ラーメン屋から古き良き日本食の店へ
広島・尾道で愛される店[またたび]が新たに舵を切る
毎日のようにふらっと立ち寄る人もいれば、友人が尾道を訪れたらまず連れていく店、という人もいる。カウンター7席のコンパクトな店内で、客同士が自然と横並びになる距離感もまた心地いい。店に入りきらない人たちが、外でビールを片手にわいわい過ごすことも珍しくない。そんな光景もまた、[拉麺またたび]らしい日常のひとつだった。
店主の上田隆也さんは東京出身。10年ほどケータリングチームに所属し、撮影やウェディングなどさまざまな現場で料理をつくってきた。クライアントの要望に応えながら、多様な料理に向き合う日々。その後、自分の店を持ちたいと考え、スペイン料理店で修行を始めた。当初はスペインバルを開くつもりだったという。
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[拉麺またたび]最終日の様子。店に入りきらない人達が外でビール片手に語らう。
「当時、家の近くに通っていたラーメン屋があって。お酒を飲みながらラーメンを囲んで、みんなでわいわいやっていて、その雰囲気がすごく良かったんです。それで、ラーメン屋もいいなと思って。みんなが好きなラーメンを軸に、世界各国の料理の小皿や予想外の体験ができる店を目指していました」
東京以外で店を開きたいと思い、沖縄や九州、中国地方などを数年かけて巡りながら、出店場所を探した。「最初に尾道へ来たときは、正直そこまでピンと来ていたわけじゃなかったんです。でも時間が経つにつれて、なんだか気になる場所になっていって。妻も同じ感覚だったんですよね」
そんな折、リサーチを兼ねて尾道に1週間ほど滞在した際、90歳の女性がラーメン店を閉めたという話を耳にした。人づての縁がつながり、物件が決まった。
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醤油ラーメン(写真)や塩ラーメン、香麺など数種類のラーメンを用意。加えて酒のつまみも多彩で、居酒屋のように楽しむ人もいた。
「初期投資もそこまで大きくなかったし、とりあえずやってみよう、と」
名物の尾道ラーメン店が立ち並ぶ尾道。その商店街を抜けた先、居酒屋やスナックが並ぶ「新開」と呼ばれるエリアに、2016年[拉麺またたび]はオープンした。
当時の尾道は、いまほど移住者や新しい店が多くなかったころ。[拉麺またたび]は観光客向けというより、地元の人にとっては気軽に立ち寄れるたまり場であり、外から来た人にとっては新たなつながりが生まれる場所だった。
人と人が自然に交わり、同じ食卓を囲む。上田さんが思い描いていた風景は、少しずつ店の日常になっていった。
しかし、そんな[拉麺またたび]がラーメン店としての営業を終え、和食の店へと舵を切る。
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店内はコの字型のカウンターがメイン。上田さんを中心に席が広がる。
「日本人の食生活の歴史を知るなかで、体が求めるものも、つくりたい料理も変わっていった。自分がいいと思う、体になじむ料理を出したいと思うようになったんです」
今は世界中の料理が楽しめる時代。その一方で、昔ながらの和食を日常的に食べられる店や家庭は少なくなったと上田さんは感じたという。
その思いを後押しした出来事もあった。
「今年、祖母が100歳で亡くなったんです。祖母は昔、東京で居酒屋をやっていて。その記憶が一気によみがえりました。葬式では親族の前で、『おばあちゃんの店を継承したい』って話したんです」
モツ煮の匂いに包まれた店内。酒を飲みながら楽しそうに過ごす大人たち。店を手伝う母の姿。幼い頃に見ていたその風景は、上田さんが無意識のうちに抱いていた“店の原風景”でもあった。
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前店舗から引き継いだ赤提灯や飛騨高山の職人に新たに作ってもらった縄のれんが目印。古き良き日本らしさと遊び心が混ざり合う外観だ。
そして4月3日、場所を新たに[酒場またたび]がオープンした。店内はカウンター10席に小上がり4席、立ち飲みスペースも設けた構成。以前と同じように人との距離は近く、それでいて過ごし方はより自由になった。
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朝8時から提供している朝ごはんは、妻の洋子さんがこしらえる(1,100円)。
店は、朝ごはんと酒場の二つの時間で営業する。
「朝は、ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物、小皿。特別なものじゃなくて、ちゃんとした家庭のご飯ですね。昔から食べ続けられてきた食事を出したいんです。もちろん朝からも飲めますよ」
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毎日食べられる、馴染み深い料理が定番メニュー。仕入れによってつまみの種類も日々変わっていく。
昼からは煮込みやおでん、焼き物とともに酒を楽しめる。なかでもおすすめは、祖母の味を受け継いだもつ煮。さらに、妻・洋子さんが営んでいたカレー店[BOLERO]から引き継いだカレーも並ぶ。ラーメンが登場する日もある。SNSで告知しながら、気まぐれに。
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1本頼んだら次も食べたくなる焼き鳥。焼き上げる香りが食欲をそそる。
「お腹を空かせて来た人がいたら、その日にあるものを出したいんです。丼ものなんかも今後やりたいですね。『今日は何があるかな』『またたびに行けば何かある』みたいな。友達の家に遊びに行くような、そんな店になったらいいなと思っています」
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木工職人の知人による看板は、昔の農具や包丁などを用いて[MATATABI]の文字を表現したもの。
店名の「またたび」は、そのまま残した。
「疲れた旅人がまたたびの実で元気を取り戻した、という話があるでしょう。この店に来て少しでも元気になって帰ってもらえたらと思ってるんです。この思いは、店を始めた頃からずっと変わらないですね」
オープン直後から、店は再び賑わいを見せている。[拉麺またたび]時代の常連、街の人々、旅人、海外からの客。焼き鳥の煙が漂う店内で、人々は料理と酒を囲み、近い距離で語り合う。
店のかたちは変わった。それでも、上田さんがつくろうとしている風景は、あの頃から変わっていないのかもしれない。
「毎日のご飯は、自分で選べるもの。体になじむ、古き良き食文化を伝えて、この店に来たみんなに元気になってほしい。海外の人にも、日本の食文化の豊かさや面白さを知ってもらえたらうれしいですね」
酒場またたび
広島県尾道市十四日元町3-34
営業時間 8:00~21:30(21:00 L.O)
木曜定休
※15時~17時ごろに一度閉める場合あり
※休みの日などは通し営業
IG @sakaba_matataviPhoto by Mina Okada (写真 岡田美菜)IG @mn_hal_
Text by Akari Koyanagi(文 小柳亜加莉)IG @koyadesu