料理人・波平龍一の「半年間、蔵人生活」 -3-

笑顔で、造る。


Ryuichi NamihiraRyuichi Namihira  / Feb 24, 2024

岡山県勝山での蔵人生活が始まって早くも2ヶ月が過ぎる頃、蔵は「吟醸づくり」に向けての準備期間へ突入していました。

吟醸づくりとは、簡単に言えば吟醸酒・大吟醸酒の仕込みのことで、大幅な磨きをかけた酒米を使用するので、より繊細な作業が求められます。

吟醸づくりに用いる酒米を放冷している様子。蒸しあがった酒米を可能な限り細かくほぐし、目標の温度まで冷ましたのち麹室へと搬入していく。

僕が現在お世話になっている[御前酒蔵元辻本店]さんは、全ての酒を”雄町米”という酒米で製造している唯一の蔵です。雄町米はただでさえ割れやすい酒米なので、杜氏さんはこれまで以上に全神経を集中して吟醸づくりに向き合います。蔵人の皆さんもそれに呼応するように、手つきや目つきが変わり、仕込みの作業中は程よい緊張感が流れていました。

今年の仕込みにおける一つの山場が近づいている。
蔵に入ったばかりでわからないことだらけの僕でも、それは肌で感じることができました。これまでの職場でもどことなく似た空気を感じたことがあったからかもしれません。

思えば師走ともなると、料理屋にも他の月とは違う独特の空気が漂っていました。忘年会や仕事納め、様々な用途が重なり、仕事量とスピード感は上がっていく一方。さらにはそこへおせちの準備も加わり、大晦日へ近づくにつれて疲労が蓄積されていきます。自ずと重くなっていく職場の雰囲気。みんな自分の集中力を保つのに必死で、口数が徐々に減っていく…

そんな経験が脳内でよみがえり、蔵の雰囲気も徐々に殺伐としていくのではと考えていましたが、予想に反して休憩場にはこれまでと変わらない空気が流れ続けていました。

「こんなに居心地の良い空気って、どうやって出来上がっていくものなんだろう?」

これほどごく自然にONとOFFのバランスが保たれている仕事場は初めてで、和やかな空気を感じる度に、そんなことをふと考えるようになりました。

そんなある日のこと。
僕が麹室に入る準備をしていると、副杜氏さんから不意に、
「入る前に想像してたうちの蔵の雰囲気ってどんなじゃった?」
と問いかけられた時がありました。

「正直なところもっと殺伐としてるかなと思ってたんですけど、思ったよりも和やかでびっくりしてます 笑」
そう僕が答えると、副杜氏さんは笑いながら、
「難しい顔して造ってたって美味しゅうならん思うんじゃ。笑って造る酒の方がうまいに決まっとるけえなあ」
と何気なく言いました。

その言葉を聞いた時、漠然と頭の中に浮かんでいた疑問が解消された気がしました。長い間、そう信じて酒造りをしてきたことが伝わってくるような、とても自然な語り口調でした。

製麴室(麹室)の入り口。先代の原田杜氏の名前が掲げられている。

“和”を重んじること。ある種、蔵に染み付いている文化のようなその意識は、先代杜氏である原田巧さんから繋がれているものであることも話してくださいました。

とても柔和な人柄で、誰よりも研究熱心。当時の原田杜氏を知る皆さんは口を揃えて「怒っているところを見たことがない。」と語ります。
原田杜氏にまつわる様々なお話は、蔵に入ってからたびたび耳にする機会があり、今もなおその影響が色濃くあることは感じていました。

酒を美味しくするために、技術を磨くことはもちろん大切。
“蔵人の和”を築くことで、その為の環境づくりをすることも同じくらい大切。
そんな考えが、蔵の皆さんの間で当たり前に浸透している。誰に言われたわけでもなく、原田杜氏の当時の仕事ぶりから、自然と蔵全体に波及していったのだと思います。勝山が誇る地酒「御前酒」が持つ、飾らずおおらかな味わいの秘密に触れた気がした、そんな出来事でした。

食べる・飲むという行為に違いはあれど、料理も酒造りも「おいしい」という言葉を用いて価値が測られる領域。それゆえ、こうして働いていると自身の料理にも通ずる本質的な気づきがたくさん隠れています。
素材への向き合い方、一緒に働く人たちへの接し方、地域に愛されるものづくりに大事なこと、などなど。
当初は、蔵で働くことで、日本酒の美味しさを技術的な面から体系的に理解しようと考えていました。しかしどうやら、技術面ばかりに目を向けていては大事な部分が掴めなくなりそうです。

これからの時間においては、何気ない瞬間や会話の中にある言葉にもしっかりアンテナを張って、なるだけ考えのタネを取りこぼさないよう、改めて日々を大事に過ごして行こうと思います。

(Edit by Shunpei Narita)
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