「向こうでなんかやってやろう」「20日くらい空の上」「旅は圧倒的にインプット」

JALカクテルアドバイザーに就任した後閑信吾さんの“旅”


アジア最高のバーアワード「ASIA’S 50 BEST BARS」に5年連続で選出、直近の2023年は14位を受賞した[The SG Club]をはじめ、国内には[ゑすじ郎][El Lequio(エル レキオ][æ(アッシュ)]、国外では上海に[Speak Low][Sober Company][The Odd Couple]、ニューヨークに最新店舗[Sip & Guzzle]を展開するSG Group。そんな世界的なバーカルチャーカンパニーを率いるバーテンダー・後閑信吾さんだが、202310月にはJAL(日本航空)のカクテルアドバイザーに就任した。「一つの目標だった」と語る今回の抜擢について聞くとともに、後閑さんにとっての「旅」についてインタビューを行なった。

渋谷[The SG Club]の2階(SAVOR、会員制)にて

——202310月にJALのカクテルアドバイザーに就任されましたが、まずその経緯についてお聞かせいただけるでしょうか。

 元々、ずっとやりたいと思っていたんです。海外だと、たとえば中東やイギリスの航空会社では、バーテンダーがカクテルメニューのアドバイザーをやっているということは知っていました。日本の航空会社でも、シェフとソムリエに関してはアドバイザーとして入っているところがありましたが、バーテンダーというのは前例がなかったです。もう10年くらい前から、いつか日本の航空会社でバーテンダーとしてこういうことがやれたらいいな、と。個人的な目標の一つとして、ずっとそう言い続けてきたこともあって、ある時にそれを人伝てに聞いてくださったJALの方たちがお店に来てくださった、というのがきっかけですね。2016年からJALのワインアドバイザーとしてやられている大越(基裕)さんからも推薦をいただいたりと、感謝しています。

——その他に、シェフの米澤文雄さんもヴィーガンメニューを担当されていますよね。米澤さん、大越さんは、SGでもコラボされたりしていますよね。

 そうですね。本当にこれは偶然なのですが、ちょうどJALの新しい機体がデビューするというタイミングで、カクテルやヴィーガンメニューをローンチさせるということにもなっていて、別々でお声がけいただいた形です。元々、彼(米澤さん)とは古い友人ですし、このタイミングでみんな揃ってというのはいい偶然で、すごくよかったです。

沖縄[瑞穂酒造]との出会い

——今回のメニューでは、オリジナルの黒糖リキュールをフィーチャーされていますね。

 泡盛ベースの黒糖のリキュールを使用したものをまずは出させてもらっています。今はファーストクラスだけなのですがゆくゆくはその他のクラスや別の路線でもやらせていただきたいと考えています。機内のスペースの制約というのは皆さんが思う以上に厳しいものなのですが、今後、僕らの方でもできることを増やしながら、メニューを増やすことができればいいなと思っています。

——今後の展開が楽しみです。その際、日本のお酒を世界にショーケースしていく形なのか、それとも世界に飛び立つ一歩目として海外をテーマにするのか、色々と選択肢がありそうですね。

 もちろんクライアントの判断があってのことではあるのですが、基本的には日本のお酒を使ってやっていくイメージです。焼酎だったり、今使っているようなリキュールだったり、他にも計画しているものがあるのですが、国産のお酒でやっていけたらいいなと思っています。

——黒糖リキュール「KOKUTO DE LEQUIO」は、SG Groupと沖縄の[瑞穂酒造]が共同で開発したものですし、以前ご出演された『アナザースカイ』の印象もあり、後閑さんといえば沖縄によく行かれているイメージを持っていたのですが、実際どれくらい行かれていますか?

 他にも行くところが多いので、そんなに頻繁には行けてないんですけど、大体年に4回とか5回ですね。1回の滞在は1週間くらいです。今はお店(20223月に那覇市でオープンした[El Lequio])に立つというよりも、商品開発を一緒にやっている[瑞穂酒造]に行って新しいプロダクトのミーティングやテイスティングをしたりブレンドをしたりということが多いです。

 ([瑞穂酒造]の仲里彬さんとの)出会いは1年半前くらい前ですが、[El Lequio]をオープンしてすぐに来てくれて、「蒸留所を案内させてください」と招いてくれたのが最初です。彼は洋酒だったりリキュールだったりビターズを造っていて、また泡盛や黒糖の現状を聞かせてもらい、その日に「こんなのやりたいね」という話から、「KOKUTO DE LEQIUO」という名前も同時に考えて。そうしたら、彼は次の日くらいに試作を持ってきて、とんとん拍子で形になりました。沖縄で廃棄されてしまっているものを使いながら、サトウキビや黒糖、泡盛を盛り上げていくこともできたらいいなと。

“琉球の黒糖”という意味の「KOKUTO DE LEQUIO」。フルーティーな泡盛をベースに、個性の異なる黒糖を溶け込ませた。詳細・購入は、OneSpirit(仲里さんが立ち上げたスピリッツブランド)のウェブサイトから

——沖縄の名産品が廃棄されてしまっている、というのはあまり知られていない気がします。

 特にコロナの最中は酷かったと聞いています。今では少し良くなってきているとは聞いているのですが。とは言え、沖縄が誇る名産の割には海外の人は誰も知らないというのが現状で、結局お土産需要しかない。こんなにいい素材があるなら、お酒として使うことでいろんな人にしってもらいたいなと思いますね。黒糖でラムを造ると全然味が違うし、他の国のブラウンシュガーと比べてすごく質が高いのでリキュールにしてもいい。

——とんとん拍子で開発が進んだということから、仲里さんと後閑さんの相性もよさそうですね。

 そうですね、お互いバックグラウンドは違いますけど目指すところが一緒で。細かいブラッシュアップをしながら次のプロダクトもつくっているんですけど、鼻も効くし、味覚もすごくいい。パッションがあって、知識も膨大で、センスもすごくあるので、これからの蒸留家というか洋酒を背負う立場としては宝だと思いますね。

——日本で造られる蒸留酒全般、後閑さんから見て、世界に自信をもって持っていけるものは増えていますか?

 焼酎はまだ知られていないだけなので、いつでも自信を持って出せるものだと思います。例えばメキシコの地酒のメスカルは、世界的にはほとんど知られていなかったのにアメリカで流行ったことで世界中に広まって、評価がどんどん高まった。焼酎もまさにそれで、ようやく国も焼酎というものを広めようという活動が増えてきた中で、外国人も「SHOCHU」という単語を覚えてきているので流れとしてはいいと思います。

23歳で単身渡米、世界的なバーテンダーにとっての旅

——後閑さんご自身は23歳の頃に渡米されたかと思いますが、それ以前に海外経験はあったのでしょうか。

 旅行で行ったことがあるくらいで、本格的な海外経験はその時が初ですね。

——それ以降は世界を股にかけてご活躍されているイメージですが。

 でも数年間はずっとアメリカです。各地を飛び回るのは世界大会で優勝(2012年に「Bacardi Legacy Cocktail Competition 2012」に米国代表として出場し優勝)してからなので29歳とかから。それまでは、ただただひたすらお店で働く生活だったので20代はどこも行っていないですね。ニューヨークで生活していました。

——海外に飛び立つ時というのは記憶に残っているものだと思うのですが、その時の気持ちは覚えていますか?

 その日のことははっきりと覚えていますね。当時は、不安もあったと思いますが、それよりも圧倒的に「向こうでなんかやってやろう」という気持ちの方が大きかったでしょうね。わくわくというよりも、なんかやってやろうみたいな、試合の前みたいな、そういう気持ちだけでやっていたような気がします。

——米澤さんとはニューヨークで出会ったのですか?

 向こうに誰も知り合いはいなくて。ニューヨークに行って来なよって背中を押してくれた人が、ヨネくんを紹介してくれたんです。メールでちょっとやりとりして、向こうでの生活のアドバイスとかをもらっていたのですが、「空港まで迎えに行ってあげるよ」って言ってくれて、空港ではじめましてでしたね。家も携帯もまだなかったので最初は彼の家に居候して彼の名義で携帯も借りてましたね。

——そんなに濃いエピソードがあったとは。ちなみに今、仕事でいろんなところに行く割合が多いと思うのですが、それでも旅先でプライベートな時間は取れるものですか?

 プライベートだけで旅行に行くこともほぼないので、スイッチを切り替えるというより趣味の先に仕事がある感じですかね(笑)。

——仕事の延長とは言え、旅は楽しいものなわけですよね。

 楽しいですよ。 ただ隣町に行くのとあまり変わらないかもしれないですね。 明日は香港に1泊で行ってくるんですけど、沖縄に行くのと北海道に行くのとなんら変わらない心境というか。

——海を渡るのと出かけるのと、もう同じようなこと。

 行ったことのない国やめったに行かない国に行くときは多少違いますけど、もう毎週どこかに行っているのであんまり感じなくなっちゃってますね。

——旅の準備はどんな感じですか?

 常に動けるようになっているので早いですね。スーツケースは常に部屋に広げてある感じなので。2023年に飛行機に乗っていた時間を何となく計算したら、20日くらい空の上にいました(笑)。

——ひと月に迫ろうか、というほどですね。旅の道具でこだわっているものや使い続けているものはありますか?

 スーツケースはずっと「RIMOWA」の大きいのと小さいので旅しています。2012年の世界大会優勝した時からそれを使っていたのですが、この間、40の誕生日の時にビジネスパートナーから同じ大きさの新しいもの貰いました。

——どこかに行けば必ず誰かと会ってという感じでしょうから、常に予定も埋まった状態で?

 そうですね、ただ東京にいる時の方が打ち合わせや取材などが多くて忙しい感じです。旅先の方が、割とゆっくりする時間があると思います。

——後閑さんにとって旅はインプットですか、アウトプットですか?

 圧倒的にインプットですね。もちろんアウトプットもしながらですけど、インプットの要素の方が多いと思います。

——2023年を振り返っていくつか印象的なインプットありましたか?

 たくさんあったでしょうけど……印象的な国はケニア、コロンビア、インド。初めて行ったので。目的もタイミングもそれぞれ全然別でしたが、すごく印象的でしたね。インプットって、見たものが少しずつ蓄積されていって、アウトプットする時に自分のフィルターを通してドカっと出ることでようやく意識されると思うんですよね。だから、何かがすごいインプットとして残るというよりは、細かい蓄積なんです。こういうお店を作ろうとか、何かしようという時に、そういう蓄積されたインプットからフィルターを通して出てくるっていうイメージ。なので、衝撃的なインプットみたいなのはないと思っています。

——後閑さんのコンセプトづくりは、いろんな世界の情報・コンテクストが本当に感じられるので、インプットというか、常に吸収されているんだろうなと思っていたんですけど、いつもフラットに感じる方が大事ということですよね。

 それが別に海外じゃなくても、渋谷でインプットしていることも自然にしているでしょうし、割とアンテナはずっと立っているというか、ずっとその状態、みたいな感じなんで。知らない食材があったらどこでも食べるし。

——今年の旅の予定を教えてください。新しい国にも行かれるでしょうか。

 新しいところでは、ドミニカに行きます。僕の場合、バーのマーケットがあるところに呼ばれることが多いので、あちこち行っているようでわりと同じところに行っていますね。多いのはメキシコ、イタリア、タイ、ギリシャなど。去年イベントで行ったコロンビアとケニアには今年もまた行く予定です。

——バーの文化は世界中どこにでもあるものですか?

 大きな街には大体あります。アフリカでも中東でも。経済的にこれから上がってくる国では自然と盛り上がってくるので、そういうところに呼ばれることが多いですね。なので今インドが増えています。

——日本人が海外に行った時、その街のバーに飛び込んでみるのは少し勇気がいる気がするのですが、楽しめるものでしょうか。

 もちろん、楽しいと思いますよ。日本はバーのスタイルが他の国とかなり違うんですよね。日本人の方がイメージするバーって、熟年のマスターが長いカウンターの向こう側にいて、静かで大人の空間というような感じだと思うのですが、実はそういったバーは海外にはほとんどないです。なかなか刺激的で、衝撃を受けるんじゃないかなと思うので、ぜひトライしてほしいです。

後閑信吾|Shingo Gokan
SG Groupファウンダー。2006年に渡米。2012年には世界大会で優勝、2017年にはInternational Bartender of the Yearを受賞するなど世界的バーテンダーとして活躍。
WEB sg-management.jp
IG @shingo_gokan


Interview, Text & Photo by Yoshiki Tatezaki(取材・文・写真 舘﨑芳貴)

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BALMUDA The Kitchen
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