HEAVENS KITCHEN

ソウダルアと壱岐島 その2


Lua SodaLua Soda  / Dec 29, 2018

おひさしぶりです。出張料理人のソウダルアです。

▲ まるで玉座のような辰の島の岩場。目の前は断崖、良い子は真似しないように

「あの夏の思い出」
なんて、ベタな慣用句をつかいたくなってしまう壱岐の旅から早や四ヶ月余りたち、街を歩く人たちがマフラーの隙間をぎゅっとつかみながら歩く季節となりました。

壱岐での二日目に見た風景、それらを取り込んで産まれた料理たち、みんなで交わした盃。それらがあまりに愛おしく、自分だけのものにしたい気持ちが筆を遅らせていたように思います。ただ、あの熱に浮かされた、その火照りを師走の風が冷ましてくれた今だからこそ、もう一度あの島へ戻ってみようと思うのです。

昨晩、なかなか飲んだにしては随分とすっきりとした目覚め。水が合う土地では眠りも深く心地よい睡眠がとれる。これでまたひとつ壱岐のことを好きになってしまう。窓に目をやると見事な快晴で気分は良好。ホテルの前に流れる川ぞいをすこしおさんぽしていると、お迎えの車がやってきました。

悠久の時を刻む辰の島

きょうのメインイベントは辰の島という、壱岐島からさらにフェリーに乗って向かう無人島。「無人島」その響きだけでわくわくしてしまうのはなぜだろうか。いい歳したおっさんを希望に満ちた少年に変えてしまう。

さあいざ!スペクタクル溢れる冒険の旅へ!!

と勇みきっていた僕に稲田さんから、“お昼は最高のうに丼を食べましょう”
ほんまにあんたっちゅう人は、、、最高や!このひと。などとぼんやり思っているところにどどんっと、うに丼が現れました。店主がスキマ恐怖症なのか、米は見せぬとばかりにびっちりと詰まった、うにうにうに。ほんのりと甘い醤油が、またほどよくうにとマッチして、お米のうまさも相まって、あまく甘くアマく、それぞれの甘さの三重奏を口の中で奏でてくれます。うまいの語源はあまいということを頭ではなく、舌と心でわからせてくれる そんな丼でございました。

▲ [大幸]のうに丼は、貴重な赤うに

やわらかにお腹も満たされたところで、いよいよ辰の島へ。けっこうなスピードで船をぶっ飛ばす船長さん。甲板で水飛沫を浴びながらの船旅は、またもぼくの少年魂に火をつける。迫りくる異様に切り立った崖。

▲ 鋭く傾斜した崖の造形美に、思わず心を奪われてしまう

あの頂点にこのあと自分が立つと思うと興奮で浮き足立ってしまう。快適というよりは快感な船旅を終え、崖ぞいの道をつらつらと歩いていくと、楽園のような海がひろがっていました。そこは道という概念のない、自然そのまま。そのなかに自分が入っていく、それは島に抱かれていくような感覚で、ぼくはなぜかずっと笑っていました。

あのときのことを思い出して、これを書いているぼくもまた、笑ってしまう。
それくらいにたまらない、そんな島なのです。

▲ 遠浅が続くので歩いて移動。密入国者ではありません

遠浅の海を渡り、目指すはあの崖へ。一歩一歩、踏みしめて登る度に体が島といっしょになっていくような。そんなきもちになりながら、さらに一歩一歩。気がつくと、みんなを置いていってしまうようなスピードになっていたので、すこし気を落ち着けながら、また、一歩一歩。岩山だったところが草原にかわり、また岩のようになったところが、この島の頂上でした。

▲ 島の頂上にて旅の仲間と記念写真をパチリ

何千、何万もしかすると何億年の時の刻みを
むき出しの崖の肌が
風の通り道のまま流れに生える木々が
藍色の海が
伝えてくれているようでした。

“こういうの見ちゃうとアートとかどうでもよくなっちゃうよね”
まさに僕が思っていたことを、絵描きの下田昌克さんが満面の笑みで言うものだから、こっそりすこし泣いてしまいました。

自分のちいささに、自然のおおきさに、ただ、そこに委ねればいいというあたたかさにつつまれたから。

その高揚した思いのままに、もっともっと、この島に抱かれたいという気持ちが湧いてしまい、水着もないのに海に潜り、ゆらゆらと揺蕩っていると例えではない、自分の体そのもので“潮の変わり目”というもの感じることができました。

あたたかい海、ほんのりつめたい海、ぴりっとつめたい海。それぞれが入れ替わりながら滑らかにぼくの肌を撫でてくれるのです。

自分の体の輪郭が曖昧になりながら、一切の不安がないこの感覚が、もしかすると死というものなのかもしれないな、とも思われました。

浮足立ち、紅潮し、抱かれて、癒やされた、辰の島

鬼がつけた足あとに沈む夕日と風の歌のショウ

そこから、ぐるりと島の反対側へ。その昔、鬼がつけた足跡を見にゆきます。行きの車中、一様に島に抱かれた旅仲間は、共通の体験と認識により、まさに仲間になってゆく。辰の島であまりにも素晴らしい体験をしたこともあり、そろそろ、その思いのままに仕込みに入ってもいいのでは、なんて思っていた、ぼくの浅はかさは吹き飛びました。

架空の世界のようにひろがる丘の稜線、草木をゆらす風の歌、荒々しいなかにもどこかやさしさを内包した海の波、その奥に、ずっと奥に鎮座する太陽……

ここもまた、それぞれが主人公になれるようで、己の思うままに歩をすすめ、気に入った場所で立ち、座り、ぐるりと見渡し、そうして、この土地のエネルギーをもらっている。すこしずつ、沈む太陽の赤さが増していくと、誰がいうでもなく、同じ場所に集まって、ただただ、そのショウを眺め

本当の主人公はこの島であり、海であり、風であり、太陽だということに気づくのです。

▲ 夕日を見て感動。下田画伯と

明日、つくる料理たちは彼らと島のみなさんと、たくさんの神さまに捧げるもの。ぼくたちはそれらをありがたくいただく。壱岐のすべての晩餐会をひらくのです。

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