シティライツ・レストラン 010

細部の組み合わせにより、空間に人間性が宿された蕎麦処


Yuya UenumaYuya Uenuma  / Jul 15, 2025

梅雨が一瞬で過ぎ去り、7月に入ったばかりというのにもう天気は夏模様。祇園祭りの開催期間に入りちらほらと鉾建てが始まり、京都は夏本番に向け動き出しています。

そんな季節に入ると僕は冷たい麺類を食べることが急増し、前回の[中華のサカイ]に続き今回も冷たい麺類を紹介しようと思います。

今回のお店は[とおる蕎麦]という、店主の方が一人で切り盛りをするカウンター8席のミニマルなお店です。初めて訪れた時は会社の先輩に連れていってもらい、その際に店内の佇まいや、細部に現れる店主の方の個性、もちろん蕎麦のクオリティも含めて一瞬で虜となり、食べながらRiCEの連載に書きたいと思いました。ちなみに、連載は毎月書くことを目標としながらも、なかなかコンスタントに書けていないのはこういった出会いが高頻度では起きないことが大きな理由で、決して怠けているわけではありません。多分。

前回は平日のランチで訪れ気分は仕事モードだった反動もあり、次は休日のお昼に日本酒でもひっかけながら過ごしたいと思っていました。数日前から日曜の昼を[とおる蕎麦]で過ごすと決め、ようやくその日が訪れました。

15時までの営業ということなので、お昼時のピークを避け14時過ぎに向かったのですが、それでも3名待ち。お昼を敢えて遅らせたことによる絶望的な空腹と闘いながら、なんとか数分後に席に着くことができました。待ち席の目の前には店主の方の写真がいくつか飾られていて、人間性が空間に落とし込まれた細部に着席前から痺れていました。

メニューは写真のミニアルバムを使いオリジナルで作られていて、装丁には店主の方が撮影したであろう写真が印刷されています。各メニューに使われている写真もそれぞれ異なっていて、蕎麦が到着する前からこのお店の魅力に引き込まれていきます。

注文したのはざる蕎麦の1.5倍盛り。蕎麦の出来上がりを待つ間にお盆に乗せられたそば茶とお漬物を食べながら、胃の準備を進めます。小諸蕎麦ではざる蕎麦2枚盛りを頼む僕からすると、1.5という選択肢があるのは嬉しい。

カウンター席の目の前で作業される店主の方の仕事っぷりが綺麗で、「おしー」「おいしょ」と軽快にリズムを取りながら手際よく作業を進めている姿には見惚れてしまいます。その光景だけでお酒が進みそうなほどですが、この日は前日のアルコールが抜けておらず、お酒は我慢。

ざる蕎麦が到着すると記事のために写真を撮りましたが、写真を撮る時間が惜しく感じる程、店主の方のテンポ感に引き込まれており、さっと写真を済ませ勢いよく蕎麦を啜っていきます。

十割だとボロボロしたり、少し味にもたつきを感じることもあると思いますが、[とおる蕎麦]はそれらのやぼったさとは無縁で、食感と香りのバランスがとても繊細、好みな十割蕎麦です。お写真を撮り店内にその作品を散りばめる感性が、お蕎麦の表情からも伝わってきます。

蕎麦つゆもいわゆる京都の出汁を利かせた優しい味わいではなく、東京らしい力強い味わいのつゆで、東京の蕎麦つゆカルチャーで育ってきた身からすると、京都にもこういったお店があることがとても心強いです。そして、蕎麦つゆが蕎麦猪口とは別のグラスに入り提供してもらえるのも、蕎麦湯が大好きな僕はとても嬉しいのです。

また、前回このお店に訪れた際に会社の先輩から教わった「山葵はつゆに混ぜず、麺に乗せて食べる食べ方」に魅了され、この日も山葵・大根おろし・ネギをつゆには溶かず、一口一口の気分に合わせ、麺に乗せたり、麺と一緒につまんだりしながら食べ進めていきます。

ものの数分で食べ終えると、使い切れない程の量が容器に入った蕎麦湯が提供され、食後のお茶のような感覚で気持ちを落ち着かせながら飲んでいきます。十割のお蕎麦を茹でたお湯ということで、味わいや香りが力強く、粘り気すらある蕎麦湯とつゆを溶いて、食後の胃を労わります。蕎麦湯だけでも飲んでみましたが、これだけで満足して飲めてしまいます。

蕎麦湯とともに食後の余韻を少しだけ噛みしめていると、僕が使用していたGRを指さし、「新しいカメラですか?」と声をかけてくださいました。実はこの一言で店内のお写真が店主の方の作品であることに気づき、小さなピースたちが一気に繋がり感動しました。

閉店作業に移りたいであろう時間でもあるので、話し出すことは避け、「美味しかったです。また来ます。」という意思証明だけして、お店を後にしました。お店の入り口から石砂利道を少し進んだ奥にカウンター席が並んでいるというお店のレイアウトのせいか、店外に出るといきなり日常に引き戻された感覚で、小旅行のような昼食時間でした。

[とおる蕎麦]にはお店の造りや店内の意匠、店主の作業姿など、あらゆる角度から、その人の物語が表現された空間が広がっていて、また行きたいというよりも「通いたい」と思うお店です。そこには店主という人生の先輩との対話にも似た時間でもあり、一人で蕎麦を啜るというシンプルな行為を通して自分と向き合う時間が流れているのです。より一層京都のことが好きになりました。

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