[チオベン]で学んだ技術と、北欧の空気が息づく

松陰神社前の小さなお惣菜と弁当屋さん[75foods]


RiCE.pressRiCE.press  / Dec 4, 2025

ファッションの世界から、お弁当の道へ

最寄りは世田谷線の松陰神社前駅と世田谷駅。ともに徒歩5分ほど。RiCEでもおなじみの[マルショウ アリク]のお隣だ。

世田谷線・松陰神社前。二両編成のローカル線がゆっくりと走るこの街に、20258月、お惣菜と弁当の店[75foods(ナナゴーフーズ)]がオープンした。店名の“75”は、店主・吉森なな子さんの名前ナナコにちなむとともに、炊きたてのご飯が最もおいしい温度=75℃にも由来している。

ファッション誌などの撮影用のケータリングとしてもファンが多い[75foods]のお弁当。この日も店の営業と並行してケータリングの仕込み中。

もともと文化服装学院でファッションを学び、卒業後はファッションブランド[ミナ ペルホネン]でEC販売の仕事に携わっていた吉森さん。服だけでなく器や暮らしのものを撮影するうちに、食の世界へ心が引き寄せられていった。「会社員時代は忙しくて、せめて食だけは整えたいと思って毎日お弁当を作っていたんです。続けるほどに、もっと極めたいと思うようになりました」。

料理未経験からの修行。そして人生の宝物

そんな思いが、山本千織さんの[chioben(チオベン)]へと導いた。未経験から飛び込み、4年半、千織さんのそばで料理の基礎や大量調理、盛りつけのセンスを学んだ。「千織さんの仕事を近くで見られた経験は、本当に人生の宝物だと思っています」と吉森さん。迷いのない手の動き、調味料の選び方、仕上げの感覚──そのすべてが、今の[75foods]の礎になっている。

リズムよく人参を切る音が、朝の店内にやさしく響く。吉森さんの手仕事はいつも穏やかだ。

独立後はケータリングや間借り営業を続けるなかで、「自分の店を持ちたい」という思いが徐々に強まっていった。探したのは世田谷線沿線。「秋田出身なので、二両のローカル線にすごく親近感があって。大きな公園もあって、街の空気も穏やかで、ずっとこの辺りで探していました」。そして巡り合ったのが、現在の物件。個人店が多い地域のやさしさにも支えられ、迷いなく始める決心がついたという。

“あると嬉しい” 惣菜を中心に

惣菜・弁当・イートインを備えた店のスタイルは、「自分が帰り道に欲しいもの」から生まれた。「コンビニもいいけれど、人がちゃんと作った“手の味”が食べたい瞬間ってありますよね。実家に帰ると満たされる、あの感じ」。揚げ物や煮物のように“家でつくると少し面倒だけど、あると嬉しい” 惣菜を中心に、ほっとできるごはんを届けたい。それが[75foods]の原点だ。

入口すぐのショーケースには、今日の弁当と惣菜がずらり。手づくりの温もりが、ガラス越しに伝わってくる。

基本メニューは週替わりのお弁当と、作りたての惣菜。卵焼き、唐揚げ、季節の魚、コロッケ、煮物、そして3種の漬物など、旬な食材を使ったおかずが並ぶ。“まる・しかく・三角”のピースがパズルのように美しく収まる盛りつけは、修業先の[チオベン]で培った盛りつけの哲学と、吉森さんが大好きだという浅草[舟和]の“あんこ玉”から受けた影響が溶けあったものだ。

ご飯と惣菜が美しく収まるように配置された[75foods]のお弁当。一つ一つのおかずがどれも魅力的。

店内のイメージはヘルシンキのパン屋さん

店内のテーマはフィニッシュデザイン。「ミナ ペルホネンで働いていた頃から北欧の雰囲気がずっと好きで。自分の店を持つなら、赤い床と水色のカウンターにしたい、と最初から決めていたんです」。イメージの源になったのは、ヘルシンキのパン屋[ウェイベーカリー]。「パンは驚くほどおいしく、店内はかわいらしくて、スタッフも優しい。明るくて元気をもらえるお店で、私の理想が詰まっているんです」。その憧れが、[75foods]の随所にやわらかく息づいている。

イートインもOKな店内。カウンターのほか、お子さま連れやワンちゃん連れでも使えるテーブル席が用意されているのもうれしい。

オープンからほどなく、昼は近隣の職場の人たちが弁当を求め、夜は家族連れや常連が惣菜を買いに訪れるようになった。今後は甘いメニューを増やしたり、地域の作家や飲食を志す人が活用できる場所にもしていきたいという。

デンマークの市場で見つけた缶詰や、吉森さんがマカロニサラダに愛用しているパスタなど、好きがそのまま並んだ棚。眺めるだけで旅をした気分になれるアイテムが並ぶ。

ほっとできて、頑張る人を応援できる場所に

「ここに来たら、美味しいものがあって、ほっとできる。そんな店でありたいです。頑張っている人を応援できる場所にもなれたら」と吉森さん。

赤い床に陽が射し、ガラスケースの惣菜がきらりと光る。世田谷線の音が微かに響く日常。この店が地域に愛されはじめているのは、丁寧な仕事や美しいお弁当だけの理由ではない。

その空間に立つ吉森さん自身の存在が、[75foods]の空気を決定づけている。笑うと頬がふわりとゆるむ、無邪気でキュートな笑顔。料理の話をすると声が弾み、こちらまで心が温かくなる。

明るい笑顔で接客する吉森さん。初めての方から常連の方まで会話が弾む。この空気感が[75foods]の心地よさをつくっている。

“誰が作っているか”で、食はこんなにも表情を変えるのだと気づかされる。[75foods]が、近所の人々にとって特別な店になりつつある理由は──この人の作ったごはんが食べたい、と思わせてくれるから。

なな子さんがそこに立つだけで、店の空気がふっと明るくなる。その存在こそ、[75foods]を特別な場所にしているのだと思う。

この日、手伝いに来ていた妹さんとの姉妹ツーショット

75foods
東京都世田谷区世田谷4-20-3 102
11:3017:30
日月火 定休
IG @75foods

Photo by wacci (写真 wacci)IG wacci___
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)

 

 

 

 

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