その一杯が記憶になる。背筋が伸びる、いい酒場

日本酒の楽しみ方に、新しい景色を。池尻大橋の[日 酒場]へ


RiCE.pressRiCE.press  / Aug 30, 2025

気心の知れた友人と酒を酌み交わす夜もいい。けれど、不意に思い出すのは、静けさの中でただ料理と向き合った時間だったりもする。背筋がすっと伸びる空間で、音楽に身を委ね、香りや温度にゆっくりと意識を傾ける…。そんなしみじみと味わいたくなるひとときが、東京・池尻大橋にある小さな酒場[日(ひ)酒場]にある。

日本酒の楽しみ方そのものを編集し、新しい体験として提供したい。そういった思いからこの店はスタートした。

たとえば日本酒にトニックウォーターを合わせる「酒トニック」や、すだちを使った爽やかな「すだちロック」など、日本酒をもっと自由に、気軽に楽しめる“日本酒遊び”を提案する。

日本酒の種類は約30種類以上。もちろん、熱燗だってある

「日本酒って、味はもちろん美味しいのだけど、“どこでどう飲むか”で感じ方がぜんぜん変わるお酒だと思うんです。だからこそ、料理との相性や飲み方、空間も含めて、全部まとめて自分たちなりに設計したかった。そこに、日本酒が今よりも広がっていく可能性を感じているんです」と話すのは、共同代表の一人、奈雲政人さん。

その結果として、「集中して味わう」という時間を大切にする空間が生まれた。「緊張感」と言っても肩肘張った堅苦しさではなく、背筋が自然と伸びるような心地よい「緊張感」。静けさの中で、目の前のお酒と料理に集中することで、味わいがより深く記憶に残る。それが、この店が目指す体験。

「居心地が良すぎても、味の印象は薄くなる。少しの緊張がある方が、酒もうまくなる。いい酒場は、基本そうなんです。丁度良い緊張感を、どう宿らせるか」と語る言葉には、酒場文化への深いリスペクトが伝わってくる。

そんな思いがあるからこそ、[日  酒場]では単に「酒がうまい」だけで終わらない仕掛けがいろいろとある。酒の友ともなる肴にも手が凝るのは自然な流れだ。

カウンターで腕を振るうのは、料理人の西田憲哉さん。福岡の[女とみそ汁][Whisky Et Vin Un Canon]や門前仲町の[酒肆 一村(しゅしいっそん)]など、数々の名店で研鑽を積んだのち、この店へ。

西田さんが料理の世界に入ったのも、高校卒業後に訪れた福岡のバー[アフター・ザ・レイン]が、飲食への原点だった。「集まっていた大人たちがとにかくかっこよくて。“こういう大人になりたい”と思って通ってるうちに、いつの間にかバイトしてました」筋金入りの飲食ラバーだ

料理人としての実力はもちろん、自身も大の酒好きというだけあって、飲み手としての勘どころにも長けている。

たとえば、最初に出てくるお通し。この日は、焼き浸し、マカロニサラダ、鯖寿司の三品。「オールグリン」と名付けられた焼き浸しや鯖寿司に、酒場好きなら、新宿や京都の“あの店”の面影を感じるかもしれない。そんなふうに、敬愛する酒場へのささやかなオマージュが、メニューのあちこちに忍ばせてあるのも、長く酒場に通ってきた人間だからこその遊び心だ。

季節の緑野菜にニラを添え、ごま油とにんにくで香りを立たせた「オールグリン」。本家は炒め物を、焼き浸しにアレンジ。「ずわいがにのほぐし身を入れてリッチに仕上げた」というマカロニサラダは、ほんのり効かせたからしがアクセント。一口サイズの鯖寿司が、きゅっと胃を動かしてくれて、空腹をほんの少し満たしながら、お酒へのスイッチが自然と入る

こちらは銀座のバー[ロックフィッシュ]を彷彿とさせる「氷なしハイボール」。合わせるのはスパイシーな花椒の刺激と肉の旨みを引き出すように仕上げた「麻婆ビーフン」。 ハイボールは氷を入れない分、キンキンに凍ったグラスに冷えたウィスキーと凍る直前のウィルキンソンをドボドボと勢いよく注ぎ、最後にレモンピールで香りづけ。

レモンのほのかな香りと炭酸のキレが、旨みたっぷりのビーフンを軽やかに受け止め、口の中に心地よい余韻が残る。酒と料理、互いの個性を引き立てながら、酒場の楽しさを再構成するコンビネーションに思わず、グラスと箸が止まらなくなる。

また、敬愛する店からのインスピレーションに加えて、自身のルーツもメニューに落とし込まれる。福岡の名店[女とみそ汁]で教わった「塩むすび」は、その象徴的なひと品。

「“おにぎり”じゃなくて、“おむすび”なんです。握るんじゃなくて、結ぶ。そう教えられてきました」

角度を定め、ふんわりと手で「結ぶ」ことで、かぶりついたときの口当たりが驚くほどやさしく、美しい形になる。米は炊きたてを蒸らさず、そのまま熱いうちに結ぶ。まさに手の感覚だけが頼りの一発勝負だ。

添えられているのは、「佐土原ナス」という品種を使った自家製の漬物

そしてもうひとつ、受け継がれた味がシグネチャーのレモンサワー。以前西田さんが働いていた、東京のレモンサワーブームの火付け役とも言われる、門前仲町の[酒肆 一村]で学んだレシピをベースに、西田さん流のアレンジを加えている。

ジンにレモンの皮を漬け込んで自家製リキュールを仕込み、少量の砂糖でえぐみを抑えながら、まろやかで奥行きのある味に仕上げているのが特徴。甘さの中にもレモンの皮の苦みがきいていて、甘いだけじゃない大人のレモンサワーだ。

塩を振り、一夜干しにしてから昆布で締めて揚げた「昆布〆手羽唐あげ」。西田さんのご実家が作る柚子胡椒が添えられる

「この店は、[酒肆 一村]での学びも、福岡での経験も、自分のこれまでの歩みも、全部を持ち寄ってできて、店の軸になっています。オマージュやリスペクトを欠いたコピーはすぐに見抜かれてしまう。単に“かっこいい”だけではなく、どれだけの時間と経験を重ねてきたか。その積み重ねが、店の奥行きを生むんだと信じています」

レコードの音もまた、この店を形づくる大事なパーツ。「綺麗すぎない音がちょうどいい」圧迫感を避けたスピーカーと心地よい音設計で、静かにお酒と向き合える空間に

なるほど。酒のペースにぴたりと合う肴なのは、飲み手としての目線と料理人としての腕が交わり、蓄えられた経験が味に深みを与えているから。どこか馴染みやすく、でも新しい。そのさじ加減に、この店のセンスと酒場愛が滲んでいる。

日(ひ)酒場

住所:東京都目黒区東山3-14-1 東山共同ビル2F

営業時間:18時~22時30分 L.O 水曜休

初回はお通し(1,500円)と3,500円のコースのみ。2回目以降はアラカルトも注文可。なお、窓際の立ち飲み席は予約不要で利用OK。

Photo by Eisuke Asaoka(写真 朝岡英輔)IG @eisuke_asaoka_photography
Text by Sakurako Nozaki(文 野﨑櫻子)

WHAT TO READ NEXT

RiCE編集部からお便りをお送りしています。

  • 最新号・次号のお知らせ
  • 取材の様子
  • ウェブのおすすめ記事
  • イベント情報

などなど……RiCEの今をお伝えするお手紙のようなニュースレターを月一回配信中。ご登録は以下のページからアドレスとお名前をご入力ください。

ニュースレターの登録はコチラ
PARIYA CHEESE STAND Minimal Bean to Bar Chocolate
BALMUDA The Kitchen
会員限定の最新情報をいち早くお届け詳しく