライフスタイルの変化もあって、朝の時間をやりたいと思ったんです。ティファンという文化ももっと広めたくて」と話すのは、店主の三木基弘さん。

三木さんは15年ほど前、中野で複数の飲食店を切り盛りしていたが、40歳を前に「もう一度、料理の基礎を学び直したい」とフレンチレストランへ。修業を重ねるなかで、やがてスパイスに強く惹かれていった。そうして2022年1月、三軒茶屋に[キクヤ]をオープン。調理経験ゼロから積み上げてきた歩みと、ジャンルに縛られない柔軟さが、いまの[キクヤ]の軽やかな空気をつくっている。

三木さんが南インド出身のシェフ・リビンさんとアンシーさん夫妻に出会ったことで、[キクヤ]の朝は夜とはまったく違う顔を持つように。夜は日本的なアレンジを効かせたスパイス料理も多いが、モーニングはより現地の本格スタイル。「朝はなるべくフィルターを通さず、本場の味をそのまま出したいと思いました」

リビンさんの出身・ケララは、インド半島の左下に位置する海沿いの州。地理的に英語圏との交易が盛んで、クリスチャン人口が2割を占めるなど独自の文化を育んできた土地だ。ここでは小麦より米が主食で、朝は野菜を中心にシンプルな食事をとる。発酵させた米や豆の生地を、サンバルやラッサム、チャトニと合わせる。アーユルヴェーダ発祥の地とも言われ、胃に負担をかけず体を整える知恵が詰まっている。

そんなケララの文化を背景に持つリビンさんが得意とするのは、南インドならではの「野菜だけで深みを出す技」。さまざまな宗教背景から動物性を使わない料理が多い土地柄、玉ねぎやトマトをベースに旨味を重ね、豆やスパイスで奥行きを出していく。肉や魚を使わずとも、驚くほど満足感のある味わいになるのがリビンさんの料理だ。

リビンさんが手際よく焼き上げるドーサ。となりには揚げたてのワダも。

ティファンは基本的に質素で軽やか。でも[キクヤ]の朝食では、旅館の朝ごはんのように品数を盛り込んだ「ティファンスペシャルセット」も楽しめる。

南インドの朝食文化をそのままワンプレートに詰め込んだような「ティファンスペシャルセット」1,800円。ミニドーサ、ワダ、イドゥリ、ココナッツをベースにした2種のチャトニ、ウプマ、サンバル、パクチー入りオムレツ、ケールサラダまで盛り込んだボリューム満点な一皿。

「ティファンスペシャルセット」は、発酵させた米の生地を薄く焼いたクレープのような「ミニドーサ」、豆とスパイスでつくるドーナツ型の「ワダ」、ふわっとした米の蒸しパン「イドゥリ」などの定番に加え、ココナッツをベースにした2種類の「チャトニ」や野菜と豆のスープ「サンバル」、セモリナ粉を香ばしく炒めてスパイスと水で煮て仕上げた「ウプマ」など、豆や野菜をふんだんに使った料理が少しずつ並び、朝からインドを旅しているような気分になれる。

北インドの小麦文化に対し、南は米と野菜。さらりとしたカレーと発酵生地の組み合わせは、朝から体を目覚めさせてくれる。日本でいうなら、味噌汁とごはんのような存在かもしれない。

リビンさんの奥様・アンシーさんが食べ方を実演。ドーサやワダをちぎってサンバルに浸し、チャトニでお口直し。南インドの朝はこうやって楽しむらしい。

ティファンが主役の朝メニューだが、日本人に馴染み深い朝カレーの需要に合わせてミールスも用意している。「現地ではミールスはお昼のごはん。朝はあくまでティファンなんです。でも日本ではやっぱりカレーを朝に食べたい人も多いですから」と三木さん。

「スペシャルミールス」1,800円。ベジとノンベジが選べ、この日はチキンビンダルーとビーツの冷たいヨーグルトカレー。サンバル、ラッサム、バスマティライスはおかわり自由。野菜のおかずは季節や仕入れで頻繁に変わる。

ミールスは数種類のカレー、副菜、ライス、パッパラム(豆と米でできた煎餅)で構成され、決まった食べ方はない。「パッパラムを砕いたり、チャトニを加えたり、自分の好きな食べ方を見つけてもらえたらうれしいです」と三木さんが言うように、混ぜるほどに味が重なり、最後まで表情が変わっていく。朝のサンバルは塩分控えめで胃腸をやさしく起こす味付け。油もサラダ油ではなくココナッツオイルを使うことで、より軽やかに仕上げている。

わざわざ全国からインド料理ラバーが集まるのも納得の味。 本格派は手食で楽しむのもあり。

「朝は体を整える時間だから、スパイスも優しく。夜とのギャップも楽しんでほしい」と三木さん。

メニューはスペシャルセットのほかに、「ミニミールス」や単品など10種類以上。三木さん曰く「初めてなら『マサラドーサ』や『エッグチーズペッパードーサ』もおすすめ」(朝からビールも可!)。休日に少し早起きして、ティファンに出会えば、いつもの一日がちょっと軽くなりそうだ。

キクヤ
東京都世田谷区太子堂5-1-12 1F(Google Maps
8:00〜14:00 木曜日定休 *夜の営業はInstagramをご確認ください
IG 朝 @kikuyanoasa  夜:@kikuya_3cha

Photo by Shohei Hayashi(写真 林将平)IG @shohei_hayashi
Text by Sakurako Nozaki
(文 野﨑櫻子)

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