
国境を越えるクラフトマンシップ
KCBと木内酒造、美しき共作の軌跡
韓国初のクラフトビールブルワリー「KCB (KOREA CRAFT BREWERY)」
その誕生の背後に、日本の職人精神が刻み込まれていることを知っている人は、まだ決して多くないだろう。実は開業以前から長きにわたり、代表銘柄「常陸野ネストビール」で知られる茨城のブルワリー「木内酒造」がパートナーシップを組んでいるのだ。海を隔てながらも手を取り合い、互いを触発し続ける日韓の醸造家たち。クラフトビールが繋いだ、知られざる情熱を追う。
大手メーカーが揺るぎない覇権を握ってきた韓国のビール業界にあって、法改正によりクラフトビール醸造と外部流通が許可されたのは2014年のことだ。この時、「韓国で最初のクラフトビールを造る」という熱い志を掲げたのが、主に洋酒の輸入を生業としていた韓国「The Vin CSR」社だった。
とはいえゼロからのスタートであり、醸造ノウハウなどは全くない。そこで白羽の矢が立ったのが、同社が長年ビールを輸入していた「木内酒造」だった。安定してハイクオリティなビールを造り続け、世界的な評価を確立していること。何より長年の取引を通じて、確かな信頼関係と意思疎通の基盤があったことが決め手となる。

KCB 責任者のウージンさん。幼少期に旧正月の料理を手伝ったことが、食の世界に興味を持つきっかけに。
この一大プロジェクトの責任者に抜擢されたのが、当時CSR 社で新卒2年目のウージンさんだ。大学では韓国の伝統酒を研究し、ヨーロッパでワイン醸造経験もある彼女の知見が買われた。現在も責任者として現場を指揮する。
主要の醸造所があるのは、ソウル中心部から南へ下った忠清北道陰城群。ゆえにウージンさんはソウルの家を引き払い、醸造所に住み込みながら、手探りで醸造設備を整えていった。この立ち上げ期間、彼女の傍らで支え続けたのが木内酒造のブルワーたちだった。
「まるで合宿のよう」という目まぐるしい日々を振り返りながら、忘れられないエピソードを語ってくれた。
「いまでも鮮明に記憶に残っているのは、タフな作業を終えたときのことです。タンクやパイプの搬入が終わり、ようやくひと段落したんですね。私は『作業は一度止めて、明日ここから再開しよう』と思っていました。でも日本から来た木内酒造の技術者は、『いや、一度すべて綺麗に片付けてから終わらせよう』と言ったんです。毎日ビールを造る現場において、中途半端な状態で作業を終えることはできない。日々の仕事にきちんとピリオドを打つこと。その積み重ねが良いビール造りに繋がることを教わりました」

広めの窓枠からたっぷりと自然光が注がれるKCB の醸造施設。心地よい環境なのは働く人たちの表情が物語っていた。いいビールはいい気概の人によって造られる。美術館のような外観も印象的。
技術はもとより、職人精神にもインスパイアされながら無事工場は完成。この時から現在も造られている定番銘柄が、自社ブランド・ARK からリリースされている「Upper Deeper」だ。

ビアコンペで数々の金賞を受賞してきた「常陸野ネストビール ホワイトエール」(左)と、KCB 定番の「Upper Deeper」(右)
韓国のビール市場がラガーやピルスナーに偏重するなか、ベルジャンエール由来のフレッシュな香りを届けたいとリリース。掲げたコンセプトは「KOREAN WHEAT BEER」。韓国らしさを表現すべく様々な素材を検証するなかで、抜群の相性をみせた「生姜」を副原料として選択した。これは夏に生姜の冷製飲料を飲む伝統文化へのオマージュだ。
「お酒で一番大切なのはアロマ。香りを最大限に感じられるビールにしたかった」というウージンさんの言葉通り、生姜のスパイシーさと甘みがベースにありながら、リッチな香りが終始心地よく鼻腔を抜ける。非常にバランスの良いビールの中に、韓国のアイデンティティが込められている。
街角のコンビニから、星付きのファインダイニングまで。
現在韓国国内で流通する木内酒造の「常陸野ネストビール」シリーズはKCBが醸造を担当しているが、両者の技術が結晶化したコラボレーションワークが、韓国が誇る世界的アーティストG-DRAGONとタッグを組んだ「常陸野ネストデイジーエール」だ。彼が手がけるファッションブランドのモチーフの「デイジー」を思わせる華やかな香りのカモミールを重要な副原料に、はちみつの柔らかな味わいが見事に調和したビールである。

このビールについて、ウージンさんは木内酒造へのリスペクトを込めながら熱く語ってくれた。「これほどのビッグネームとのコラボであっても、商品のなかにビジョンやストーリーを組み込むのは決して簡単なことではありません。単なる『話題の商品』で終わらせない。誰かの強い想いや、その材料を選んだ理由…。一本の筋が通っているからこそ、時代を超えて人に愛されることを、木内酒造の酒造りから学んできました。ストーリーと味わいがちゃんとあり、レギュラーラインナップとして長く愛される形を目指しました」
事実としてこの「デイジーエール」は、韓国最大手のコンビニ「GS25」で全国展開されており、誰もが気軽に手を伸ばすことができる。売り上げも好調で定番銘柄になりつつあるよう。しかしこの「デイジーエール」、とかくメジャーな商品でありつつも、ファインダイニングの世界でも評価を得ているのだ。アジアのベストレストラン50の常連であり、モダンコリアンの最高峰として知られる名店[Jungsik]。このセラーには、デイジーエールが常にスタンバイされている。

[Jungsik]でヘッドソムリエを務めるミンジュンさん。50席もある大箱で、20人いるというサービスチーム全体の統括も担う。
ヘッドソムリエを務めるキム・ミンジュンさんは言う。
「当店では11品のペアリングコースを提供していますが、コースの構成にかかわらず『ビールを飲みたい』とリクエストされるゲストは多くいらっしゃいます。そんな方に自信を持ってお勧めするのがデイジーエール。苦味が抑えられていて、口当たりも柔らかい。それでいてエレガントな風味を持っている。ホップが効きすぎたり、キャラクターが立ちすぎなビールも多いですが、これは非常にバランスが良く、繊細な料理に見事に寄り添ってくれます」。常に傍らにいてほしいパートナーのような存在として、世界中のフーディーの舌を唸らせているわけだ。

素晴らしい眺望を誇るソウル市内・ウォーカーヒルホテル内の日本料理レストラン[MOEGI]では、「常陸野ネスト デイジーエール」はもちろん、木内酒造が醸す日本酒「菊盛」も楽しめる。

CSR 社直営の[狎鴎亭麺屋]では、店内で製麺される蕎麦麺とクリアなスープの平壌冷麺が必食。大人数で賑やかに乾杯するも良し、一人でふらりと寄るも良しな懐の深さも魅力。
「どんなときにビールを飲むのが一番好きですか?」最後にそんな直球の質問をミンジュンさんに投げかけると、弾けた笑顔で答えてくれた。「やっぱり退勤したときですね。仕事柄ワインもたくさん飲みますが、プライベートなら圧倒的にビール派です。お風呂上がりにビールを飲む瞬間は世界で一番幸せですから。もちろんデイジーエールも飲みますよ」

街のコンビニの棚から、世界水準のモダンコリアン、そして一日の終わりを労うプライベートタイムまで…。日韓の職人たちが紡いだストーリーとクラフトマンシップは素晴らしい形で結実しつつあるようだ。韓国の街角でもしこのビールを見かけたら、その爽快なアロマの奥にある情熱に想いを馳せながら、じっくりと喉を鳴らしてほしい。海を渡って繋がった職人たちの熱意が、乾杯を特別なものにしてくれるはずだ。
飲酒は20歳から。飲酒は適量を。飲酒運転は法律で禁じられています。妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。
本記事はRiCE48号「特集 韓国を味わう。」の掲載記事を再編集しています。
写真 峰岡歩未(Photo by Ayumi Mineoka)IG @ayumimineoka
文 成田峻平(Text by Shunpei Narita)
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