マルコ・ガルシア(LOS TACOS AZULES) インタビュー

挑むは、タコスの「再定義」


RiCE.pressRiCE.press  / Oct 16, 2018

2018年9月末、東京・上馬にオープンした、【LOS TACOS AZULES】は業界内外から注目を集めるメキシコ料理の新店だ。お店の前に立てば、陽気なサボテンが語りかけてくる。まるで、「ハイ!今日は何食べる?」とでも言いたげに。自然が生み出した不思議な造形美に手招きされると、中には「メキシコ料理」のイメージを覆すような空間が広がっていた。ブルーと白を基調とした温かみのある店内には、ウッディな椅子やテーブル、凛とした花々がセンス良く配置されている。メキシコから連想されるコテっとした、刺激的なラテンのムードとは一線を画すモダンな雰囲気。

▲ ローカルにあるいい食材や、旬のものを組み合わせたメキシコ料理が楽しめる

メキシコ料理に欠かせないのは何と言ってもトルティーヤである。ここで提供されるものは、本国メキシコでも失われつつあるオールドスクールな調理法で作られている。時間をかけて丁寧に作られたトルティーヤは、驚くほど香りが高く、味が濃い。タコスの具材もバリエーション豊かで、一緒に味わえば味覚の冒険をしている気分。
一度訪ねたら、誰もが持っている「タコス観」が大きく変革せざるを得ないはず。日本の食文化に大きく影響を受けたという、店主のマルコ・ガルシアさんに、お店をはじめた経緯や、伝統的なトルティーヤの作り方を伺った。

▲ 店主のマルコ・ガルシア氏。チャーミングで気さくなパーソナリティーも魅力

衝撃を受けた日本の食文化

————初めて来日したのはいつですか?

マルコ 大学生の時に留学で日本に来ました。料理の勉強をしてたとかではないけど、日本の食文化って本当にすごいと感動したんです。食べ物はどこに行っても美味しいし、コーヒーだってクオリティがめちゃめちゃ高い。大学の授業はサボってばかりで、とにかくいろんなものを食べてましたね。

————そのあとはメキシコに戻られたんですね

マルコ うん。1年間の留学が終わってメキシコに戻ったけど、自分の心は日本においてきたみたいな状態。会う人会う人にずっと日本の話をしているわけです。「なんだマルコ、そんなに日本好きなんだったら戻ればいいじゃん」って友達に言われることもしばしば。日本にベタ惚れだったんだよね。
同時にメキシコで感じたのは、なんで日本と同じレベルの料理がないんだろう?っていうこと。そもそも食の選択肢が少ない。日本料理もインド料理も一切ない。中華料理とかはあるけど、超コマーシャルなものだけ。味のレベルという意味でも全然別物だった。だからこそメキシコで、日本で食べたレベルのものを作りたいと思って。それで本を読んで勉強したり、研究しているうちに、ダイアナ・ケネディという料理の本を出している人と出会ったんです。

▲「 優しそうに見えるでしょ?でもめちゃくちゃ厳しいんだよ」とマルコ

マルコ このおばぁちゃんはメキシコ在住のイギリス人で、もう50年くらいメキシコ料理を研究しているのかな。だいぶメキシコ料理の知識を持っている人なんです。アメリカではベストセラーみたい。彼女が主催する料理の会に参加したら、声をかけてもらって、彼女の家にお邪魔する機会があったんです。メキシコで料理の会って言ったら参加するのはおばあちゃんがほとんどだから、若者の男子が珍しかったのかも。伝統的なトルティーヤの作り方はこのおばぁちゃんに教えてもらいました。ブルーコーンで作られたトルティーヤをその時初めて食べて、あまりの美味しさに感動したんです。今まで食べてきたトルティーヤは一体何だったんだって思うくらいの衝撃でした。だからお店ではブルーコーンを使ったトルティーヤを出しているんです。

トルティーヤの作り方

▲ トウモロコシは、石灰と一緒に一晩浸水させる。浸水させた後のトウモロコシがこちら

▲ 浸水させたトウモロコシを水で洗う。お米を洗う行程と少し似ている

▲ 洗い終わったトウモロコシはつやつやと輝き美しい

▲ トウモロコシを挽き、生地にするための機械。メキシコから直輸入したそう

▲ 粘土質の生地が出来上がる様子。「ガガガ」という轟音と共に生地ができていく

▲ ベストな状態にするため、水分量を調整

▲ 直径5cmほどの大きさに丸めて、トルティーヤプレスで平面状にプレスする

▲ アンティークのトルティーヤプレス。昔の人はこれでトルティーヤを作っていた

▲ 高音に熱した鉄板で焼き上げる

▲ 完成したトルティーヤ。ふわふわとしていて、香り豊か。そして味が濃い

————こういったトルティーヤの作り方は、メキシコでも一般的なものなのですか?

マルコ いいえ、こういうトラディショナル方法でトルティーヤを作る人は本当に少なくなってます。もう大量生産の方が優勢になって、本当にどのスーパーにもできあがっている、粉状のものが売っているんです。そっちの方が簡単に作れちゃうから。でもいろんなものが入っているじゃないですか。保存料は入っているし、トウモロコシなんか丸ごと (芯まで) 使ってるんですよ。トウモロコシの実と芯を分けるのは面倒ですよね。それは便利だけれど、味も香りもほとんどない全くの別物なんです。利便性が最大限追求されるのではなく、美味しさが先にあるべきだと思っています。
また、そういった粉状のものって単一のトウモロコシしか使わないから、メキシコで在来種を生産する農家さんの仕事がなくなっちゃうんです。それによって今まで継承されてきた文化も消えてしまう。それを食い止めたくてメキシコでお店を始めました。

————メキシコでお店を営業していた時のことを教えてください

マルコ 地元のモンテレイっていう街でお店を始めたんだけど、そこではブルーコーンのタコスなんて全然知られていないんですよ。「その色、腐ってる」とか言われて、軌道に乗るまでめっちゃ時間がかかりました。
でも実際に食べて、香りを嗅いだら、食感も違うし今までのタコスとは別物だってわかってくれた。それですごい人気が出たんです。

▲ トウモロコシの種類は多種多様。251種類ものトウモロコシがあるとか

————メキシコのお店は今どうされているんですか?

マルコ 順調だったけど、そのお店はもう閉めちゃったんです。せっかくお店をやるんだったら日本でやりたいっていう思いが捨てきれなくて。でもメキシコでお店やってたらなかなか抜けられない。だから思い切ってお店を閉めたんです。お客さんにはそれこそめっちゃ怒られました。常連さんもたくさんいたから、「裏切り者」とか、「信じられない」って。友人たちは理解してくれたけど、お客さんからはいろんな声をもらいました。

▲ センスのいい調度品が並ぶ。お皿は新潟県の陶芸家・矢尾板克則さんの作品

————日本に対する強い思いがずっとあったんですね

マルコ うん。それに自分がやりたかったことは日本でしかできないって気づいたんです。一つはスタッフのこと。今働いてもらっている人はみんな超優秀なんです。とっても助かってる。そして治安の問題もあります。儲かってたり人気だと、悪い人に狙われちゃうんです。日本だったらそんな心配しなくていい。あとは流通の問題です。メキシコだったらトマトを10kg注文したけど、結局1kgしか来ないとか本当によくあることなんです。極め付けは食材のクオリティがめちゃくちゃ高いこと。新鮮で美味しい魚も入ってくるし、ファーマーズマーケットとかにいいものがいっぱいある。日本の美味しい、四季折々の食材を使ってタコスを作りたかったんですね。もっと面白い、いい食材を使うことができたら、タコスを次のレベルへ持っていけると思いました。

————メキシコでそういうクオリティの食材を手に入れるのは難しいことなんですか?

マルコ メキシコにも田舎に行けば美味しいものがたくさんあります。野生のキノコとか、すごく美味しい。田舎に行けば畑から自然にすごくいいものが出てくる。でもそういうものは街には出回っていないんです。最近はちょこちょこ手に入るようになったけど、まだまだです。だからキノコとかも自分で山に行って採っていました。メキシコでいい食材が手に入らないってことはないけど、こっちの10倍くらい手間がかかるんです。

▲ 新鮮な土付きのキノコたち。どれも香りが強く、たくましい

マルコ このキノコは岩手県から取り寄せているんですけど、すごいフレッシュで、香りも全然違う。お店のコンセプトは、「ローカルにある いいもので タコスを作る」こと。だからトウモロコシだけメキシコから持って来てるけど、他はほぼ日本のものです。メキシカンって言ったらコロナビールとかテキーラってイメージがあるかもしれないけど、そういうのはできるだけ最低限にしている。自然派ワインとか日本のワイン、日本酒とかを出しています。

▲ タコを乗せたトスターダに、自家製の黒アリオリとメキシコ燻製唐辛子を使った辣油をかけて

————タコスと日本酒の相性っていいんですか。

マルコ いいですよ。基本的になんでも合いますよ。ただいわゆるメキシカンな、濃い味にしちゃうと食材の味を消してしまうじゃないですか。だからそういう料理は出していないです。

▲ 岩手県で採れた天然舞茸の天ぷらに、ピーナッツバターベースのサルサをかけて

————お店をはじめる上で、何かハードルのようなものを感じましたか。

マルコ 本格的なメキシコ料理のお店って、日本にあまりないじゃないですか。そういう土壌の中で、マニアックなコンセプトでやることについて反対されたりもしました。そんなところまでやる必要あるの? って。あまり日本料理が知られていない国や地域で、本格的な懐石料理出すみたいなことって難しいじゃないですか。だから海外で日本食をやろうと思っても、「とりあえずはお好み焼き、居酒屋あたりから始めましょう」ってなる。そんな中で、現代のメキシコ人でも知っている人が少ない、ニクスタマルで作るトルティーヤだったり、コアなところを攻めるのはチャレンジでした。だからこそお店をオープンして、日本人に興味を持ってもらえることがとても嬉しいです。

トルティーヤを味わってほしい

————コースについて教えてください。

マルコ コースはトルティーヤからスタートします。やっぱりタコスというのはトルティーヤを味わう料理だと思ってほしくて。日本のお寿司だって魚も大事だけれど、美味しいお米がないとダメでしょ。最初にトルティーヤそのものを食べることで、その違いを感じて欲しい。「全然違う! 」ってびっくりするはず。
そしてタコスも、寿司やフレンチのように作りこむことができると思っています。手で食べた時に、口の中で合わさるバランスまで計算しているし、一品一品、乗せる具とサルサを変えるようにしている。紹介したキノコとかもだけど、旬の食材を使うことにこだわっているから、季節の味覚を堪能できるラインナップになっているよ。

▲ 牡蠣のソテーにメキシコの黒豆ペースト、メキシコの乾燥唐辛子のサルサで

————今後はどんなことをやっていきたいですか。

マルコ 日本の面白い食材を使って、美味しいタコスを作りたいというのは、これからも挑み続けたいこと。その上で、タコスそのものを、洗練されたイメージとポピュラーさが共存している寿司のようなレベルまで、押し上げていきたいです。

LOS TACOS AZULES

住所 : 東京都世田谷区上馬1-17-9
営業時間 : 18:00~23:00 (土日のみ朝タコスも。朝タコス 土曜10:00~14:00 日曜10:00~16:00)
定休日 : 月曜日、火曜日
https://www.lostacosazules.jp
instagram@lostacosazules_jp

CREDIT
Text by Shunpei Narita
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