下高井戸[dirty spoon]がバレンタインにオープン
20代の同世代でつくる新しいベイクショップのかたち
2月14日、東京・下高井戸にベイクショップ[dirty spoon(ダーティースプーン)]がオープンする。オーナーは越川萌音さん。フリーランスのパティシエとして人気を集める一方で、彼女の魅力はお菓子づくりにとどまらない。プロップやフードのスタイリストとしても活動し、菓子を入り口に、アートやカルチャー、ファッションがまじり合う世界をつくってきた。 これまでSNSやイベント出店を通して紡いできた彼女の“好き”と“美味しい”が丸ごと詰め込まれた店舗が誕生するとあって、オープン前から期待が高まっている。
![]()
[dirty spoon]のブランドカラーは“赤”。床一面も赤にするなど、この店の世界観を象徴する色としてアクセントになっている。
小学生の頃から、お菓子をつくることが日常だった越川さん。最初は自分のための行為だったが、つくったものを誰かに食べてもらい、「美味しい」と言われることのうれしさが、次第に原動力になっていった。中学に入る頃には、調理の道へ進むことを決めていたという。調理系の高校に進学し、基礎を学びながら、卒業と同時に調理師免許を取得。その後、製菓の専門学校へと進み、本格的に菓子づくりの世界へ足を踏み入れた。
卒業後に選んだのは、伝統と技術を重んじるフレンチの現場。世界的なフレンチレストランのラボラトリーに配属され、焼き菓子のセクションを担当することになる。ここで本格的に焼き菓子と向き合った経験が、現在の[dirty spoon]の軸にもなっている。一方で、クラシックを重んじるフレンチの文化の中で、「もっと自由に表現したい」「もっといろんな人に届くお菓子をつくりたい」という思いも芽生えていった。
その後、カフェに転職し、メニュー開発に携わる日々へ。パティシエとしての技術を磨きながらも、より自由な表現の場を求め、フリーランスとして活動するようになる。イベント出店やポップアップを通じて焼き菓子を届ける一方で、プロップやフードのスタイリングにも関わり、菓子を起点に空間や世界観をつくる表現へと広がっていった。
![]()
「最後まで舐めたくなる“汚れたスプーン”のように、もったいないと思うほど愛おしく、美味しいお菓子を」。そんな思いを込めて名付けた店名[dirty spoon]。フリーランス時代から使い続けてきた屋号でもある。
実店舗を構えるにあたって、越川さんは特定のエリアに強いこだわりを持っていたわけではなかったという。重視したのは、立地よりも「箱の良さ」と、そこでどんな風景が立ち上がるかという直感だった。物件探しの中で出会ったのが、下高井戸のこの場所。かつてはレコードショップだったという物件は、飲食店仕様ではなく、設備面では一からのつくり込みが必要だった。保健所の申請を含め、飲食店として成立させるまでのハードルは高い。
それでも実際に街を歩いてみると、下高井戸の空気感は越川さんの感覚と不思議と重なった。下町のような親しみやすさがありながら、どこか余白のある街並み。住んでいる人が多く、日常の延長線上で立ち寄れる距離感がある。知り合いの店も点在しており、顔の見える関係性の中で店を育てていけそうだと感じたという。
「ふらっと寄れて、日常的に使ってもらえるお店にしたい」。
散歩の途中に犬を連れて立ち寄る人。近くの公園帰りに寄る家族連れ。下高井戸には、そうした生活のリズムが自然と流れている。
![]()
内装で唯一プロの大工に依頼した、3〜4メートルのロングカウンター。キッチンの使いやすさはもちろん、イートイン席とのバランスも考えて設計された、店の中心となる場所。
[dirty spoon]の空間づくりも、内装会社に勤めていた友人と相談しながら進めた。業者に一任するのではなく、「どう見せたいか」「どう使いたいか」を一つずつ話し合い、自分たちの手でかたちにしていく。タイル貼りや塗装なども可能な限り自分たちで行い、カウンターだけは同世代の大工に依頼した。
プロが仕上げた完璧な空間ではない。けれど、壁の塗りムラやタイルのわずかなズレも含めて、ここには携わった人たちの思いが残っている。同世代の仲間と一緒に、迷いながら、直しながらつくった空間。そのプロセス自体が、[dirty spoon]という場の性格を静かに物語っている。
メニューは、焼き菓子を軸に構成される。フリーの時代から主力としてきたクッキーを中心に、キャロットケーキ、ブラウニー、パウンドケーキなどが並ぶ予定。まずは焼き菓子をメインにしつつ、店のリズムや体制が整ってきたタイミングで、生菓子も少しずつ展開していく考えだという。春からは仲間のパティシエも合流予定で、メニューの幅も広がっていく見込みだ。
![]()
オーブンから焼き上がったばかりのケーキを取り出す越川さん。店内には、甘くやさしい焼き菓子の香りがふわりと広がる。
越川さんがお菓子づくりで大切にしているのは、「納得するまで試作すること」。そして、最近意識するようになったのが“食感”だ。ひと口噛んだときに生まれる、外側と内側のコントラスト。さくっとした歯触りの奥に、しっとりした生地が続く。その差があることで、ひと口の体験に奥行きが生まれる。「味だけじゃなくて、食感でアプローチするのもすごく面白いなって、最近あらためて思うようになりました」と越川さんは話す。
“美味しい”の基準は人それぞれで、比べようがない。だからこそ、最後に頼るのは自分の感覚だ。「すごく悩みますし、難しいところではあるんですけど、直感と言うか、自分を信じてる」。流行や評価に寄りすぎず、自分の中の“美味しい”を信じる。その積み重ねが、[dirty spoon]の味の輪郭になっていく。
![]()
開業は想像以上に大変だったという越川さん。それでも「やってみないとわからないし、やらないとダメというか、やらなかったら後悔すると思った」と話す。同世代の仲間に支えられながら、オープンまで漕ぎ着けた。
焼き菓子に欠かせないコーヒーを担当するのは、[patch coffee works]の風斗さん。二人の出会いは、同じイベントに出店していたことがきっかけだった。その後も出店が重なり、次第に同世代ならではの空気感や価値観の近さを感じるように。そして自然な流れで、[dirty spoon]でコーヒーを提供することになった。焼き菓子とコーヒーという相性のよい組み合わせのなかで、「お菓子が隣にあるからコーヒーが美味しくなるし、コーヒーがあるから焼き菓子が引き立つ」。そう語る風斗さんは、主張しすぎず、それでいて存在感のある味わいを目指し、提供するコーヒーを設計している。
![]()
コーヒーはグアテマラとコロンビアのウォッシュドを使ったオリジナルのブレンドを用意。ミルクとも相性がよく、ブラックで飲んでも重すぎず軽すぎない。主張しすぎず、けれど輪郭はきちんとある。焼き菓子の甘さや食感を受け止めながら、次のひと口へ自然と手を伸ばしたくなるバランスだ。
越川さんが焼き菓子をつくり続ける理由のひとつは、「美味しく食べてもらって、みんなが幸せになってもらうこと」。ただ、[dirty spoon]で目指しているのは、焼き菓子を販売するだけの場所ではない。お菓子をきっかけに人と人がつながり、思いがけない縁が生まれていくような場でありたいと考えている。
これまで数々のイベントで一緒に活動してきた風斗さんも、越川さんの焼き菓子がもつ魅力を感じている一人だ。「最初に食べたクッキーの、あの優しい味とチューイーな食感が印象的でした。サイズも大きくて、思いきり頬張れる。見た目も可愛くて、イベントのたびに世界観があって、つい何枚も手に取ってしまうんです」。老若男女問わず受け入れられ、子どもにも人気だったという彼女の焼き菓子には、「お菓子を通して人がつながっていく感じがある」と話す。
![]()
オリジナルグッズはトレーナーとキャップを展開。イラストは、越川さんが大好きだというアーティスト・CONVENIENCEYOUNGさんに依頼し、[dirty spoon]の世界観をビジュアルに落とし込んだ。
また越川さんは、プロップやフードスタイリングの活動も行ってきた。[dirty spoon]では、ただ “食べる” だけでなく、“見る” “感じる” 楽しさも含めて届けていきたいと考えている。焼き菓子の並びや空間づくり、オリジナルグッズなどを通して、お菓子のさまざまな見え方を提案していく構想だ。
“美味しい”という体験を入口に、そこから人がつながり、輪が広がっていく。
[dirty spoon]は、越川さんがこれまで大切にしてきた感覚を、街の中にひらいていく場所になろうとしている。
![]()
2/14、2/15は10:00〜18:00でプレオープン。すでにSNSなどでは多くの反響が届いているが、「本当に来てくれるか不安しかないです(笑)」と越川さん。
Pick Up Menu
![]()
ブラウニーとアメリカーノ。66%のクーベルチュールチョコを使い、チョコのコクをしっかり感じつつ、コーヒーに合う甘さに仕上げた。表面はカリッとクリスピー、中はしっとり。カトラリーはオランダの[soos atelier]のもの。手に取るだけで気分が上がる可愛さも、この店の大切な要素。
![]()
レモンパウンドケーキとラテ。通常よりひと回り大きな型で焼き上げたパウンドケーキは、しっかり食べごたえのある一品。ブルーポピーシードのプチプチした食感に、レモンアイシングのほどよい酸味としゃりっとした口当たりが重なり、後味はさっぱり。ラテはもちろん酸味を感じるコーヒーとの相性も良い。
![]()
シナモンロールとオレオのクッキー。今後は約13種あるレシピをローテーションし、訪れるたびに違う味に出合えるように。サイズも大きく、見た目はアメリカン、食感は少しソフトでチューイー。甘さは控えめで、日本人の味覚にもなじむ味わい。
dirty spoon
東京都杉並区下高井戸2丁目2−2 ルークA
10:00〜18:00
月曜定休+不定休
IG @dirtyyyspooonPhoto by Reina Kubota (写真 久保田伶奈)IG @_kumachabin_
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)